詮充郎(せんじゅうろう)は一つ息を吐いた後、怒りを湛えたまま静かに口を開く。他の者はただそのしわがれた細い声に意識を向けていた。
 
「私は偉大なる陰陽師、銀騎(しらき)朝詮(ちょうぜん)の血を引く一族の嫡男として生まれたが、呪力をほとんど持っていなかった。私の父はそれに失望し、私には見向きもせずに(ぬえ)ばかりを追っていた」
 
 それはまるで自らを省みる独白のように淡々と続けられた。
 
「銀騎家では呪力を持たない人間がどうなるか──例外なく放逐される。故に私の母も、呪力を持たない子を産んだ罪で追放された。だが、私はただ一人の嫡子であったため、辛うじて追放は免れた。それでも銀騎の家に居場所などない。自室に籠って鵺に関する文献を読み漁り、呪力がないなら化学的なアプローチはできないかと勉強を続ける日々だった」
 
 だから化学にこだわってここまでの施設を持つまでになったのか。(はるか)は詮充郎の病的なまでの鵺への化学的執着の根拠がわかった気がした。
 
「年頃になって、一族の中から優秀な娘が選ばれ婚姻させられた。そこからが真の地獄の始まりだった」
 
 一瞬だけ声音が柔らかくなったが、詮充郎はさらに憎しみをこめて語る。
 
「妻は、心の優しい女だった。こんな私にも甲斐甲斐しく尽くしてくれた。だが一族の長老達は人を人とも思わない命令を私達夫婦に下した」
 
 そう語ってからようやく周りの人間に気づいたように、視線を永達に向けて詮充郎は言う。
 
「まだ子どものお前達にはわからないだろう。妻に一族から優秀な男を与えるから、その子どもを次期当主として養育しろと言われた私の屈辱が!!」
 
「──!」
 
 地獄、と言われたその意味を噛み締めて星弥は思わず口元を覆う。皓矢(こうや)も顔をいっそう曇らせて聞いていた。
 
「私はそれを断固拒否し続けた。そんなことになれば、その子どもが当主になる頃には、私は銀騎から追い出される。偉大なる陰陽師・銀騎朝詮の血を最も濃く受け継いでいるのは私なのだ! たとえ呪力が表に出なくとも、血は、血は嘘をつかない! 私は遂に妻と実子をもうけることに成功した。その子がなんの力も持っていなかったら、親子三人死ぬ覚悟でな」
 
 椅子に座ることもせずに、一人芝居を演じるように語る詮充郎は、次第に目を血走らせ息を荒げて叫ぶ。
 
「──私は賭けに勝った! 息子の紘太郎(ひろたろう)は生まれてすぐに類稀なる能力を一族に示し、開祖以来の天才と謳われた! 紘太郎を次期当主として育てることで、私は中継ぎながらも銀騎の当主になった! だが、妻は長く生きられなかった……」
 
 語尾を弱めた後、詮充郎はまた穏やかな顔を取り戻す。
 
「あの子は──紘太郎は妻によく似た優しい子でな。私のことも慕ってくれ、化学者としての私の仕事も覚えると言ってくれた。そこから私達親子は二人三脚、私は化学方面から、息子は陰陽術方面から鵺の研究を進めていった。ツチノコというキクレー因子を持つ新しい生命体を発見し、私達親子はまた鵺に一歩近づいた」