星弥(せいや)を助けると決めた(はるか)蕾生(らいお)は急いで学校を後にし、鈴心(すずね)に連れられて銀騎(しらき)家の邸宅に着いた。玄関のドアを開けて鈴心が促す。
 
「どうぞ、お入りください」
 
「驚いたな、自宅で処置をしてるの?」
 
 てっきり研究機材が完備されている施設だと思っていた永は驚いた。
 
詮充郎(せんじゅうろう)が一番関心のない場所がここなので」
 
 鈴心の説明は短いのに、永は完全に納得した。要するに、この自宅は詮充郎にとって必要のない存在をまとめて置いておく場所だったのだ。最大の効率を求める詮充郎らしいやり方だ。だが、そのやり方を永は軽蔑する。
 
「特に星弥の部屋は詮充郎による監視の目がないので、そこに機材を運んでおに──皓矢(こうや)が診ています」
 
 鈴心は先程の永の感情を慮って、言葉に詰まりながら言った。皓矢に対する呼び方が気になっていたのは単純に永の嫉妬だ。それを正されると永は恥ずかしさを思い出してしまう。
 
「いいよ別に、言いにくかったらお兄様でも。しかしあれだね、彼女は結局実験の失敗作として詮充郎に見放されたんだ?」
 
「はい。でもその方が幸せな人生を送れるだろうと、お兄様も奥様も星弥を慈しんできました。なのに──」
 
 言い淀む鈴心に蕾生がはっきりと聞いた。
 
「今になってこんなことになったのは、俺達と関わったからか?」
 
「さあ……そこに因果関係があるかは私にはわかりませんが」
 
「まあ、全く無関係ってこともないだろうね」
 
 永もそう言えば、鈴心は少し俯いて応接室の扉を開けた。
 
「その辺については私では知識が乏しいので、お兄様から説明があると思います」
 
 家の中には重苦しい雰囲気が漂っていた。元々あまり外部の人間が寛げるような家ではなかったけれど、今日は格別に居心地が悪いと永も蕾生も感じていた。
 数分待ってようやく皓矢が部屋に入ってきた。
 
「ああ、来てくれたんだね。ありがとう」
 
 永達を見て少し安心したような表情を見せた皓矢だったが、顔色は白く、目元に隈も薄く見える。ひょっとするとこの三日間はろくに寝ていないのかもしれない。
 けれど同情する気はさらさらない永はぶすっとした顔で皓矢を睨んでいた。蕾生はそんな永の態度から受けられる印象を緩和するべく、皓矢に会釈で挨拶する。そんな二人の対照的な態度に皓矢は少し笑った。
 
「星弥はどうですか?」
 
 鈴心が詰め寄るように聞くと、その頭をそっと撫でて穏やかに皓矢は言った。
 
「──特に変化はないよ。良くもなっていないし、今のところ悪化の兆候もない。母さんが側についてる」
 
「そうですか……」
 
 顔を曇らせている鈴心の肩を叩いた後、皓矢は永と蕾生の対面に腰掛けた。平静を装っているが、声は少し弱々しい。
 
「さて、君達に協力を仰ぐには──詳しい説明が必要だろうね?」
 
「そうだな、「誠意」ある対応を頼むよ」
 
 永は腕を組んで尊大に言う。鈴心にされた仕打ちを思えばこれがせいいっぱいの譲歩だった。