頭は猿、胴体は猪、尾は蛇、手足は虎。
 そこにいる獣は紛れもなく、(ぬえ)だった。
 
「──」
 
 鵺は怒りをたたえた瞳で詮充郎(せんじゅうろう)をじっと睨んでいる。
 
「ラ、ライ、くん……」
 
「そんな、今回も──」
 
 (はるか)鈴心(すずね)が絶望して足から崩れ落ちる。
 
「あ、う……」
 
「──ッ!」
 
 鵺の顕現と同時に星弥(せいや)から苦しみが消え、もう一度ベッドに倒れ込んだのを見た皓矢(こうや)は、式神の青い鳥を飛ばして星弥のベッドを包む結界を張った。
 
「星弥の鵺化が……!? オリジナルが顕現したせいか?」
 
 動揺しながらも詮充郎は分析することを止めない。そんな詮充郎の態度にますます怒りを表し、鵺は低く唸る。
 
「ああ、これだ、この姿だ! 黒い毛、燃えるような紅い目、白く煌めく爪──私が、いや私達が焦がれていた鵺の姿がもう一度ここに!」
 
 歓喜とともに興奮して叫ぶ詮充郎の前に、皓矢が立ちはだかった。
 
「お祖父様、お下がりください。後は僕が」
 
 その冷静な物言いを聞いて、詮充郎は満足気にしていた。
 
「ふ。鵺が現れてようやく肝が据わったか」
 
握虚(あくきょ)……」
 
 皓矢が鵺を見据えて言葉を唱え始める。すると鵺の身体が石のように固まった。
 
「──ガッ」
 
 動きを止めた鵺はその場で踏ん張るように立ち、小刻みに身体を震わせながら皓矢を睨む。
 
「お兄様、何を!?」
 
 鵺となった蕾生(らいお)が息苦しそうにするのを見て、鈴心が皓矢に向かって叫ぶ。
 
「あまり話しかけないでくれ、鵺に集中したい。僕はこの時のために一族が研磨してきた対鵺の術を仕込まれたんだ。こいつを生け取りにするためにね」
 
 鵺から視線を外さずに言う皓矢の言葉を詮充郎が続ける。
 
「そう。我らには鵺の遺骸しか手に入らなかった。サンプルとしては不十分。生きたままの情報こそが! ──新たな世界への扉を開けるのだよ」
 
 比喩表現にも聞こえた最後の言葉が永は妙に気になった。だがそんな揚げ足を取っている暇はなかった。
 
「ライを生きたまま、研究材料に!?」
 
「ふざけるな! そんなことはさせない!」
 
 鈴心も永も憤然と抗議したが、皓矢は二人には目もくれず鵺を注視しつつ会話を続ける。
 
「では死ぬか? また来世に望みを繋げて?」
 
「そうだ! ライは僕らが連れて逝く!」
 
「……っ」
 
 はっきりと言ってのける永に対して、鈴心が言葉に詰まる。その様子に皓矢は少し笑った。
 
「転生できる確証は?」
 
「それは──」
 
 皓矢の言葉に永も一瞬戸惑いを見せる。そんな二人に向けて皓矢は力強く言い放った。
 
「君達のやっていることはただの先延ばしだ。もう終わりにしよう。いや、呪いはここで終わらせる! 芯絶胆(しんぜつたん)!」
 
 叫ばれた言葉が鵺にかけた術を強めたのがわかった。鵺は雷に打たれたように大きく身体を震わせ苦悶の表情を見せる。
 
「ガアァッ!」
 
「ライ!!」
 
 永は考えた。これまでの九百年間を振り返って考える。
 何か、何かないか。鵺をライに戻す方法? いやせめて、鵺となったままでもいい、ライの自我を呼び覚ます方法を。
 
 ──九百年だぞ!? おれは何をしていた! どうして何も思いつかない!!
 永がそんな後悔に取り憑かれかけた時、星弥を守っていた青い鳥が甲高く鳴いた。
 
「ルリカ!? どうした!」
 
「う……ん」
 
 昏睡状態だった星弥が少し身じろいだ後、目を覚ました。