約束の日だと一希は思っていた。あと数日で死ぬんだと。心残りがないと言えば嘘になる。降ってわいた時間で、やりたい事はそれなりにできた。
母さんも父さんも泣くだろうなあ。親不孝者の子供でごめんさない。
そう思っていたのに、一希は予定より早く死んでしまった。
「話しが違うんですが」
「そうですね。これは私も想定外です。一年にあるかないかの出来事なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。突発的な死。後悔していますか?」
目の前の光景に一希は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いいえ。もうすべき事は終えてその日を待つだけたったから全く」
一希の体から流れ出た赤黒い血溜まりに、ひらひら薄ピンク色の花びらが風に乗って数枚小舟のように浮かんでいた。
後悔するほどの濃い人生じゃなかった。でもただ一つ、一つだけ一希には心残りがあった。そしてその心残りを無くす手助けを、ある人がしてくれることになった。理由は教えてはくれなかった。
でもこれは最初で最後のチャンスだ。一希は目を覚まして、ゆっくりと体を起こした。
そしてタイミングよく部屋に巡回にきた看護師が起き上がっている一希を見つけて、幽霊でも見たかのように悲鳴を上げていた。
目を覚ましても何の変わりはない、普通とは少し違うカーテンで仕切られた部屋。水垣一希がラッキーなのは窓側で、その日の空模様が見られる事だ。
部屋の扉はすでに開けられていて、人の動く気配を嫌でも感じられる。
「一希くん起きてるかな?」
「うん」
シャーっとカーテンが開けられると、いつもの看護師さんが「おはよう。検温しようか」と朝のルーティーンが始まる。
「調子はどう?」
「普通」
「そっか。今日は検査の日だから、朝ごはんが終わったら迎えにくるね」
「うん」
ピピッとワキに挟んでいた体温計が鳴って看護師に渡す。
「熱はないね。じゃあ、しっかり朝ごはんを食べてね」
そして今度は向かいのカーテンを開けて同じことを繰り返している。
僕の家はここじゃないのに、もうここが僕の住む場所になっちゃってる。家に帰りたいけど、きっと今日の検査でもいい結果が出ないんだろうな。
一希はガラス一枚だけで区切られた代り映えはしないけど、広い世界だろう窓の外をぼんやりとした目で眺めた。
検査も終わり最近、調子がいいと自分で感じていた一希は、病室を出て久々に外の空気に触れていた。
春が近づいてきていて、病院内の桜もチラホラと咲き始めていた。一希はクーピーとお絵描きノートを持ってそのまま芝生の上に座った。
たまにはシーツの感覚以外を感じたい。だから後で怒られると分かっていても、一希は芝生の上に座るのを止められない。
「桜、綺麗だなあ。お花見、僕も行ってみたい」
院内で見るテレビから流れる花見の様子は、みんながバカみたいに楽しそうだった。お絵描きノートに両親と自分、そして桜とお店を描いて行けたらいいなと思いを込めて書き込んだ。
「ねえ? 何を書いてるの?」
「え?」
振り返ると、同じくらいの年の女の子が覗き込んでいて一希は驚いてしまった。
「――」
「あ! お花見の絵だ! でも今年は、お花見には行けないんだ」
そう言って、左足をブランブランし始めた。
「足、怪我したの?」
「うん。複雑骨折って言うのをして手術したの。リハビリも始まったからやっと外に出れるようになったんだ!」
向日葵みたいな笑顔だと一希は、ぼうっと急に現れた少女に見つめていた。
「私も隣に座ってもいい?」
「え? 座れる?」
「大丈夫大丈夫」
ええ~~ちょっと無理なんじゃないかな? 左足は包帯で固定されているから、地面に座るのに苦労している。
「あ~~無理!」
「あ! 大丈夫?」
女の子は勢いよく芝生の上に倒れ込んだ。
「大丈夫。芝生って気持ちがいいよ! 寝転がってみてよ」
「でも」
「早く!」
「うわっ!」
女の子に手を掴まれた一希は、そのまま芝生の上に倒れ込んだ。
「ほら、気持ちいいでしょ?」
「うん」
ただ寝ころんだだけなのに、凄く楽しいな。一希がクスクスしていると「ね? いいでしょ?」と女の子は笑顔で自慢げ気な顔をしていた。
「うん。凄くいいよ! 僕、初めてだよ、こんな気持ちになったの」
「そうなの?」
「うん。ずっと入院してるから」
「家に帰らないの?」
「たまに帰ったりしていたけど、家に帰っても外に出る事はほとんどないから」
「ふ~~ん。あ、見てあの雲。なんだかソフトクリームのウズみたいな形をしてる」
「本当だ。あ、星みたいな形もあるよ。あそこ」
「本当だ! 雲の星だ。そう言えば、名前なんて言うの? 私は別所結乃(べっしょゆの)だよ」
「僕は水垣一(みずがきかずき)希(き)」
「一希くんか。これで私たちお友達だね!」
「友達?」
「そう! お友達だよ!」
結乃の笑顔ってすごい! キラキラしてるからここがいつもの芝生じゃないみたい。こんな風に寝転がって空を見たのも初めてだ! それに友達になったんだ! 入院していても話す子はいる。でもそれは友達というよりかは入院仲間みたいな感じでどこか影がある。でも結乃は違った。一希のよく知らない外の友達であり死とはあまり関係ない子だった。
母さんも父さんも泣くだろうなあ。親不孝者の子供でごめんさない。
そう思っていたのに、一希は予定より早く死んでしまった。
「話しが違うんですが」
「そうですね。これは私も想定外です。一年にあるかないかの出来事なんですよ」
「そうなんですか?」
「ええ。突発的な死。後悔していますか?」
目の前の光景に一希は心底嬉しそうに笑みを浮かべた。
「いいえ。もうすべき事は終えてその日を待つだけたったから全く」
一希の体から流れ出た赤黒い血溜まりに、ひらひら薄ピンク色の花びらが風に乗って数枚小舟のように浮かんでいた。
後悔するほどの濃い人生じゃなかった。でもただ一つ、一つだけ一希には心残りがあった。そしてその心残りを無くす手助けを、ある人がしてくれることになった。理由は教えてはくれなかった。
でもこれは最初で最後のチャンスだ。一希は目を覚まして、ゆっくりと体を起こした。
そしてタイミングよく部屋に巡回にきた看護師が起き上がっている一希を見つけて、幽霊でも見たかのように悲鳴を上げていた。
目を覚ましても何の変わりはない、普通とは少し違うカーテンで仕切られた部屋。水垣一希がラッキーなのは窓側で、その日の空模様が見られる事だ。
部屋の扉はすでに開けられていて、人の動く気配を嫌でも感じられる。
「一希くん起きてるかな?」
「うん」
シャーっとカーテンが開けられると、いつもの看護師さんが「おはよう。検温しようか」と朝のルーティーンが始まる。
「調子はどう?」
「普通」
「そっか。今日は検査の日だから、朝ごはんが終わったら迎えにくるね」
「うん」
ピピッとワキに挟んでいた体温計が鳴って看護師に渡す。
「熱はないね。じゃあ、しっかり朝ごはんを食べてね」
そして今度は向かいのカーテンを開けて同じことを繰り返している。
僕の家はここじゃないのに、もうここが僕の住む場所になっちゃってる。家に帰りたいけど、きっと今日の検査でもいい結果が出ないんだろうな。
一希はガラス一枚だけで区切られた代り映えはしないけど、広い世界だろう窓の外をぼんやりとした目で眺めた。
検査も終わり最近、調子がいいと自分で感じていた一希は、病室を出て久々に外の空気に触れていた。
春が近づいてきていて、病院内の桜もチラホラと咲き始めていた。一希はクーピーとお絵描きノートを持ってそのまま芝生の上に座った。
たまにはシーツの感覚以外を感じたい。だから後で怒られると分かっていても、一希は芝生の上に座るのを止められない。
「桜、綺麗だなあ。お花見、僕も行ってみたい」
院内で見るテレビから流れる花見の様子は、みんながバカみたいに楽しそうだった。お絵描きノートに両親と自分、そして桜とお店を描いて行けたらいいなと思いを込めて書き込んだ。
「ねえ? 何を書いてるの?」
「え?」
振り返ると、同じくらいの年の女の子が覗き込んでいて一希は驚いてしまった。
「――」
「あ! お花見の絵だ! でも今年は、お花見には行けないんだ」
そう言って、左足をブランブランし始めた。
「足、怪我したの?」
「うん。複雑骨折って言うのをして手術したの。リハビリも始まったからやっと外に出れるようになったんだ!」
向日葵みたいな笑顔だと一希は、ぼうっと急に現れた少女に見つめていた。
「私も隣に座ってもいい?」
「え? 座れる?」
「大丈夫大丈夫」
ええ~~ちょっと無理なんじゃないかな? 左足は包帯で固定されているから、地面に座るのに苦労している。
「あ~~無理!」
「あ! 大丈夫?」
女の子は勢いよく芝生の上に倒れ込んだ。
「大丈夫。芝生って気持ちがいいよ! 寝転がってみてよ」
「でも」
「早く!」
「うわっ!」
女の子に手を掴まれた一希は、そのまま芝生の上に倒れ込んだ。
「ほら、気持ちいいでしょ?」
「うん」
ただ寝ころんだだけなのに、凄く楽しいな。一希がクスクスしていると「ね? いいでしょ?」と女の子は笑顔で自慢げ気な顔をしていた。
「うん。凄くいいよ! 僕、初めてだよ、こんな気持ちになったの」
「そうなの?」
「うん。ずっと入院してるから」
「家に帰らないの?」
「たまに帰ったりしていたけど、家に帰っても外に出る事はほとんどないから」
「ふ~~ん。あ、見てあの雲。なんだかソフトクリームのウズみたいな形をしてる」
「本当だ。あ、星みたいな形もあるよ。あそこ」
「本当だ! 雲の星だ。そう言えば、名前なんて言うの? 私は別所結乃(べっしょゆの)だよ」
「僕は水垣一(みずがきかずき)希(き)」
「一希くんか。これで私たちお友達だね!」
「友達?」
「そう! お友達だよ!」
結乃の笑顔ってすごい! キラキラしてるからここがいつもの芝生じゃないみたい。こんな風に寝転がって空を見たのも初めてだ! それに友達になったんだ! 入院していても話す子はいる。でもそれは友達というよりかは入院仲間みたいな感じでどこか影がある。でも結乃は違った。一希のよく知らない外の友達であり死とはあまり関係ない子だった。