ニコッと笑った合田さんは、俺の声を聞いて、さらに嬉しそうに顔を綻ばせた。

 「お久しぶりです、凪沙先輩!」

 入院したと聞いた時はかなり心配だったが、見た目はかなり元気そうだ。
 華のある笑顔も、健康的な肌も、星空のような目も、今まで通り。
 変わったことといえば、女の子らしい可愛らしいパジャマを着ていることと、艶やかな黒髪が、肩より上で切り揃えられていることだ。

 「どうぞ、そこ座ってください!」

 合田さんは指を真っ直ぐに伸ばした手で、ベッドの前に置かれた丸椅子を指した。
 言われた通りに腰掛けて、目の前の少女をじっと見つめる。

 「髪、切ったんだね。」

 「そうなんです! 邪魔かなって思って……似合ってますか?」

 「うん。似合ってるよ。」

 俺が正直に答えると、合田さんは照れたように笑った。
 本心でそう言ったのだが、薄っぺらい言葉しか出てこなくて申し訳ない。

 ポニーテールの印象しかなかったから、何だか変な感じだ。
 見慣れない、けれどもちゃんと似合っていて、可愛かった。

 「お母さん、何か変なこと言ってませんでした?」

 「ううん。」

 俺が首を横に振ると、合田さんは安心したように息を吐いた。

 「すみません、私、嘘を2つも、吐いたんです。」

 「嘘?」

 そういう合田さんは、真剣な目をしていて。
 真剣に話を聞いてあげないといけない、と直感した。

 「まず1つ目です。どうしても先輩に会いたくて、お母さんに先輩のこと、彼氏って言っちゃったんです。」

 「えぇっ!? 彼氏? 俺が? 合田さんの!?」

 はい、と至って真剣な顔で言うので、何も飲んでも食べてもいないのに、むせたように咳き込んでしまった。
 俺が合田さんの彼氏なんて、不釣り合いすぎないか。

 「ただのバイト先の先輩なんて、わざわざ会ってどうするのって、言われると思ったんです。彼氏なら、お母さんも納得してくれるかなって。」

 「まぁ、確かに……。」

 合田さんの言うことは、一理あると思う。
 バイト先の先輩なんて、退院してからでいいじゃないか。
 なのにどうして、嘘を吐いてまで俺に会いたかったのだろうか。

 「次に2つ目です。一緒に流星群が見たいって言ったじゃないですか。無理だって、わかってて言ったんです。」

 「……そうなの?」

 意外な発言に、目を瞬いてしまった。
 合田さんはあの日、バイトにもあの場所にもこられないことを――つまり、入院することを知っていたと言うのか。

 「そうなんです。あの日の昼に病院で検査をして、異常がなかったら行けたんですけど……駄目だって、わかってました。自分の体のことは、自分でちゃんとわかってますから。」

 合田さんは俺から逃げるように視線を逸らして、窓の方に目を向けた。
 動きに合わせて、サラサラと短くなった髪が揺れる。

 「一緒に見たかったのは、嘘じゃないですよ。でも、私の病気って遺伝で……お父さんが言ってた症状を、少し前から感じてたんです。」

 「そうなんだ。」

 何も言えなくて、ただ、短い相槌を打った。
 知らなかった。合田さんが、そんな病気を抱えていたことを。
 病名も、症状も、いつからかも、何も知らない。

 当たり前だ。だって俺は、()()()()()()()()()なのだから。

 「見たかったなー、流星群。この辺、ビルが多くて高くて、全然、空見えなんです。」

 窓の外を眺めている合田さんは、夜の光景を思い出しているのだろうか。
 ここで1人、見えない星を見ようとする合田さんの姿が、目に浮かぶようだった。

 「流星群、見たかった。先輩と一緒に、見たかったんです。」

 『俺も、合田さんと一緒に見たかったよ。』

 そう言おうとして、やめた。
 来なかった合田さんを責めているように聞こえたら、嫌だ。

 「流れ星は願い事を叶えてくれるって、言うじゃないですか。だから、お願いしたつもりだったんです。

 ――明日、先輩と一緒に……流星群を見られますように。

 って」

 再びこちらを向いた合田さんは、俺に笑いかけるように、目を細めた。
 何だか感傷的な、無理して笑っているような、そんな顔だった。

 「……流れ星じゃなかったから、駄目だったのかもね。」

 「そうですね。1日早かったみたいです。」

 ふふっと吹き出した合田さんだが、俺は笑えなかった。

 合田さんに、流星群を見せてあげたかった。
 何もできなかったことが、どうしようもなく悔しい。
 俺に流れ星みたいに、願いを叶える力があったら。なんて、意味のわからないことを考えてしまう。

 「なんていう病気なの?」

 「忘れました。難しいこと、よくわからなくて。でも手術とかじゃないんで、大丈夫ですよ?」

 俺の問いに、合田さんは誤魔化すように笑った。
 本当は知っていそうだが、言いたくないなら、無理に言う必要はない。
 
 「治るの?」

 「多分、治らないです。退院した後も、食生活とか、気をつけないといけません!」

 「スイーツの食べ放題とかしたら、怒られるかなー。」と、冗談めかして笑っている。
 楽しそうに笑っているが、どうしても、悲しさを紛らわそうとしているように見えてしまった。
 
 「いつ退院できるの?」

 「わかりません。多分、そんなに長くはないですよ。」

 そっか。と返事をして、意味もなく天井を見上げた。
 あの日合田さんがしたように、目を閉じて、すーっと息を吸い込む。

 「流星群って珍しいけど、年に1回しかないわけじゃないんだよ。三大流星群はほぼ毎年見られるし、他にもいっぱい、あるんだ。」

 「そうなんですね……。」

 意外そうに目を丸くして、合田さんは呟くように言った。
 春にも、夏にも、秋にもある。それがだめなら、来年の冬になったっていい。

 「だから、いつか流星群を、あそこでみようよ。一緒に。」

 いつだっていい。いつになってもいい。
 俺は必ず、予定を空けておくから。
 合田さんの都合がつけば、いつだっていいから。

 「……はいっ!!」

 ぱちぱちと目を瞬いていた合田さんは、心底嬉しそうに、弾んだ声で答えた。
 きゅっと目を細めるのに合わせて、キラキラと星が舞う。

 俺にできることは何だってする。
 何なら、できることを増やす。
 そうして、絶対に――

 この言葉は、嘘にはしない。
 この笑顔を――いや、もっと綺麗な笑顔を、星が流れる夜に見る。