願掛けするには1日早い

 外にでると、合田さんは上着のポケットから自転車の鍵を取り出した。
 自転車置き場につくと、フレームがベージュの自転車に鍵を刺す。

 俺も数字のボタンを押して、自分の自転車のロックを解除した。

 「行きましょー、凪沙先輩!」

 カラカラと自転車を押してきた合田さんが、にこっと笑いかけてきた。
 そのままひょいと自転車に乗って漕ぎ始める。

 どこに行くかもわからないまま、俺も後に続く。
 前を走る合田さんのポニーテールが、夜風に煽られてふわりと舞っている。
 受ける風の量は俺と変わらないだろうが、それだけで気持ちよさそうに見える。

 少し直進して、右に曲がって、また少し直進して、今度は左に曲がる。
 もう1度左に曲がって、広い道に沿って直進する。

 5分程走ったところで、合田さんは駐車場に入る。
 そこは特に特別なこともない、近所のコンビニだった。
 合田さんの隣に自転車を停める。

 「ちょっと飲み物買います!」

 「わかった。」

 自転車の鍵を抜いた合田さんは、籠に入れていた鞄を取って、コンビニに入っていく。

 買い物がしたかったのだろうか。
 確かにもう夜も遅いし、女子高校生1人じゃ不安かもしれない。

 合田さんは俺より1つ下の1年生だが、同級生と比べても華奢な部類に入ると思う。
 細身で可愛らしい子だし、もしものことがある可能性は否定できない。

 ホットのドリンクが売っている棚に来た合田さんは、俺の方を振り返った。

 「凪沙先輩は何にします?」

 「あ、俺も買うの?」

 やっぱりレモンがいいかな、ミルクティーも美味しそうですよね。と合田さんは陳列された商品を見ている。
 特に購入する予定のなかった俺は、驚いて聞いてしまった。

 「いらないんですか?」

 「いや、えっと……この後何かするの?」

 きょとんとしたように聞いてくる合田さんに、逆に質問する。
 俺が何に付き合えばいいのか、言ったつもりになっていたようだ。
 まだ言っていないことに気が付いたのか、合田さんはすみません!と謝った。

 「私、今日は夜更かししたい気分なんです。だから付き合ってほしいなって。」

 「夜更かしって?」

 具体的には何だろうか。

 合田さんはいつもにこやかに笑っていて、正直な子。
 だけど言い辛いことがあると、こうして濁してしまう。
 普段どおりの笑顔で、優しく濁すから、気が付かず流してしまうことの方が多い。 
 今回は聞かなければ話が進まないので、聞き逃さなかった。

 「――星が、見たいです。」

 再び商品棚に目を向けて、合田さんは落ち着いた声で言った。
 どれにしようか悩んだ末、緑茶のペットボトルに手を伸ばしている。
 結局、レモンティーでもミルクティーでもないんだな。
 
 「先輩、星見るのお好きでしたよね? だから、一緒に見に行ってほしいなって思ったんです。」

 合田さんが星だなんて、珍しい。
 以前趣味の話になった時、俺が天体観測だと言うと、

 『星、綺麗ですよねー。』

 と言って笑っていた。
 にこにこと笑っていたので不快ではなかっただろうが、特段興味があるようには見えなかった。

 「駄目……ですか?」

 俺が中々答えなかったからか、合田さんは不安そうに、上目遣いでこちらを見つめてくる。
 視線から逃げるように合田さんから目を逸らして、商品棚からココアを取った。

 「いや、いいよ。俺も見たいから。」

 「やったあ! ありがとうございます!」

 嬉しそうに、無邪気に笑った合田さんが、レジの方へ歩いていく。
 俺も後を着いて行き、会計を行う。

 代金をスマホのアプリで支払い、商品を受け取る。
 ドアの外に合田さんの姿が見えたので、少し早足に俺も外へ出た。

 「お待たせ。」

 今日は、合田さんに着いて行ってばかりだな。
 そんなことを思いながら声をかけると、合田さんは俺が持っているペットボトルを見て、クスリと笑った。

 「凪沙先輩、甘いものお好きですね?」

 「好きだよ。美味しいから。」

 合田さんは「美味しいですよね。」といいながら、まだクスクスと笑っている。

 俺の容姿で甘いものが好きなのは少々意外なようで、出会ったばかりの人にはよく驚かれる。
 合田さんはそんな俺が面白いのか気に入ったらしく、俺が甘いものを食べる度、機嫌よくころころと笑うのだ。

 ひとしきり笑い終えたようで、合田さんは自転車のスタンドを外した。

 「では、行きましょー! 案内お願いします!」

 俺が星を見る場所がどこかなど、合田さんはもちろん知らない。
 ならば、今度は俺が着いてきてもらう番か。

 ひょいと自転車に飛び乗り、ペダルをぐっと押し込む。
 後ろを振り返ると、合田さんが着いてくるのが見える。

 離れすぎないように適切な速度を模索しながら、一列で自転車を走らせる。

 「この近くなんですか?」

 少し大きな声で問われ、振り返らずに、同じく少し大きな声で返す。

 「そうだね。15分くらいで着くと思うよ。坂道あるけど……大丈夫?」

 「大丈夫ですよ! 余裕です!」

 得意気な合田さんの返事に、ははは、と声を出して笑ってしまった。
 自転車に乗っていなかったら、ガッツポーズをしていそうな言い方だ。

 俺はふっと息を吐いて、空を見上げた。
 走行中に上を見るのは危ないが、直線だし、車も通らないので大丈夫だろう。

 白い息が昇っていく空は、よく晴れていて、キラキラと星が瞬いている。
 丁度、絶好の天体観測日和だった。
 これは、合田さんに喜んでもらえそうだ。