願掛けするには1日早い

「先輩ー、この後時間あります?」

 バイト終わり。
 着替えを済ませた俺が帰ろうとすると、後輩が声をかけてきた。
 可愛らしい顔に、人当たりのいい柔らかい笑顔を浮かべてこちらを見ている。

「あるけど……どうしたの? 合田さん。」

 もう午後10時なのだから、あとは帰って勉強したり入浴して、寝るだけだ。
 別に数分遅くなっても問題ない。
 彼女――合田さんは一瞬、嬉しそうに表情を明るくして――すぐに、元通りの柔らかい微笑を作った。

「じゃあじゃあ、明日出かける予定とかはありますか?」

「ないかな。」

 明日は土曜だが、特に予定はない。
 たまには友人と遊ぶこともあるが、休日はのんびりしたいタイプなんだ。

「あっ、先輩進学校だから補習とかあったりしますか?」

「ないよ。」

 何故か念入りに、探るように聞いてくる合田さんに、思わず苦笑が漏れる。
 ようやく俺が暇だと確信できたのか、今度こそ嬉しそうに顔を輝かせた。

 華やかで、星が煌めくような笑顔。
 可愛らしい表情に、ぐっと心臓が掴まれた気分になる。

「じゃあ、この後付き合ってください! 着替えてくるので、ちょっと待っててくださいね!」

「うん。わかった……?」

 何が何だかわからないまま、とりあえず返事をする。
 合田さんはバイト着であるエプロンの紐を解きながら、ぱたぱたと更衣室へ駆けていった。

 この後付き合うのは別にいい。
 でもこんな遅くに、何があるのだろうか。
 ――しかも、俺と一緒に。

「……凪沙、合田さんと何話してたんだ?」

「何か、この後行きたいとこあるからついてきてって。」

 合田さんと入れ替わるようにやってきたバイト仲間に、正直に答える。
 俺の言葉を聞いた彼は「マジか……。」と飛び出そうなほど目を丸くした。

「え……何? デート? は、お前抜け駆けはなしだろ……。」

 大きな丸い目が特徴の可愛らしい顔。
 誰にでも分け隔てない、人懐っこい態度。
 何より、さっきの眩しい1等星のような笑顔。

 言わずもがな、合田さんはモテる。
 ここでバイトしている男全員、合田さんのこと好きなんじゃないか。
 そう思えるほど、合田さんは人気者なのだ。

「そんなんじゃないよ。」

 勿論俺も、合田さんのことが好きだ。
 けれど、勘違いをするほど愚かじゃない。

 合田さんは誰とでも仲良くできるいい子だ。
 俺だけ特別なんて、都合のいいことはない。
 今回の用事だって、たまたま都合のついたのが俺だったんだろう。

「いやいや、デートだろ。羨ましい。」

 そんなわけないだろう。
 あまり期待を煽るようなことは言わないでほしい。

「そんなわけないだろ、こんな夜中に。」

 まだ高校生の俺達は、あと1時間もすれば補導の対象になる。
 夜中、というにはまだ早いかもしれないが、十分遅い時間だ。
 日を改めずこんな時間から、ということは、数分で終わる用事だろう。

「いやいや、こんな時間だからこそ色々ー……あるかもだぞ?」

「ないよ。黙ってろお前。」

 丁度合田さんがくるのが見えたため、俺は無理やり会話を終わらせる。
 近くの女子高の制服であるセーラー服のスカートを翻して、早足で歩いてきた。
 俺の隣で立ち止まった合田さんは、「おまたせしました!」と明るい声で言った。

「行きましょう凪沙先輩! 先輩方、お疲れ様でーす!」

 全体に聞こえるくらいの大声で挨拶をした合田さんは、先導するように俺の前に出る。
「お疲れ様です。」と俺も挨拶をして、合田さんの後に続く。

「凪沙ー、次シフト被った時、何があったか教えてくれよなー?」

「はいはい。」

 お前にだけは、絶対に教えてやるかよ。
 心の中でそう悪態をついて、合田さんに続いて外へ出た。