俺のお気に入りの場所である、小さな丘。
 住宅地から少し離れていて、人もほとんど来ないため、街灯もない。
 ここを照らすのは、月と星の光だけ。

 人のいない、何もないここに、週に2~4度、俺は意味もなくやってくる。

 草の上に腰かけて、星のように光る家々の明かりを見て。
 その後に、寝転んで本物の星を見る。

 そして――やっぱり星が1番綺麗だ、と思う。

 これが俺の、数少ない小さな趣味だ。

 「綺麗ですねー。」

 けれど今日は俺1人じゃない。隣に、バイトの後輩がいる。

 セーラー服を着た可愛らしい印象の少女が、柔らかく微笑んで星を見つめている。
 冷たい夜風が、彼女のスカーフと1つに纏めた長い髪を揺らした。

 ――やっぱり星が1番綺麗だ。

 そう思うのが、俺の趣味だと言った。
 けれど今夜ばかりは、星を1番にはしてやれない。

 隣で星を見ている少女が、1番綺麗。
 星空のようにキラキラと輝く瞳が、本物の星空よりも、何倍も綺麗だ。 

 「――このまま、時間が止まっちゃえばいいのになって……すごく思います。」

 空を見上げたまま、彼女は目を細めてそう言った。
 俺もそう思った。このままずっと、彼女と並んで星を見ていたかった。

 けれど時間は、刻一刻と進んでいく。
 とっくに補導されそうな時間だが、流石に日付が変わるまでには、解散しなくてはいけない。

 シンデレラのように……いや、シンデレラよりもいい子を独り占めできるのは、12時までだ。

 時間を止めることはできない。
 ずるずるといつまでも星を見続けることはできない。
 けれど、もう1度、こうして星を見ることはできるじゃないか。
 終わってしまうなら、もう1度始めればいい。

 「……明日、流星群なんだ。」

 「そうなんですか!?」

 俺が零すように呟くと、星に向いていた視線が、ようやく俺を捉えた。
 ばちっと目が合って、反射的に逸らしたくなる。
 けれど逸らせない。輝く深い色の瞳に魅入られている。

 「見たいです! ……あの、もし先輩がよかったらなんですけど……一緒に見ませんか? ここで、今日みたいに。」

 『一緒に見ようよ。』と俺が誘うよりも早く、彼女は遠慮がちに言った。
 ここに連れてきたのは俺なのに、女の子に、後輩に誘わせてしまった。

 「……俺も、誘おうと思ってたんだ。」

 「――じゃあ、決まりですね!」

 彼女は柔らかく、華やかな笑みを浮かべた。

 元々楽しみにしていた流星群が、ますます楽しみになってしまった。
 俺は流れ星と比べても、彼女の方が綺麗だ、と感じるのだろうか。
 折角の流れ星よりも、彼女の瞳を見つめるのだろうか。

 明日は俺も彼女もシフトだから、今日みたいにバイト後、彼女を誘ってここに来よう。
 彼女の綺麗な顔が、今日以上に綻ぶ様子が目に浮かぶ。

 ――そう思っていたのに。
 翌日、彼女はバイトに来なかった。
 連絡もつかず、俺は1人で流星群を見た。

 流れた星は、後で燃えて消えてしまうけれど。
 心に流れた俺の不安は、消えることなく積もっていった。