「半年後にはみなさんももう3年生です。今から自分の進路と向き合うことは大切なことです。提出は再来週の月曜日ですが、記入できた人から提出してもらって構いません」

 グラウンドどこかのクラスが体育をしているらしく、窓の外から時折笛の音が聞こえてくる。それに重なるのは、いつもより粛然とした担任の声。

 私は手元のプリント用紙に視線を落とした。先ほど配られたばかりの進路希望調査票だ。
 そこには第一志望から第三志望まで記入する欄が設けられており、なにも書かれていない真っ白な空欄がやけに大きく見える。ぺらぺらな一枚の紙のくせに、目的地も決めずふらふら歩いていていい歳ではもうないと釘を刺してくるようだ。

 先程音無先生に声をかけられ、それに畳みかけるように突き付けられた現実に、私は頭を抱えたくなった。

 本当だったら、美大を目指したかった。それしか考えず、脇目もふらず一心不乱に努力を積み重ねてきたし、結果だってついてきていた。
 それなのにまるでプラグを抜いたみたいに突然ぶちっと余韻もなくその道を断たれてしまった。

 目的地を失った旅路の行く先は、出口のない暗闇。自分が今どこを歩いているのかわからないまま一日一日を惰性で生きているというのに、短い将来のことを考える情熱なんてない。

 苦く重い感情で進路希望調査票を睨みつけていると、いつの間にかHRが終わり、教壇に立っていた担任の姿はなくなっていた。

 HR明けの休み時間は、もちろん進路希望の話題でもちきりだった。
 県内ではそこそこの進学校であり、ほとんどの生徒が進学を選択する。そのため教室のあちこちから、聞いたことのある大学名が飛び交っている。

 映は進路調査票になんて書くのだろう。
 ふと、たったひとりの幼なじみのことを思った。
 毎朝顔を合わせているというのに、将来のことを話していない。昔はしていたのかもしれないけど、私が余命宣告を受けたあたりから、ぱたりとそういう話題は絶えた。私からはもちろんしないし、映もそういう話題を持ち出すことがなくなった。

 映はなにを目指しているのだろう。やっぱり進学だろうか。私とは比べものにならないほど頭がいいから、推薦でも考えているのかもしれない。もしかしたら都内の有名大学かも。

 幼稚園の頃からずっと一緒だったけれど、高校を卒業したらついに離れる時が来るのかもしれない。
 多分それがちょうどいい。そうすれば、自然と映の人生からフェードアウトできる。
 ……でも、胸に吹雪く寂しさを、私は見逃すことができなくて。

 その時。

「はーい、授業始めるぞー」

 踵を引きずる独特の音を立てながら、定年が近い古文のおじいちゃん先生が教室に入ってきた。それに続くように1時間目の授業開始を知らせるチャイムの音が鳴り、私の思考はそこで遮断された。