「おはようー!!」
次の日の朝、にぎやかな教室を突き抜けた大きな声。
「えっ…?」
そこにいたのは、月だった。
みんなが驚いたように、目を向ける。
あぁ・・・そっか。みんなは、落ち着いたくらいの月を知っているんだろう。
「ん?みんなどうしたの?」
月は、どうしてみんなが驚いているのかわからないようだ。
「…ま、まぁそういう月も可愛いよね」
「うんうんっ。私、逆にポジティブな月の方がいい!」
クラスから、たくさんの声が飛び散る。
月は笑って、自分の席に着いた。
「ねね、北斗くん。今日、美術あるでしょう?だから、モデルは私にしてよ」
俺はその声に頷く。
「もちろんだよ。俺が描く絵のモデルは、月しかいないからね」
俺はにっこりと笑って答えた。

待ちに待った、美術の時間。
先生から言い渡されたお題は…自分の大切な人。
少し描くに描きずらいが、俺は彼女を当たり前のように描く。
「ねね、北斗くんは誰を描いたの?」
クラスの女子らが、たくさんの人に聞いた末、俺にも聞いてきた。
「…えっと。橋本さんは誰を描いたの?」
「えっ?もちろん、月ちゃんだよっ!転校生だし、すごくいい子だし!」
橋本さんというのは、クラスで一番目立っていて、美人だと言われている女子。
でも…月の方が、今は人気、らしい。
漫画とかなら、逆恨みとかするパターンだが…橋本さんは、いい子らしいな…。
「…えぇっと、俺もるな…夜空さんを描いたよ」
「やっぱりー!?見せて見せてっ!」
そういわれ、しょうがなく、俺は絵を見せる。
周りは花畑で描き、二本のスズランの花を持って、微笑んでいる月。
題名は、るな、とよんで、つき、と読む。
だから、ひっかけのように月と描いておく。
俺からのひっかけ…なんてかっこよく決めておく場面だが、今になってきつくなってきた。
「…可愛い!綺麗!」
可愛いと綺麗を連発する橋本さん。
「私の絵なんて、こんなのだよぉ」
そうして、下書きを見せてきた橋本さん。
それは…月の絵だと、わかる絵。
分かるけれど…わかりはするけど…なんだ、この絵。
一度、彼女の絵を見たことがある。
光っているところを、白く再現。
そして、きらめいているところを、そのまま描くような、筆の質がきれい。
いつまでも、丁寧に描く橋本さん。
なのに…これは、なんていうか…雑だ。
目はきらめきもなく、どんよりしている。
月の精神力の明るさも、どこも感じられない。
「…手加減した?橋本さん」
「っ…き、気のせいだよ。今日は難しかったよね。お題が」
「…そう、だね」
この絵は…まるでバカにしているような、そんな絵だ。
見ていて、苦しい。
「…で、でもこのえ、すごくきれいだよね」
「ありがとう」
橋本さんは、何かが違う。
綺麗だと言われていることには、変わりはないのに。
月とは違う。どこか違うんだ。
「ねぇ、月ちゃんもそう思うよね?」
すると、右隣で必死に描いている、月に話しかけた橋本さん。
「…え?」
今気づいたかのように、こちらを向く月。
「わぁっ。すごい。こんなに綺麗な人が私って…北斗くんの目には、私はこんな風に見えるんだね…!」
「…あぁ」
月は俺の絵を食い散るように見つめる。
「…それだけ?」
すると、橋本さんの低い声が聞こえた。
美術の時間は、最後だったため、橋本さんの声は、俺たちしか知らない。
先生さえも、この会話があったかどうかなんて聞いていないだろう。
「え?」
「それだけ?あたしの方が、もぉっともぉっと北斗くんの絵が好きなのに。どうして北斗くんは…月ちゃんを選ぶの!」
低かった。すごく低い声。
つらく、うめき声のような、そんな声。
「…橋本さん。やっぱり君は、る…よ、夜空さんとどこか違うんだ」
「えっ…」
月が驚いたように目を見開く。
「…それってつまり、あたしのこと好きになってくれたって、こと!?」
途端に、嬉しそうに目を見開いた橋本さん。
「…違うよ。反応の、仕方」
「反応の仕方?」
「そうだよ。橋本さんは、俺の絵を見たとき、綺麗だ、といった。それは、心からの思いだとは思えない。綺麗なんて、だれでもいえるから」
「そ、それは…。でも、本心じゃないってことも、わからないでしょ」
「…でも、月はこういったんだ」
「ほ、北斗くん!月って…」
焦った声を上げた月を、無視して、橋本さんに向き直る。
「月は…すごい。こんなに綺麗な人が私って…北斗くんの目には、私はこんな風に見えるんだねといったんだ」
「うん。そんなの、誰でもいえるでしょ。私の綺麗、の方が本能的じゃない?」
「違う。綺麗は誰でもいうんだ。だけど…月は、“僕の目には、こんな風に見えるんだね”と言ったんだよ。キミが月の立場だったら、それを言うだろうか。綺麗だということで終わりそう、と思うだろう?」
それが、ほかの人との違い。
月と、橋本さんの違いなんだ。
「……北斗くん。今日の放課後も約束したでしょう?行こうよ」
月は、描いたばかりの絵を提出して、俺の手を取った。
「あぁ」
俺は頷いて、橋本さんを残して、出て行こうとする。
「ね、ねぇ…北斗くん?次は私を描いてよ」
震えた声で言ってくる橋本さん。
そんな橋本さんに、胸をきつく締め付け、言い放つ。
「ごめんだけど、無理だよ。俺のモデルは、ずっと月だけだから―」

「よかったの?橋本さんのこっとっ!」
学校を出て、海の塀の上をトテッと歩いている月。
「いいよ。月の方が標準だし」
「なにそれ!?標準って」
頬を膨らませる月に、俺も笑みをこぼした。
「ねぇ、今日はこの海を背景にしようよ」
「え?でも海はこの前も描いたでしょ。それより、もうすぐ夏休みだし、散る前に桜を背景に描こうよ」
「北斗くん!!今日だけなんだよ!この海を見れるのは!」
月は言い張った。
「…今日だけって。これからずぅっと見れるじゃないか」
「違うって。見てよ、この夕陽と海!!こんな海は今日だけだよ!」
言い張った月に勝てなかった俺は、彼女が水浴びをしているところを描くことになった。
「…もうちょっとアピールできる?」
「アピール?」
「うん。顔が少しくらいから、もう少し楽しそうに」
「こう?」
俺は頷いて、また視線を絵に向けた。
「できたよ。もう日も落ちてくるから…そろそろ帰ろうか」
「できた?見せて見せてっ!」
「いや、今日はもう遅いから、帰ろう。まだ仕上げの絵具つけができていないし」
「そっか」
彼女は納得したように海から出て、砂浜を歩いて、先ほど履いていたスニーカーをまた履いた。
「じゃあ、送ってよね、北斗くん」
月は笑って、俺の肩を組んでくる。
俺はそれを受けていれ、彼女を送った。
「ばいばい!北斗くん!」
彼女は大げさに手を振ってきた。
俺も、片手をあげて、微笑みかけた―

第二章
【ねぇねぇ。今いますかー?】
9時頃になったとき、月からメッセージが届いた。
【いる】
とメッセージを送った。
するとすぐに、
【明後日だね、夏休み!】
と、うれしそうな返信が来た。
「…そうか、もう夏休みなのか」
一人で呟いた俺。
寝転がってる猫のナーコが、にゃぁんと鳴いた。
【そうだな。夏休み中も絵を描くのか?】
その問いかけに、すぐ
【もちろんだよ!今日連絡したのはね、予定を聞こうと思って】
と返信が来た。
予定、か…。
「母さん。夏休みに予定ってある?」
「え?夏休みに予定…あぁ。えぇっとね、母さんはいつも通り仕事があるから、できるだけ家で遊んでほしいわ。それが無理なら、書置きとかでいいからね」
「いや、母さんの予定じゃなくって、俺の予定。どこか行くとかない?」
「うーん。今のところないわよ」
俺はそういわれた瞬間、スマホで何もないよ、と打つ。
【そっかー!よかった。じゃあ集合場所決めようよ】
またもや数秒たつと返信が来た。
【母さんがいるから、できるだけ家で描きたい】
と送ると、じゃあ明日は写真撮らない?と、提案が出る。
【いいよ。明日は母さんも平日だ。大丈夫そうだしね】
俺がそれを送るのと同時に、彼女のメールも送られた。
同時か、と一人で苦笑したあと、送られてきたメールを見た。
【っていうか、今日の絵、描けた?】
俺は先ほど持って帰ってきたスケッチブックを手に取り、完成したよ、とメールで打った。
【そっか!また見せてね。多分、北斗くんは教室居づらいと思うけどね】
…そっか。橋本さんのこともあるのか。
【月もだろ】
【それもそうだね】
そこで会話は終了した。

「おはよう!橋本さんっ」
月は元気よく、今日も橋本さんに挨拶をしていた。
「…おはよ、月ちゃん」
橋本さんは、寂しそうに言った。
「北斗くんもっ!おはようっ!」
「…あぁ。おはよう、月と橋本さん」
俺が声をかけると、驚いたようにパッとこちらを向いた橋本さん。
「…お、おはようっ。北斗、くん…!」
そして、微笑みながら挨拶をくれた。

「明日から夏休みだが、気を抜かせないように」
授業がすべて終わった後の、担任の遠吠えが聞こえた後、がやがやと教室はごった替えした。
「北斗くん!早くいこっ!ちゃんと持ってきた?」
俺はそういわれて、立ち上がって、バッグから少しのぞかせたカメラ。
月は満足そうにうなずいて、俺の腕をつかみながら、教室を出ていく。

「どこに行くんだ?」
「昨日は海を取ったから、向日葵とかどう?」
走りながら月が言った。
「向日葵、か」
どこにあるんだろう?
「どこにあるんだよ?」
「病院の近くに植えてあるよ。向日葵って、ずぅっと太陽の方に向くから、少しでも病人の力になれるようにって植えてあるの」
病院か。なぜそんなの知っているのだろう。
母とかから知っているのだろうか。
「ふぅん。じゃあそこ行くか」
俺は頷いて、月について行った―。

「ほんとだ」
病院に許可を取って、裏庭に行くと…向日葵の平原のような、そんな空間が広がっていた。
どこまでも広く、太陽の色がきれいに光っている。
「ほら、早くっ。ここ、絵具持ち込み禁止だし」
俺はせかされて、スマホのカメラアプリを起動させ、向日葵を背景に、写真を撮った。
「よぉし。じゃあ早く北斗くんの家いこ!」
「えっ?俺の家なの!?」
「うん。だってできるだけキミの家がいいんでしょう?」
レッツゴー!!と俺の腕をつかんで笑って、歩き始めた月。
俺はしぶしぶついて行った。

「ささ、鍵開けて―!」
まるで妹が言ったように言ってきた月。
あぁ、確かにそうだな。月は、俺にとって妹のような存在だからな。
「はいはい」
俺は半ズボンチェック柄のズボンから、小さな鍵を取り出した。
ガチャと音がして、思い切っきり押すと、見慣れた玄関が現れた。
「いただきます…じゃ、なくって。えぇっと、お邪魔しまーす!!」
大きな言い間違いをしたとたん、たったっと母さんが走ってきた。
「あ、こんにちは!お母さん!」
「あ、あらあら~月ちゃん。元気だった?」
「はい!とっても」
…いつの間にか仲良くなったらしいな。
「どうぞどうぞ~!ごめんなさいね、今かたずいてなくって。北斗の部屋でいいかしら?」
「はっ!?」
突然、大胆なことを言ってきた母さんに、ウソだろう…と言いたくなった。
「え?いやなの?北斗くん」
「そりゃあ、ね」
「えぇ?もともとそういう約束だったじゃない。それより、北斗くんの部屋って、二階ですか?」
「そうよ。二階の突き当りね」
月は母さんに部屋を尋ねた後、階段を駆け上がって、俺の部屋へと向かおうとする。
「ちょ、まっ…!!」
俺が彼女の腕をつかむ前に、彼女が部屋の扉を開けた。
「…へぇー!私の部屋とは全然違う!」
彼女はすぐ隣にあったベットに座って、部屋を眺める。
確かに、俺の部屋は、広くないし、ザ・個室って感じだし。
押し入れもあるしな…。

俺の部屋は、扉を開けてすぐ右はベット。
そして、扉を開けた、左は押し入れ。
奥は机。
ある意味、ドラ〇もんっぽい部屋だ。
「で、絵描こうよ」
「え…。でも、月がいる意味なくない?」
「ひどいなぁ。私がいる意味はあるよ!私、橋本さんと仲を保つことができたんだぁ!だから、橋本さんと電話するの!」
「いや、それ家でする意味なくない?」
「いや、あるよ!橋本さんも、北斗くんの部屋見たいって言っていたもん!」
彼女はスマホをタップして、やがてもしもし?と話し始めた。
「うん、うん。わぁ。新しく好きな人できたの?おめでと!えっ。告白されて付き合った??すごい!漫画みたい!」
きゃっきゃと話し始めた月。
俺は絵を描いていく。
「え?北斗くんと話したい?もちろんいいよ!」
そして…一番恐れていたことが起きた。
「ねっ。話したいって、みーちゃんが!」
「なにそのみーちゃん呼び」
橋本さんって、下の名前、美衣だっけ…。
だからみーなのか。
「えっ。いいじゃん!私たち、親友だもん!」
そういって、手渡されたスマホ。
「…もしもし」
〈あっ、もしもし?北斗くんですか?〉
「えっと。北斗です」
〈久しぶり!この前はごめんね…。取り乱しちゃって…〉
心配そうな声が聞こえてくる。
「あぁ・・・。大丈夫だよ」
〈そっか。私、同じクラスの男の子に告白されちゃって…付き合うことになったの!これも、北斗くんのおかげ。ありがとう〉
「違うよ。橋本さんの力だよ」
そこから数分話した後、ある提案が上がった。
〈ねぇ?また今度、ダブルデートとかしない?〉
「は」
ダブル…デート!?
その言葉を聞いて、月も飛んできた。
「えっ。なになに、デート!?」
〈あ、月。もうすぐ花火大会があるでしょう?だから、みんなで行きたいなぁって〉
「えっ?!いいの、行っても!」
〈もちろん。大翔もいいって!〉
嫌な汗が垂れた後、俺は首を横に振る。
「な、なるほど。じゃあ月。彼氏と行ってこい」
「え?何言ってんの、北斗くん。北斗くんと私が行くんだよ!」
…これが、人生で一番つらいお願いだ。

「ってことで、北斗くんも了承してくれたし!行こっか!いつから?」
〈えぇっとね、三日後の、4時から空いてるらしいよ!〉
「俺は6時からならいけるけど?」
「じゃあ、6時からでもいい?」
〈もちろん!楽しみにしてる!ばいばーい!〉
プツッと音が鳴って、切れた電話。
「ダブルデート、だって。わくわくするね!せっかくだから、カメラ持ってってよ」
「…」
数十分、説得された後…俺は、ついに了承してしまった…。
「そう、だな」
俺は絵具をつけながら、渋々頷く。

「ありがとうございましたー!」
月は頭を下げて、走って去っていく。
「いい子でしょう。月ちゃんって」
去っていく月を見つめながら、母さんが言う。
「…そうだな」
俺は家の中に入って…先ほど描いていた絵の仕上げを描いていく。
―時は超え、花火大会、当日の、午後5時になっていた―
「…か、母さん。さすがに俺は浴衣じゃなくても…」
「いいじゃない。もう、しつけしちゃったしね」
母さんはウインクして、俺を家から追い出した。
「はいっ!ここに一万円入ってるから!楽しんできなさい!」
嬉しそうにガチャ…と扉をしめた。
追い出された俺は、呆然と立ち尽くした後…会場へと歩いていく。

「あれ…。キミが北斗くんかな?」
会場の入り口で座っていると、誰かが話しかけてきた。
この人が…大翔くん。
「…大翔、さんでしょうか」
「うん。僕が大翔だよ。大翔って呼んで」
感じがいいな、と思いながら、俺は彼が差し出した手を握った。
「よろしく。北斗」
「よろしく…。大翔」
俺らは友情を分かち合った。
数分経って、女子がたびと浴衣姿で現れた。
「ごめーんっ!待った?」
月が横髪を揺らしながら、こちらに走ってきた。
「どうかな?」
橋本さんが、恥ずかしそうに俺たちを見つめてくる。
橋本さんの格好は、肩と同じくらいの長さの髪を、三つ編みにしておろしていた。
浴衣は、帯を横にリボンで結んでいた。
柄は、向日葵の柄だった。
月は、横髪をおろし、後ろは三つ編みで外側を巻き、バラのような形の団子で結んでいた。
後ろで巻いた帯と、空とアサガオ柄だ。
「美衣も、月ちゃんも、すごくかわいいよ」
恥ずかしげもなく、ストレートに言っている大翔に、かぁっと顔を赤くした橋本さん。月は、嬉しそうに笑った。
「ねぇ。北斗くんはどー思う?」
月がこちらを向いて言った。
「きれいだよ。二人ともね」
月は満足そうに笑い、橋本さんは月のそんな顔を見ながら、頬を赤くして笑った。
「じゃあいこっ!」
月が俺の腕をつかみ、それをみて大翔も、橋本さんの手を握って、会場に四人で走っていく。

「ねぇ。私、わたあめ食べたいなぁ」
「私もー!北斗くん!買ってよぉっ!」
彼女の眼はもう、わたあめ一色だ。
「…しょうがないなぁ」
俺はしょうがなく、自分の財布から千円札を取りだして、わたあめ二つ。と、店主に向かって叫んだ。
「あいよ!」
店主は、数十秒たってから、ぽんっとわたあめを俺に持たせた。
「わーい!」
「ありがとう、北斗くんっ!」
その光景に嫉妬をしたのか、大翔が大きな声で宣言する。
「ねぇ、あの射的で、ほしい物あるって言ってなかったっけ。美衣」
「うんっ。そうなの!」
「僕が取ってあげるから」
そういって、二人が射的を始めたので、俺も100円払って、射的ゲームを開始。すると、それをみた月も、射的を始めた。
「じゃあみんなで競争ねっ!一番多く摂れた人と、高価なものを摂れた人が勝ちね!」
彼女の合図で、俺らは一斉に銃の引き金を押した。

結果は、一位はなんと月。最新型のカメラを当て、二位は大翔で、ピンクのクマの、大きなぬいぐるみを当て、橋本さんにプレゼントした。
三位は俺で、小さな星のイヤリングと、月のブレスレットセットを当てた。
橋本さんは最下位で、おかしの詰め合わせだ。
「うふふっ。ありがとう、大翔!」
ぬいぐるみを抱えて、わたあめの棒をゴミ箱に捨てた橋本さん。
「いや、僕、お菓子の方がよかったし。逆にありがとう、美衣」
そんな光景を見ながら、ぽつ…と月がつぶやいた。
「ラブラブですなぁ」
「確かに、仲良しカップルだよな」
俺もうなずいて、二人を見つめる。
「え。北斗たちも十分、素敵なカップルだと思うけどね」
その言葉を聞いて、月が大声で笑いだした。
「あははっ。大翔くん、何勘違いしてるの?私たちは別にそんな関係じゃないんだよー!」
「え?あ、そうだったの。ごめんね、月ちゃん」
「そうだそうだ!俺らはあくまで友達なんだよ。別にそういう関係じゃあないんだから」
俺も反論していった。
「ふぅん。っていうか、もうすぐ花火始まるよ」
「えっ。もう人多いんじゃないかな。あと三分で始まっちゃうもの」
橋本さんが心配そうに言った。
「…どうしようか。俺も言いスポットなんて知ってないしね」
「私、知ってるよー!!」
不穏な空気が流れ始めた途端、月の一言で、雰囲気に花がついた。
「え、ほんと!?」
「うんっ!むかぁーしむかしに、お母さんと来た時があって!」
こっちだよー!と先頭を歩く彼女に、俺らはだまってついて行った。
「…え?」
付いたところは、会場とはまるで違う場所だった。
「え。ここ河原だよ…?ここから花火なんて見えるの?」
「うん。すっごくきれいにね」
静かに笑った月に、橋本さんは不安そうに言う。
「心配なら、二人でもうすこし近くに行ったら?一人の女の子なんて危ないし。私は北斗くんと居るから大丈夫。あそこらへんなら、ここより近くで見れるし」
月が指をさした場所は、会場のあかりが漏れている、近くの席。
数人ちびちびと客がいるけれど…あまり人はいない。
「うん。ちょっと行ってこようかな…。大翔、いいかな?」
「もちろんだよ。じゃあ僕らはあっちに行ってくるね。花火が終わったら、神社で待ち合わせしよう」
会場の真ん前にある、小さな橋を渡ったところにある、小さな神社。
恋の神様がいる、という、ロマンティックな神社だ。
「わかった」
二人組がいなくなって、数分経つと、花火が打ちあがる。
「ほら、早く写真撮ろ?」
俺が見とれていると、せかすように言ってきた月。
「もう見れないかもよ?私のゆかた姿っ!」
確かにそうだ。
俺は持っていたカバンからカメラを持ち直し、彼女に向け、シャッターを切ったとたん。
「あれ…??」
写真が取れない。
なぜか、写真が取れないのだ。
「あー。容量の問題かなぁ。あっ。そうだっ!」
彼女は、ぶら下げていたカバンから、先ほど射的でゲットしたカメラを、俺に手渡した。
「え、いいの。こんな高価なもの」
「うん。私別に、写真とか取らないし。スマホもあるし、大丈夫!」
そういって親指を立てた月に、俺は追い打ちをかけるように言った。
「でもこれ、数十万するよ?売ったら相当なると思うけど」
「えっ!?ほんと!?」
その言葉に、俺は笑みをこぼした。
「いやいや、これは俺が使わせてもらうね」
俺は彼女の手からカメラを奪い取り、大きな花火が打ちあがったタイミングで、シャッターを切った―。

「どう?綺麗に撮れた?」
変な顔が移ると思ったのに、俺がシャッターを切る少し前に、笑顔を作った月。
そして…写真には、笑顔の月と、斜め上に、綺麗な花火が映っている。
「うん。このカメラの技術はすごいね」
「そうだねぇ。っていうかさ、私もカメラ上げたんだから、頂戴!」
…え?
俺はカバンを手探りで探した。
花火がたまに光って、カバンの中を照らす。
「あっ…これとか、どう?」
俺も、射的で当てた、アクセサリーたちを、彼女に渡した。
「わぁ…可愛いっ。いいの?こんなの!」
「もちろん。これだけ高価なものをもらったんだ」
「ありがと!」
彼女はわらって答えた。
「じゃあ、私のひみつも、ついでに教えてあげる!」
にっこりと笑った彼女は、どこか寂しそうだった…。
…秘密って…なんだ。

俺はなぜか、悪い予感しかしなかった。
「……実はね…私っ」
何かを言おうとした彼女の言葉は…最後の大きな花火音にかき消された。
「…ごめん、花火で聞こえなかった。なんて?」
「なんでもないっ!アクセサリー、素敵だよね。明日の休日から、ずぅっとつけて行ってもいい??」
「…も、もちろんいいんだけど。ひみつって?」
「ううん。もう、いいの。ありがとね、聞いてくれて」
「え…。あぁ」
正直、気になる時ではあったが…無理に秘密なんて聞くもんじゃない。
「ほら、花火も終わっちゃったし。早く神社行こう?」
俺は小さくうなずいて、彼女のように立ち上がった。
端を渡ったあとに、赤い鳥居をくぐる。
「あれ。まだ二人とも来てないみたいだね」
なぜか嬉しそうに言った彼女。
「もしかして、二人で青春してるのかなー?」
その言葉に、ハッ…と息を止めた。
「セ、青春って…」
「え?それは青春っぽいことだよ。それよりさ、私、最近忘れっぽいんだよね。忘れた言葉教えてもらってもいいかな?」
「え?」
忘れっぽい…?
月が?
「まぁいいけど」
俺は答えて、次の言葉を聞いて、後悔してしまった。
「女の子と男の子がね、お互いを愛し合っているときの、表現の仕方って、なんだっけと思って」
「あいしあってる!?」
急に青春っぽい話題が来て、俺は声を上げた。
「うん。最初の文字はねぇ…か行の上から二つ目で…最後の文字が、さ行の、上から三つ目なんだけど」
「…え?」
「多分、それしてるんじゃないかなぁって思って。二人は」
…思わず考えてしまった言葉。
俺はすごく後悔してしまう。
「……」
「ねぇ。なんだっけ」
「……キ」
「え?なんて?」
俺は、いたずらっぽく笑う彼女をにらみながら、目を背けて言った。
「…キス。キスだろう?」
言ってしまった。
最悪だ。
「ふぅん。そっか、そっかぁ。で、ほかにも聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「いや、もうそろそろ二人来るんじゃない?」
「英語なんだけどさー。また今度の小テストで、出るかもしれないんだよね」
その言葉を聞いて、普通の質問だと確信した。
「…まぁそれならいいけど」
「じゃあきくね。外国の男女が、告白をするときにいう言葉は?」
「…は?」
「日本語の、好きっていう、もっと大きな言葉。なんだと思う?私わかんなくってさ~」
俺は疲れを感じて、そこにあったベンチに座った。
「ねぇ。なんだっけ」
「…」
「あ、いいの?じゃあ、わかんないってことでいいんだよね」
「……」
「最初の文字は、アイだよ?」
「…」
「次の文字は、ラ」
「…」
「…これでもわかんない??」
「…」
…もう、嫌だ。
「これを言えば、終わるか」
「うん。終わるよ」
「……ぁぃ」
俺が小さな声で言おうとすると…
「ごめーん!遅くなっちゃった!」
橋本さんと大翔が神社の鳥居をくぐって、俺らが座っていたベンチに駆け寄ってきた。
「おかえりー!」
月が嬉しそうに笑って、彼女らに駆け寄った。
「ねぇねぇっ。ここ、恋守りの神様がいるの。せっかくだから、みんなで恋おみくじひこうよ!」
橋本さんが、百円を持って、にこっと笑う。
「いいねー!大翔くんもやろっ!もちろん、北斗くんもね?」
にやぁっと笑った月。
俺は、言わなくて済むことを安心しながら、思わずおみくじを引いてしまった―

「せーの!」
月の合図で、ビリィッと破ったおみくじ。
「あ…」
そこに現れた、大きな太い文字。
「私、大吉だったー!」
月が嬉しそうに、【大吉】と書いてある紙を見せてきた。
「えっ…私小吉…。しかも、恋のところに…付き合っている人は、半年で最悪な振られ方をされてしまう…って書いてあるの…!!」
「え?そんなこと書いてあるくじなんてあったっけ…?」
「ないと思う」
俺は答えてから、みんなに見せて言った。
「…俺は凶だったよ」
「へぇ」
橋本さんが、かわいそう…というようにこっちを見てきた。
「僕も大吉だったよ。恋のところは、思わず可愛いと思って、別れられない。今いる彼女か、好きな人は、一生のパートナーになるだろう、と書いてあるよ」
「すごく素敵な言葉だね」
月がふえっと声を出して言う。
「月ちゃんは、なんて書いてあったの?」
「えぇっとねぇ…相手が好意を示すことは少ないが、心の中では芽生えているはず。自分が相手に離れたり、愛想をつかしてしまえば、恋は終わってしまうだろう、だって!」
「俺は…」
みんなに続いて、俺もそこにあった言葉を読み上げようとした。
でも。その言葉が、あまりにも残酷だった…。
「っ…」
「ん?どうしたの、北斗くん」
月が笑って言った。
「…いや、こう書いてあるんだよ。今実った恋は…相手を失ってしまうことがある。最悪の場合、相手が死に至ってしまう場合も…」

「…そんな…」
橋本さんが、小さく声を上げた。
少しの沈黙を破ったとたん、月が悲しそうに声を上げた。
「…大丈夫だよ。おみくじなんてただの紙切れなんだから。北斗くんが好きになる人は、きっと心が強い人だから」