…息子の様子がおかしくなったのは、ずっと学校に来なかった子が、二年生に上がって初めて来た日からだった。
息子は帰ってくるなりそのことをはなし、そしてその子のことをずっと気にかけているようだった。
「あれは…恋ね」
お風呂の中で、一人つぶやいた声は、湯気と共に消えていく。

もう北斗も、恋をする時が来たのね。
母親として、これはちゃんとしておかなきゃ、なんて思いながら、私はふぅ、と息を吸って、北斗の部屋に入る。
「北斗ー?宿題終わったのっ…」
いつものように、寝落ちしてしまう北斗を起こそう。と考えていただけなのに。
私は、見てしまった。
息子が、ベットの上で寝ていて、隣にある机にあったはずの鉛筆を握りしめていた。
そして机には、見たこともないくらい美しい、ショートカットの女の子がえがかれている紙が広げてあった。
私は突然のこともあったけれど、数十秒、ううん、数分間、その絵を凝視していたと思う。
息子の才能は、これほどまでに育っていたのか。
しかも、その才能に気づけなかった私は、なんてバカなのだろうか、なんて思ってしまう。
「…ん。あれ…?母さん?どうして、ここに」
「あっ、ああ、えっと。お風呂沸いたわよ。早く入ってらっしゃい。それと、宿題したの?」
いつものようにそういって、いつものように、「げっ」という返事が返ってくるかと、そう思っていた。
なのに息子は、平然としたように、まるで普通のことだろう、というように言った。
「もう終わったよ。お風呂、抜いちゃっていいよ。明日シャワーだけ浴びるから」
…まるで、別人のような息子の変わりように、私は息をのんだ。
「…そう。じゃあ、もう寝るのね?」
「ううん。この絵を完成させなくっちゃ」
「…わかったわ。早く寝るのよ」
「はあい」
私は口を開けたまま、北斗の部屋を出て、扉をしめた。
その瞬間、身体のチカラがすべて抜けたように、へにょり、と床に座り込んでしまった。
「…北斗」
あの子に、あの絵の中の子に恋したのかしら。
そうに違いない。
あんなにきれいな子なんだもの。
私はそう確信して、自分の部屋に移動した。

ねようとベットに寝転がり、毛布を頭でかぶる。
それでも、どうしえても眠れない。
…なんでだろう、いつもならすぐに眠りにつくはずなのに。
いつまで目を閉じていてもきりがないため、私はベットから起き上がり、そぉ、と机の電気をつけた。
いすに座りながら、最近買ったばかりのスマホの画面をタップして開く。
「だいぶ操作にも慣れてきたわね」
そう呟いた後、いくつか届いていたメッセージを拝見し、また電気を消し、ベットに寝転がる。

北斗の恋を、応援しようと決めたのに、複雑な気持ち。
他のお母さんたちも、こんな気持ちだったのかしら…。
そう思いながら、ちらり、と昔北斗が描いてくれた絵を見つめる。
「ねえ、雄介さん。もう北斗は、大人なのかも、しれないわね」
いつしか愛していた彼の名前を呼び、私は今度こそ、眠りについた。
相手の子は、いったいどんな子なんだろう。
北斗を、どんな大人にしてくれるんだろうと考えながら。
そして、いつしか北斗にとって、とても大事な、人生のパズルのピースになるであろう人物を想像しながら。

どうやら、あの時の私の読みは、的中したらしい。
私はふふ、と笑って、どんどん上に行く北斗の背中を見ながら、思う。
「…ねえ、北斗。月ちゃん、今元気にわらっているかしら」
クルッと愛する息子が半回転してこちらを向く。
そして、満面の笑みでこう言ってのけたのだ。
「もちろん。今月はきっと、大活躍している俺の絵で、大喜びしているだろうさ。まさか自分が、全世界の人に見られるなんて、思ってもみないだろうけど」
あはは、と笑った北斗を見ながら、私は、「変わったわね」とお決まりの言葉をこぼす。
そう。こんな風に北斗を笑わせてくれたのは、きっと月ちゃんだろう。
今世界で一番北斗に愛されているのだって、きっと月ちゃんだ。
「ありがとうね、月ちゃん」
今はもういない月ちゃんに向かって、私はひっそりと笑みを向けた。



私が大好きだった親友が亡くなって、一週間。
私は特に何をしているわけでもなく、彼氏との充実な関係を築き上げている、というわけでもなかった。
カレシ…大翔とは、私の親友、月ちゃんのお葬式の日以来、あっていない。
時々スマホがピロリ、となるのはきっと、大翔がメッセージを届けてくれているからだろう。
「はあ…」
彼女が亡くなってから、何度目かわからないため息をこぼし、私はベットに飛び込んだ。
温かい感触と、ヒリヒリと痛む目じりを交互に感触した私は、「はあ」ともう一度ため息をついた。
―今日も私は、泣いている。
月ちゃんが死んでから、私はすぐ泣くようになってしまった。
例えば、月ちゃんを描いていた北斗くんとの写真を見たときとか、月ちゃんと一緒に撮ったプリクラとか、そういうのを見てても、涙がいまだにあふれてくる。
お母さんにも心配をかけているけれど、今の私は前の不登校だった月ちゃんのように、学校を休みがちになっていた。
もうすぐ、月ちゃんが亡くなってから一週間がたとうとしているが、立ち直る気はさらさらない。
「…大翔」
こんなとき、大翔と会えたら。
あって、大丈夫だよって、慰めてくれたら。
じり…とまた涙があふれそうになって、慌ててこらえる。
わかってる。
泣いていいのは私じゃなく、北斗くん何だったこと。
私は泣く方じゃなくって、北斗くんを元気づける方なんだってことも。
全部、全部わかってるくせに、私はどうしても、泣くことをやめられなかった。
大翔も、一度だけ家に来てくれた時があるけれど、こんなメイクもしていないような自分を見せるわけにもいかず、冷たく突き放してしまった。
すべてがどん底に落ちている。
深い谷底からのし上がってくるのには、たくさんの年月が必要そうだ。
人生初カレシも、このままじゃわかれちゃうのかなぁなんて考えるていると、ふいにスマホがブルブル、と震え、私の大好きだった歌のメロディーが流れてくる。
驚いて私はベットにうずめていた顔を上げ、スマホを見て、目を見開いた。
…スマホの画面に表示されたのは、「大翔」という名前だったから。
私はすぐに応答ボタンを押し、「ひ、ろと…?」と嗚咽のような声を発した。
〈久しぶり、美衣。元気にしてた?〉
スマホから愛らしい大翔の声が聞こえた途端、私の目からまた、涙があふれ出た。
「ひ、ろとっ…久しぶりっ。大翔こそ、元気だったの?」
〈うん。ごめん、急に電話して〉
申し訳なさそうにそういう大翔の声は、なんだか少し震えているようにも思えた。
〈どうしても…美衣と、話がしたくて〉
その言葉に、「うん」と言葉を返した私。
〈よかった〉
と大翔は言った。
本当に、嬉しそうな声で-
〈…月ちゃんのこと、美衣は知ってたの?〉
「ううん。当日になってから、学校から連絡が入ったの。そしたら…月ちゃんが」
思い出すだけでも、涙があふれる。
受話器を片手に泣いた私は、お母さんに背中をさすってもらいながら、一晩中泣いていた。
〈俺も。…驚いたよね、急に死んだって言われてもっ…て〉
「…本当に、ずるい話だよね。死んじゃった直後に電話かけてくるとか…」
〈大変なのは、北斗らしいよ。まるで、抜け殻になったみたいに、ずぅっと閉じこもってるんだってさ〉
「えっ…そうなんだ」
北斗くん、そうとう参っているだろうな。
あれだけ仲がいい二人の片方が死んじゃったなんて、信じたくないもん…。
〈友達として、励まさなきゃってわかってるのに…言葉が出て来ないんだよ。悪いことしたなぁ〉
「そんなこと、ないよ…。私も、ずっと悲しくて、不登校の生徒にまでなっちゃったんだもん。ごめんね、大翔にも、心配かけたね」
大翔と話していると、自然と涙が止まった。
どうしてだろう。
大事な親友が死んじゃったというのに…私、今すごく…
安心、しちゃってる。
「…大翔。どうしよう」
〈え?何が?〉
「…私今、大翔の声聞いて、安心しちゃってる」
〈え?〉
画面の奥から、驚いたような、焦ったような声が聞こえる。
「大事な親友が、しんじゃったのに…わたし、安心してる。私…最低だっ…!」
〈それは違うよ!!美衣は何も悪くない〉
大翔の声は、少々荒かった。
相当焦っているよう。
「ねえ、どうして大翔はそんなに立ち直れているの?私は、もう、無理かも…」
そう言った私の声は、もう震えていて、小さくて、聞こえずらかったと思う。
大翔も何となく理解したのか、言葉を詰まらせていた。
でも。数十秒沈黙が流れたとき、大翔が私へ優しい口調で言った。
〈…もしかして美衣、メール、読んでないの?〉
「えっ…?メール?」
〈ほら、四人で作った、グループメールの中の、三人メール。北斗も入れようとしたら、なんかバグって、三人だけのグループLINEになっちゃったやつ〉
そう言われて、私はうん、と頷く。
確か一番最初、月ちゃんがみんなで作ろう、と言い始めたけれど、なぜか一度失敗して、三人だけのメールになっちゃって、北斗くんの寂しい視線を感じたんだっけ…。
〈メール、読んでないでしょ〉
「…そんな暇、なかったんだもん」
〈なら、読んでみるといい。きっと美衣も、それで立ち直ることができると思うよ〉
「そんなわけ…」
〈いいから。じゃあ、切るね。美衣、負けないで〉
そう言って、プツリ、と切れた通話。

私は大翔に言われた通り、グループメールを開いた。
そこにはまだ、月ちゃんのアカウントもあった。
下へ、下へスクロールしていった私は、一番下まで行って…目を見開いた。
五日前、つまり、クリスマスパーティが行われ、解散したあとに、月ちゃんが書いたメールが、送信されていたのだ。

あのとき、片づけとか、月ちゃんが死んだ、という騒ぎによって、メールを見る時間がなくて、見れていなかったんだ。
月ちゃんが最後に送ったメールは、文章でも、写真でもなく、URLだった。
青く光ったそれをタップすると、いきなり知らないアプリに飛んで、そこには写真と、文章がつづられていた。
一番最初の行に、【美衣様、大翔さまへ】と書かれていたため、私たち宛だとすぐにわかる。
きっとこれは、月ちゃんが書き残した、最後のメール。
私は震える手で、その文章を読み、スクロールしていった。
【…久しぶり。元気だったかな。多分二人とも、私が死んでから結構時間たった後、これ見てるよね。急に死んじゃってゴメンね。二人にありがとうも、ごめんね、も言えなかったこと、後悔してる】
そんな三行で始まった分は、月ちゃんらしくない、硬い言葉。
でも、それくらい熱心になって書いたんだな、と伝わってくる。
【二人は、急に私が死んだこと、怒ってる?最後に何も言えずにいたこと、むかついてる?正直に吐き出していいよ】
「むかついたよ。怒ってるよ」
私は正直に吐き出した。
ため込んでいた思いを。
【二人とは、たくさんの思い出ができたね。私、二人が親友でよかったって、今心から思ってる。こんな私を、いつもそばで見ていてくれて、ありがとう。短いけど、これでこの文章は終わり。最後に、私の愛しの北斗くんの写真張り付けとくぜっ☆いつまでも長生きしてね!ばいばい!】
最後だけ騒がしく書かれているなんて、月ちゃんらしいな、と思った。
さらに下にスクロールすると、かつて私が好きだった、彼のドアップ写真が張り付けてある。

すべてを読み終えた後、パチリ、とスマホの電源を落とした私は、泣いていた。
「…バカ。立ち直っちゃったじゃん…」
今、月ちゃんに会ったら伝えたいことが山ほどある。
だから、もう一度だけ彼女にあう、その時まで、精一杯生きよう。
私はそう硬く決意した。










「大翔っ、お待たせ」
「おはよ、美衣。早く行こう」
一か月後、私は今、大翔と幸せな学校生活を続けている。
桜も満開の季節、新学期を迎えた私たちは、そっと桜に向かって、微笑みかけた。
―ねえ、月ちゃん。私、もう一度あなたに会えるまで、胸を張って生きることにしたの。だから、必ず見ていてね。
私は心の中でそうつぶやき、今日もどこかで街を見下ろしているであろう彼女に、そう語りかけた―。























十代のあなたは、隣の席の人を、どう思っていますか?
時には、「好きな人」や、「気になる人」かもしれません。
しかし、「嫌いなやつ」とか、「うるさい人」と思っているかもしれません。
それか、普通に「友達」とか、「元気がいい人」とか、そんなうすい思いの人もいると思います。
人はみな、自分のことでせいいっぱいです。
学校の先生たちは、「周りの人たちのことを一番に」などを言いつけているかもしれません。
ですが、その言いつけを守っているのは、はたしてこの世にどのくらいいるのでしょうか。
自分はちゃんと周りを見てる、と思っていても、自分より大きな悩みを抱えていたり、本当に死にたい、と思っている人が、近くにいるかもしれません。
もう少し、周りに気を配り、相手の気持ちを知りたいと思うような大人に、私はなりたいです。

これは私個人の感想であり、ほかのだれかの意見ではありません。
私の思いを「はぁ?」と思う人だっているかもしれません。
それでも、少しでも私の思いに向き合ってくれる人と出会いたいです。
あなたはあなたの綺麗な部分を見せてください。
人はだれしも、汚い部分はあるけれど、綺麗な部分も必ずあります。
自分のことを卑下しないでください。

復讐は何も生まないとよく言われますが、私はそうは思いません。
確かに復讐は悪いことですが、それでもそれほどひどいことをした相手を私は問い詰めたいです。
例えば、家族を失ったらあなたはどうしますか?
それこそ、復讐したいと思う人だっていると思います。
それと同じで、人はみな苦しくつらいことがあると、何かに八つ当たりしたくなる。
だから人を傷つけ、それがまたループしていく。
そういうものがあるから戦争だって起きるんだと思います。
ですからどうか、皆さんだけはいつも正しいと思うものを選んでほしいと思います。

最後に。
「死にたい」と思っている人へ向けて言います。
人はみな、一度はそう思うことがあるでしょう。
けれど、そんなときはこの物語の主人公、「月」のようなひとをおもいうかべてください。
もっと生きたいと願いながら死んだ月が、どれだけかわいそうか知ってください。
そして、命は永遠じゃないことを、十分に理解してください。
これは、私の心からの願いです―














これはフィクションであり、私が考えた物語です。
これからも、mioをよろしくお願いします。