ガタガタと揺れる馬車にオリバーとコナン、そしてカーターは乗っている。昼前に来た乗合馬車になんとか乗せて貰うことが出来たのだ。土に汚れた少年と獣に、カーターに至っては大きな花を株ごと持っている。そんな様子に御者や乗客は怪訝な顔をしたものの、ここで置いていくのも気の毒と思ったのか無事に乗せてくれた。
 揺れる馬車の中、オリバーは気になることがある。それは冒険者たちの馬車である。奪われた馬車は走り去っていくときも暗いもやがかかり、その色は変わって見えた。

 馬車に乗るのをオリバーが渋ったのは、その馬車が暗いもやに包まれていたからだ。オリバーの瞳には良い物が光を放って、悪い物は暗いもやがかかって色合いが変わって見える。彼らに襲われる事が悪い出来事であるならば、そのあと走り去っていく馬車は普通に見えるはずなのだ。
 理由がわからず、考えるオリバーにコナンが声を掛ける。

 『そんなの今更考えたってしょうがないだろ。まぁ、良かったよな。命は助かったんだからな』
 「うん、そうだね」

 コナンの言う通り、こうして無事に町へと行けるのだ。カーターはオリバーが渡した大きな美しい花に驚いてはいたが、その花を持っていくと笑顔で言ってくれた。わざわざオリバーが自分のために朝早くから、土まみれになって持ってきた花だ。おそらく自分が落ち込んでいる姿に、少年が気を遣ってくれたのだろうとその価値はさておきカーターは嬉しさを感じていた。

 「それにしてもあんたら、あんな場所でなんで降りてたんだ?」
 「ええと…そうですね。色々とトラブルに巻き込まれて…」

 御者の言葉にカーターはどう伝えるべきか悩んでいる。そもそも、御者と冒険者の関係もカーターには証明できない。詳細を話すのであれば、町に着いてからであろう。そう考えたカーターはここでは言葉を濁した。

 「まぁ、それが幸いしたんだねぇ」
 「え?」
 「昨日、崖崩れがあったんだよ。どうやら、先を行った乗合馬車は道を間違えたんだろうね。普段は行かない道を行って巻き込まれたらしいんだ。未だ、町に着いていないらしい」

 おそらくそれは、カーター達を襲った冒険者が乗っていたものであろう。町へは行かず、違う道を行ったことで崖崩れに巻き込まれたのだ。それを聞いたオリバーは馬車が薄暗く色を変えていた理由がそれであったのだろうと納得する。

 『お前のその瞳は悪い事はあんまり情報が乏しいんだよなぁ』
 「んー、でも近寄らないって方法があるし」
 『今回はそれが出来なかったろ?』
 「う、でも!カーターさんがあの花を手に入れられただろ?それはきっと良い事だよ」
 『んー、まぁ、でけぇし綺麗だけどよ』

 カーターが抱えている花の株は大輪の鮮やかな花が美しい。確かに喜んでは貰えるであろうが、婚約者の家族に持っていくのに相応しいかは微妙だとコナンは思う。そんなコナンの反応にオリバーは少し微笑む。あの花に触れたオリバーには、本来の価値がわかっているのだ。馬車の後方に不安げな表情をしたカーターがいる。

 「大丈夫。きっと喜んで貰えるはずだよ」


*****


 オリバーとは町でわかれたカーターは、馬車に乗り、婚約者エリスの家にいる。桃色の瞳を持つ少年オリバーは一人で旅を続けるらしい。案じたカーターはせめてもとライターを渡した。すると、嬉しそうにそれを受け取ったオリバーは大切にすると笑顔を浮かべた。少年である彼の旅が、安全なものであるようにカーターは祈る事しか出来なかった。

 「カーター?」
 「は、はい!」
 「事情を考えると君が無事にこちらに着けたのは本当に運の良い事だな。遅れたのは気にすることはない。無事でよかった」
 「あ、ありがとうございます!ですが、何も持ってくることが出来ず心苦しいです」

 エリスの父クリスの言葉にカーターは正直な思いを語る。カーターの隣に座るエリスはハンカチで涙を拭う。彼女にとってみれば、婚約者であるカーターが無事にここまで辿り着けたこと、それに勝る喜びはないのだ。だが、生真面目なカーターは何も持たず来た事を気にしているのだろう。そんな彼をエリスはいとおしく思う。

 「では、君はあの花の効能を知らないのだな」
 「え、花。あの花の事ですか?」
 「あぁ、あれを花ではなく、根元から持ってきたのは素晴らしい判断だよ。あの花は50年に1度しか咲かないんだ。その美しい姿を見られただけでも奇跡だが、特に大切なのは根を必ず持って帰る事だ。あの根は薬草となる。希少で価値があるのはむしろその根なんだよ」

 カーターは驚き、ぽかんと口を開く。オリバーが気を利かせて持ってきてくれた花にそんな価値があるとはカーターは知らなかったのだ。そんなカーターの様子にクリスは笑いながら、説明を続ける。

 「50年前に私の父が母にプロポーズをした時に持ってきたのがその花だ。私もその花を探し出し、妻にプロポーズしたいと思ったものだが、なにせ50年に1度しか咲かない花。私には無理だったんだ。それを娘婿になる君が探し出すとはね」
 「…お父さん?今、娘婿って言ったわよね!」
 「エリス?」
 「カーター!もう、気付いてないの?結婚を許して貰えたのよ!」
 「ありがとうございます!娘さんを大切にします!」

 カーターは立ち上がり、父となるクリスに感謝を述べる。隣のエリスも微笑みながら、涙を溢している。こうして婚約者であった二人は人生を共に歩むパートナーとなることになったのだ。


*****


  コリンズ伯爵家では、メイド達が慌ただしく働く。今日はレジーナの婚約者オーガストが訪れるのだ。レジーナの気合の入れように周囲の者達もピリついている。ただでさえ気性の荒いレジーナである。些細な事でその怒りを買う事もある。使用人たちは皆、準備に余念がない。

 「こちらの花でよろしいでしょうか?レジーナ様」
 「えぇ!華やかで美しくて香りも良い、私のイメージにぴったりだわ。この部屋に入った途端にオーガスト様はこの鮮やかな花、そしてそれに負けない私の美しさに心を奪われるはずよ」

 コリンズ家は伯爵家でありながら古くからの名家である。揺らがず王家への忠誠を誓う姿勢も含め、その家格以上の評価を得ている。そんな家であるからこそ、家格が高い侯爵家の4男であるオーガストとの婚約が結ばれた。侯爵家ではあるが目立った功績のないのが難点である。そこを歴史あるコリンズ家との結びつきを深めることで補おうというのが侯爵家側の考えである。

 だが、今のコリンズ家にこういった状況を冷静に判断できるものはいない。正妻であるエレノア亡き後、仕えていた家令や執事も一新された。オリバーの父ゴードン含め、貴族的な視点で物事を判断出来る者がいない事が今後のコリンズ家の命運を変えてしまう。そもそも、そんな器があれば彼らがオリバーを追い出す事はしなかったであろう。

 今日、レジーナが使用人に頼んで飾らせた花は確かに美しいものだ。だが、花屋を出向かせ、幾つかの花の中からそれを飾るとレジーナが言い出した時、オリバーは強く反対した。それを彼女が聞き入れていたなら、これから起こる問題は回避できたであろう。

 執事からオーガストが訪れたという報告にレジーナは喜び勇んでホールへと足を運ぶ。今日は一層と華やかに仕上げて貰ったレジーナは堂々とした振る舞いでオーガストへと淑女の礼をする。オーガストは美しく卒のない青年だ。この婚約が貴族的なものだとはわかってはいるが、着飾った女性を褒めないほどの礼儀知らずでもない。さらりと通常の儀礼通りに彼はレジーナを褒める。

 「今日はお招きいただき、ありがとう。レジーナ嬢、今日はまた一層と華やかでお美しいですね」
 「あ、ありがとう存じます!どうぞ、こちらへ。良いお茶が入りましたの!オーガスト様のお口に合えば嬉しいのですが」
 「えぇ、楽しみです」

 そうして応接室へと足を踏み入れたオーガストは絶句する。ゴテゴテと飾られた鮮やかな花は品がなく毒々しさを受ける。華やかと言うより華美な印象を与えるのはレジーナと同じだとオーガストは思う。だが、それを表情に出すほど彼は不躾に育ってはいない。

 「これは…華やかですね。まるでレジーナ嬢のようです」
 「まぁ!ありがとう存じます。どうぞ、もう少し近付いてください。華やかな香りもしますのよ」
 「えぇ…」

 あまり気乗りはしないオーガストだが、断るのも気が引ける。仕方なしに近付いて、言われる通りにその花の香りを確かめる。

 「ごほっ!ごほごほっ」

 そのむせ返るような香りに思わず、オーガストは咳込む。貴族としては礼を失した行為だと思うのだが、それでも咳が止まらない。そんなオーガストを前にレジーナはおろおろとするばかりだ。ついにオーガストは気を失い、倒れる。使用人やメイド達が駆け寄り、オーガストを別室に運び出す。

 「どうなっているのよ!あの花、なんなのよ!」

 あの花が良い、部屋中に飾り付けろと命じたレジーナに使用人たちは何も言えずただ黙る。のちに、その花の花粉の有毒性がわかり、国中でその栽培・取引が禁じられる。幸いオーガストは回復するのだが、元々彼女への心証は悪く、この件が決定打となり、レジーナとの婚姻は侯爵家から話があり、破談となるのだった。


*****


 「これ、美味しいねぇ。この町の名物なんだって」
 「はは、そりゃ良かった!気に入ったかい?」
 「うん!すっごく美味しいよ!」

 初めて森を抜け、町へと来たオリバーはウロウロと町を散策した。市場をキョロキョロと見回すオリバーの姿はお使いに来たように見えたのだろう。皆が親切に声を掛ける。そんな中、客の一人がオリバーに肉串を奢ってやったのだ。もぐもぐと夢中になって食べる姿は微笑ましい。奢った客もそんなオリバーの様子に気を良くしたのか、コインを渡す。

 「この町は小さいが他にも旨いもんがあるからな。これでたくさん食べて大きくなれよ、坊主」
 「はい!ありがとうございます!大きくなります!」

 そんなオリバーの言葉にドッと笑いが起きる。オリバーが礼を言って去ると、肉串の屋台には人が集まってきた。オリバーが食べる姿が周りの関心を引いたのだろう。肉串をもぐもぐとまだ口にしながら歩くオリバーにコナンが念話で文句を言う。

 『行儀が悪いんじゃねぇか!オリバー』
 「うーん、でも僕もう平民だから。こういうのも体験しなきゃね」
 『へ!』
 「じゃあ、さっき貰ったお金でコナンにも何か買う予定だったんだけどやめた方がいい?知らない人に物をやお金を貰うのってダメだもんね」
 『いや!お前はもう平民と同じようなもんだ。俺が許す!なんか食おうぜ』
 「はは、そうだよね」

 わかりやすいコナンの態度にオリバーは笑う。コリンズ伯爵家を追い出された今、彼はもう自由の身でもある。世界は広い、今まで経験できなかったものをオリバーはその瞳で見極めていくだろう。オリバーのくたびれた革のカバンの中にはカーターから貰ったライターがある。

 カーターは今頃、婚約者の家に着いたのだろうか。少しでもあの花が役に立っていれば良いのだがとオリバーは思う。血の繋がった家族でなくても優しさをくれる人はいるのだ。そんな希望を胸に抱き、オリバーは町を歩いていくのだった。