薄暗くなる森の中、なるべく道から離れないように気を付けながらオリバーとカーターは枯れ木を集める。乗合馬車は明日の昼までにはここを通るだろう。それまで今日はここで一夜を明かさなくてはならない。獣除けのためにも防寒のためにも、火を焚く必要がある。幸い、カーターはライターを持っていたので火を起こすのはそれ程時間が掛からなかった。
 パチパチと燃える火に照らされたカーターの表情は暗い。婚約者の家族に結婚の許しを貰いに行くために持ってきた荷物、それを全て奪われてしまったのだ。

 「明日の昼に乗合馬車が来るんですよね」
 「…あぁ、それに乗って一緒に町へ行こう。僕はそこから、また馬車に乗っていくんだ。君は町に知り合いか何かいるのかい?」
 「えっと、特にはいないよ…ここにはいられないんだ」
 「そうなのか?知り合いもいないのに行くのかい?君はまだ成人前だろう?」

 落ち込んでいたカーターだが、オリバーの状況を知って驚いたようである。自分が困難な状況にありながら他人を案じられるカーターにオリバーは人の心の温かさを感じた。そもそも、まだ少年であるオリバーには手を貸してくれる大人が必要なのだ。だが、彼の周囲にはそんな存在はいなかった。

 そのため、家を追い出されたオリバーは生まれ育った街を去る事になる。そんな中で一人、森へと向かうオリバーに声を掛けてくれたのも彼だ。馬車に乗るように勧め、今もまたオリバーを案じてくれている。そんな彼が置かれた状況にオリバーは何とか力になりたいと思うのは自然な事であった。

 「僕は、大丈夫。それよりカーターさんは明日、町に行って馬車に乗ってからどうするの?何かエリスさんのご家族に買うの?」
 「それなんだが…実はね、少しなら金はあるんだ」
 「え」
 「はは、じゃないと明日の馬車にも乗れないだろう?何かあった時のために、財布以外にも少し金を隠してあるんだ。明日の馬車にはちゃんと乗れるから安心していいよ」

 逆に言えば馬車に乗り、婚約者の家へと向かう金以外は殆ど持っていないという事だ。おまけにカーターはオリバーの分の乗車賃も払ってくれるらしい。それでは、町で何かを用意するのも難しいであろう。カーターが沈み込むのも無理はない。
 2人は今、オリバーが見つけた果実を共に口にしている。疲れた体と気持ちを甘味がほぐすのか、カーターの表情も少し和らぐ。

 「…旨いな」
 「うん。これね、あんまり知られてないけど美味しいんだ」
 「オリバー、君は森に詳しいのかい?」
 「うーん、それなりにかな」

 オリバーには一つ案があった。実は数週間前にオリバーはこの周囲までコナンと共に来ているのだ。伯爵家では粗雑な扱いを受ける一方、よく雑用を言いつけられる。そのため、オリバーは街以外にもよく足を運んでいた。成人前の子どもがこんな森の中まで来るのは危険でもあるのだが、オリバーにはその桃色の瞳がある。良い物は光り、触ると情報が自然と頭に浮かぶため、森の中では食事に困る事もなく家よりも居心地が良いくらいだ。今回見つけた果実も以前森の中で見つけていたものだ。

 だが、今日出来る事は何もない。2人は火を絶やさぬように気を付けながら、身を寄せ合うようにして休むのであった。


*****


 『さむっ!まださみーよ。ねみーよ』
 「まぁ、まだ朝早いからねぇ」

 まだ朝早い森の中は日差しも少なくひんやりとしている。そんな中、オリバーはコナンと共にあるものを探している。特に目印もない森の中だが、うっすらとした光がオリバーの目には映るのだ。それを頼りに、オリバーは足を進める。

 「前に来た時に、凄くいい花があったんだ。きっとそれならカーターさんの婚約者のご家族にも喜んで貰えるんじゃないかな」
 『ふーん、そっか』

 おそらくそれはオリバーが次女レジーナの婚約者が訪れる際に用意するつもりであった花であろう。『凄くいい花』を姉のために用意するつもりであったオリバーの身に起きた事を考えるとコナンは苛立ちを覚える。だがそれを口に出す事で傷付くのはオリバーであろう。そう思ったコナンはそこには触れない。聞いたのは他の事だ。

 『で、実際カーターの言う通り、町に行ってどうするんだよ。お前はまだ成人前だし、働けないだろ?』
 「でも、もう少しで成人するし、こんな風に森や山で自然になってる物を食べたり売ったりするのはどうかな」
 『まぁ、その目を使えば安全に休める場所は見つかるしな』
 「そうそう、そもそも悩んでも家に帰れるわけでもないんだし。2人で旅を続けようよ」
 『…そだな』

 そう、オリバーにはもう帰る場所はないのだ。それならせめて、共にいる時間の中オリバーが笑顔でいられるように、その瞳がオリバーを幸福へと導くようにとコナンは願うのだった。


*****


 「あった!見てコナン!あれだよ、凄く綺麗でしょ?」
 『おぉ、確かにあれはすげぇな』

 森の木々の中、すっくと真っすぐに伸びた茎の先に大輪の花が咲いている。鮮やかな赤い花弁は先端に進むにつれ濃くなり、グラデーションも美しい。睡蓮の花のように見えるその花は、以前オリバーが見つけたものである。

 『でも、そんときのがよくまだ持ってるなぁ』
 「この花は2週間から3週間は咲くんだって。ね。綺麗でしょ?」
 『あぁ…。ん?2週間前ならおれも一緒だったろ?』
 「コナンは花には興味ないって、その辺を散歩してたじゃないか」
 『…まぁ、そういうときもあるわな!で、どうすんだよ。ハサミかナイフ持ってんのか?』

 そう尋ねるコナンにオリバーは少し困った顔をして、肩からコナンを下ろす。ふいに下ろされたコナンはオリバーを見上げ、きょとんとした顔をしている。これからすることには他でもないコナンの協力が必要なのである。

 『なんだよ?』
 「うん、コナンにもしてほしい事があるんだ」
 『俺でも出来るのか?』
 「うん、コナンじゃなきゃできないよ」
 『そうか、いやまぁ、俺にしかできないんじゃあ仕方ないよな』
 「ありがとう!コナン、もちろん僕も一緒にやるからね」

 そう言ったコナンはオリバーの後をしっぽを振りながら得意そうに歩いていく。そんなコナンをオリバーをその大輪の花の近くへと連れていく。オリバーの背より少し低い丈のその花は近くで見ると圧倒されるほど美しい。ハサミもナイフも持たないオリバーがその花をどうやって切るのか、コナンが不思議に思っているといきなりその根元にオリバーはしゃがみ込む。

 『あん?どうしたんだオリバー、何か落としたのか?』

 そう尋ねるコナンを振り返り、オリバーは笑顔で答えた。

 「違うよ、今からこれを掘るんだ」
 『は?切るんじゃなく?』
 「そう、これを根っこから持っていきたいんだよね」
 『…そりゃ、俺しかできないな…』

 狐に近い体形のコナンであれば人であるオリバーよりも掘るのには向くだろう。そうして、オリバーとコナンは土まみれになりながらも必死でその根を掘り、なんとか一株の花を彫り上げることに成功した。真っ白なコナンは土色に染まっているし、オリバーも服や顔に土がついている。だが、オリバーの表情はとても嬉しそうである。

 「やった!コナンやったよ!」
 『おう!やったな、俺たちの勝利だ!』
 「きっとカーターさんの婚約者のご家族にも喜んで貰えるよ!カーターさんを呼びに行こう!」
 『おい、まて!俺を置いていくな!』

 土まみれの少年と白い毛を茶色に染めた小動物が森の中を駆けていく。この朗報をオリバーは一刻も早く伝えたいのだ。穴を掘るために疲れたのもなんのその、森の中を走っていく。

 朝、目覚めたときに姿の見えないオリバーの姿を探していたカーターは、とつぜん現れた彼らの姿に驚くことになる。膝には泥がつき、手はさらに汚れているオリバーは顔を擦ったのだろうか、その頬も汚れている。だが、その表情は晴れやかである。
 興奮したように良い花を見付けたと話すオリバーと、襟巻だったと思っていた狐が茶色くなって駆けてきたこと、戸惑うカーターではあったがハンカチを取り出しオリバーの頬を拭ってやるのだった。