ガタガタと揺れる馬車の中、オリバーとコナンはいた。オリバーの首に巻き付いたコナンは今回も襟巻に扮している。森を歩いていたオリバーが乗合馬車に乗っているのには理由がある。隣に座る人の好さそうな青年が、休憩中の馬車の横を通ったオリバーをひどく心配した。オリバーは一人でも問題ないと断ったのだが、安全のために乗ったほうがいい、乗車賃がないなら自分が払おうという青年の言葉を強く断ることも出来なかったのだ。
 だが、馬車に乗ったオリバーの表情は優れない。そんな彼を気にしたコナンが周りの人々には聞こえない念話で話しかけた。

 『どうしたオリバー、よかったじゃないか。これで楽に隣町まで行けるんだろ』

 そんなコナンの言葉にオリバーはため息を付く。隣の青年も表情が優れないオリバーに声を掛ける。

 「緊張してる?馬車に乗るのは初めてかい?」
 「うん。初めて」
 「そうか、それじゃあ緊張するね。大丈夫だよ、これに乗ればまっすぐ隣町まで運んでくれるから」
 「うん」
 「それにね、この馬車には冒険者の彼らがいる。商人である僕が雇っているんだ。他の馬車より安全な事間違いないさ」
 「…うん」

 確かに馬車にはこの男以外に冒険者らしき装備の男たちがいる。確かにこれを見たら多くの者は心強く思うのだろう。だが、オリバーの表情は優れないままだ。その様子を緊張からだと思ったのだろう。男は気を遣いつつ、オリバーに話しかける。

 「僕はカーター。これから婚約者に会いに行くんだ。先日、彼女にプロポーズをして…ご家族にご挨拶に行くんだよ」
 「…オリバー、婚約者に?」

 暗い表情をしていたオリバーが驚いたようにカーターの顔を見る。その表情にオリバーの関心を引けたと思ったのだろう。カーターは少し照れくさそうに事情を語りだした。

 「彼女、エリスは長く続く商家の娘でね、なんとか彼女からの答えは貰えたものの、ご家族に認めて貰えるかわからなくってね。まだ若いが僕も商人だ。挨拶の品は様々揃えてきたんだよ。商人としての僕の目も評価してもらえたら、きっとご家族からの信頼も得られると思うんだ」

 そう語るカーターは照れてはいるが、挨拶に掛ける気合が感じられる。若さ溢れる眩しさを感じられるものと言えるだろう。だが、そんなカーターの横顔を見るオリバーの表情は複雑なものだ。二人の会話を黙って聞いていたコナンがオリバーに話しかける。

 『どうしたんだよオリバー。なんだ、乗り物酔いか?』

 そんなコナンにオリバーはふるふると首を振る。

 『じゃあ、なんだよ。一体…』
 「…」

 隣には先程の青年カーターがいる。コナンの言葉に具体的には答えられないのだ。それに気付いたコナンが質問形式の話し方へと変える。「うん」か「ううん」であれば、答えても隣の男や周りの者にもおかしいとは思われないだろう。

 『いいか、オレの質問に『うん』か『ううん』で答えろよ』
 「…」
 『この馬車で何かが起こりますか!?』
 「うん」
 『これから何が起こるかわかりますか!?』
 「ううん」
 『それはその桃色の瞳で確かめた事ですか!?』
 「うん」
 『なぁ!マジか!』

 オリバーの桃色の瞳は特別である。その瞳は、良きものと悪しきものを見極める。おそらく、オリバーの瞳には馬車が良くない物として映っているのだ。そこから逃れるにはこの馬車を降りるしかない。
だが、どんな理由を着ければ子ども一人をこの山へと続く森の中の道で降ろすであろう。
 ガタゴト揺れる馬車の中、オリバーとコナンは表情暗く考え込むのであった。


*****


 『で、どうするよ』
 「うん…」
 『あぁ、そうか。何が起こるかはわかんねーんだもんなぁ。色だけか』
 「うん…」

 オリバーの瞳は良い物、悪しき物を見極める。そのため、良い事や悪い事が起こる前にも関連する物が色が変わって見えるらしい。今回の場合、関連する馬車の色が変わって見えたためにオリバーは馬車に乗ることを断ったのだろう。
 乗ってしまってはどうすることも出来ない。オリバーは深いため息を付く。

 「具合が悪いのかい?少し、馬車を止めて貰おうか?」
 「え!いいの?だって、婚約者の方のご家族に会いに行くんだよね」
 「そうだけど…具合が悪い子に無理はさせられないだろう?」
 「…ありがとう」

 途中で乗せることになった子どもに対してもカーターは非常に親切である。オリバーの体調は問題ないのだが休憩を兼ねて、馬車の様子を見る必要があるだろう。もしかしたら、馬車の部位に何らかの不具合があるかもしれない。もし問題があれば、オリバーの瞳にはハッキリとそれがわかるはずだ。カーターの申し出をオリバーはありがたく受けることにした。

 「乗合馬車とはいえ、僕と君、そして僕が雇った冒険者達だけだ。休憩を頼んだら止まってくれるはずだよ。なぁ、すまない!御者の君!具合が悪いらしいんだ。少し止まってくれないか!」

 御者は馬の足音や車輪の音で、カーターの声が聞こえないのだろう。馬車はそのまま走り続ける。

 「なぁ、君!止めてくれないか?」

 先程より大きな声でカーターが御者に声を掛ける。それでもなお、馬車は止まることがない。ガタガタと森の中の道を走り続けている。すると、馬車の中の男が大声を出す。

 「おい!止めろ!」

 その大きな声は御者にも届いたのだろう。走っていた馬車が静かに森の中で止まる。声を上げたのは冒険者の一人であった。カーターは彼に礼を言う。

 「すまないな」
 「はっ」

 そんなカーターの言葉をその冒険者は鼻で笑う。すると、他の冒険者たちも笑いだす。その様子を訝しむカーターが足を彼らに向かって進めるのをオリバーが服を引っ張り止める。

 「どうしたんだ?一体…」
 「ダメだよ、カーターさん。その人達、きっとグルなんだ」
 「え?」

 オリバーの言葉に男たちが再び笑い声をあげる。それはオリバーの言葉を認めたも同然だ。おそらく、冒険者の男の指示に従った御者も彼らの仲間であろう。
カーターはオリバーを背にしたままで彼らと距離を取る。そんなカーターを小馬鹿にしたような表情を浮かべ、男たちはナイフを向けた。

 「悪いが持ってる金目のもんは全て出して貰おうか」
 「…わかった」
 「この馬車からも降りて貰うぞ」
 「…なっ!」
 「…仕方ないよ、カーターさん」
 「ガキの方が物分かりがいいな。ほら、さっさと降りな」

 森の中の道に二人は降ろされた。ガラガラと馬車は遠ざかっていく。カーターはその場にしゃがみ込んで、下を向いた。勿論、考えようによっては命が助かっただけ良かったとも言える。
 それでもカーターが落ち込むのも無理はない。金は勿論、婚約者の家族への手土産も馬車の中である。カーターはすっかり気を落とし、あの冒険者と御者を雇ったことを後悔していた。
 オリバーは馬車が遠ざかっていった方向を不思議そうに見つめている。

 「今日はもう乗合馬車は来ないんだよね」
 「…あぁ、この時間だ。明日になるだろうね」

 オリバーの質問に力なくカーターは答える。もし馬車が来たとしても、彼は用意した手土産を奪われている。手ぶらで婚約者の家族に会わなければならないのだ。婚約者の家族にはまだ認められたわけではない。そんな状況で何も持たずに訪ねてきた男を、家族はどう思うだろう。この状況で悲観的にならないわけがない。

 「乗合馬車に明日乗ったとしても、何も持たずに彼女の家族に会いに行く事になる。あちらの街で買っても彼女の家族が住む町のものだ。商人としての力を認めてはもらえないだろう」

 そう嘆くカーターをオリバーは心配そうに見つめる。馬車には問題があったが、それはカーターのせいではない。むしろ、カーターは森で一人だったオリバーを案じて声を掛けてくれた優しい青年である。彼が困難な状況にあるのをオリバーは放っては置けなかった。

 『でも、どうすんだよ。こんな森の中、喜んで貰えるもんなんかあるのか』

 コナンがオリバーに尋ねる。コナンの言う通り、ここは森の中である。婚約者の家に持っていける物など見つかるとは思えない。

 「カーターさん、諦めちゃダメだよ」
 「…」

 地面へと座り込むカーターがオリバーを見上げる。

 「大丈夫。きっと婚約者のご家族に良い物が見つかるよ」