オリバー達はそれぞれにストールを探す。窓から入る陽が長い影を作り、日暮れが近い事を知らせる。
 品物は比較的整理されているものの、何しろ品数が多い。数多くの布や生地が畳まれており、それがストールなのかマントなのかただの生地なのか広げないと判断が出来ないのだ。

 「ねぇ、これはどうかしら。赤いバラの刺繍が入っていて華やかだわ!」
 「んー、そりゃ25ギルだな」
 「…ちょっと私達には手が出ないわね、あ!これは…」
 「18ギルだな、そりゃ」
 「…無理ね。他のを探しましょう!」

 おまけに良さそうなものを見つける度に、金銭の壁が立ちはだかる。リリーは必死で布を広げては諦めて畳み、広げては諦めて畳み、どんどん時間は過ぎていく。

 「あぁ!これはどうかしら!」
 「そりゃ10ギルだ」
 「買える!その金額なら私達にも買えるわ!」
 「だがな、嬢ちゃん。そりゃ、細いテーブルクロスだ」
 「…あぁ…もう何を基準に選んだらいいかわからなくなってきたわ」

 力の抜けたリリーはしゃがみ込む。
 一日中街を歩いた疲れもあるのだろう。妹のロッテはウトウトと柱にもたれながら立っている。その両の瞼は今にもくっつきそうだ。リリーは窓の外を見つめ、不安気である。日暮れ前に帰途につかなければ母が心配するのだろう。

 ——もう諦めよう。リリーがそう思ったとき、控えめだが気遣うような優しい声が掛けられた。

 「もし良かったら、僕に選ばせてくれないかな」
 「え」


 それまで、様子を見守っていたオリバーが側にきてリリーの顔を覗き込んだ。長い前髪がさらりと流れ、隠されていた顔が初めてリリーの前にあらわれる。
淡い桃色の瞳に長い睫毛が影を作る。形の良い唇は弧を描き、労わるような眼差しがリリーに向けられている。しゃがみ込んだ彼女の前に跪く目の前の少年は今まで見たことがないような美しい少年であった。

 その姿や所作にリリーは絵物語にある王子のようだと感じた。
 無論、リリーは今まで一度たりともその姿を見たことがないが、母が寝物語に聞かせるお伽話の王子さまはこんな姿をしているのではないかと思った。
 そんな事を思うリリーにオリバーは自身の手を伸ばす。

 「僕はこの店に良い物があるって思って君達を連れてきたんだ。だから、責任をもって二人のお母さんに相応しい物を見つけるよ、約束する」
 「…」

 そう言ったオリバーはリリーに手を差し出しながら微笑んだ。
 その言葉にリリーは気付く。オリバーに会うまで多くの人とすれ違った。一日中、街を歩き母へのショールを探した二人だったが声を掛けてくれたのは彼だけだった。こちらから話しかけ、尋ねても素気無くあしらわれていたというのにオリバーはこちらを案じ、自ら声を掛け、こうして母へのショールを探すのを手伝ってくれている。

 リリーは差し出された少年の手をそっと取った。その手はリリーと同じように荒れ、彼が苦労してきたのだという事が察せられた。
 何も持たない自分達に何も求めず優しさをくれる少年。オリバーの美しさは見た目で判断できるものではないのだ。

 「ありがとう、私達を助けてくれて。あなたにお願いしてもいいかしら」

 それを聞いた目の前の美しい少年は嬉しそうに頷いた。

 「ありがとう!僕、絶対に良い物を見つけるよ!」

 今日会ったばかりの自分達のために、自分の事のように案じて力を貸そうとする少年。彼をリリーが眩しく感じたのは窓から入る陽のせいだけではなかっただろう。



*****


 「僕、この店に来る前から気になっているものがあるんだ」
 「気になるもの?えっと、どんなストール?その…あまり高いものは買えそうにないから」

 散々リリーが店の品を探したが手持ちの少なさもあり見つからず、時間が経ってしまっているのだ。せっかくオリバーが良い品を見つけたとしても、リリー達には手が届かない可能性が高い。
 善意を無駄にしてしまうのではと不安になるリリーにオリバーは笑顔を返す。

 「うん、きっと経験上大丈夫だと思うんだ」
 「経験上?」
 「僕、今まで姉さん達によく買い物に出されてたんだよね。だから、なんとなく良い物を置いている店がわかるっていうか…この店は基本的に良い品を置いている店だと思うんだ」
 「え…!あ、確かにさっきのストールもとても素敵だったわ!…その、私の持ち合わせがなくって買うことが出来なかったけど」

 スカートを掴み、恥ずかしそうに言うリリーを白い魔物が気遣う。

 『嬢ちゃん達は子どもなんだから当たり前だろ!いいんだよ!どんな物だって、子から贈られたら親っていうのは嬉しいもんなんだよ』

 勿論そんな心遣いはリリー達にはキュウキュウとした鳴き声にしか聞こえないのだが。

 「それはそうだけど。でもせっかくなら良い物をあげたほうがいいよ」
 『お前の事だから大丈夫だろうけどよ。こんな店にあるのかねぇ』
 「おい、狐。俺には聞こえてるんだからな」

 チラリと奥に座る店主を見たコナンはパクっとしっぽを咥え黙りこんだ。また絞められないようにオリバーの首から外れないようにしたつもりらしい。
 そんなコナンを見たオリバーは笑いながら、その頭をポンポンと撫でる。

 「言ったろう?ここは良い物を置いている店だって。だからここへ来たんだよ」
 「ちっ」

 そんなオリバーの言葉に店主は肩を竦め、目を逸らした。捻くれた態度を見せてはいるが、人は悪くないのだろう。大して持ち合わせもない子どもの買い物に、長時間付き合ってくれているのだから。
 オリバーは店の左奥の薄暗い隅に幾つか掛けられた布の中から一枚を選び出す。

 「これがいいよ。これが、君たちのお母さんに一番いいものだと思うよ」

 そう言ったオリバーは一つのストールを手に取り、リリーに見せた。それはリリーとロッテの髪色と同じ赤茶色のストールだった。オリバーから赤茶色のストールを受け取ったリリーはポツリと呟く

 「レンガ色…私とロッテの髪の色と同じだわ」

 受け取ったストールをじっと見つめるリリーは何事かを考えているようだった。

 『うむ、地味なストールだな』

 コナンのいう通り、それは決して華やかなものではなかった。赤茶の色をしたそのストールは暖かそうではあったが、無地でどこにでもあるようなストールに見えた。

 『で、幾らだよ?この子らで買える金額なのか?…おい、じいさん聞こえてるのか?』
 「…あ、あぁ。いいだろう、その子らがそれを選ぶなら売ってやろう。その子らの買える値段でな」
 『いいのか?』
 「それはずっと店で眠っていたんだ。わかるやつが来たら売ってやろう、これはそういう品だ」
 『?』

 店主の老人は感慨深そうな様子でオリバーを見る。オリバーはまっすぐその桃色の瞳で老人を見返した。少し笑った店主は肩を竦め、そのストールを丁寧に包んでくれた。それは店には似合わない可愛らしいプレゼント用の包装であった。