「ここ?…えっと連れて来て貰ってあれなんだけど、大丈夫なお店なの?というか、お店なのかしら…」

 リリーの反応も無理はない。大通りからは遠く外れた裏路地、そこにその店らしきものはあった。周囲の店は古いながらも人の出入りがあり、そこが営業中であることがわかるのだがその店らしきものは看板もなければ人の気配もない。古びた雑多なものが扉の前に雑然と並ぶその様子はそこだけ時が止まっているようだ。
 路地を歩く人々もここの前では足を止めない。まるでオリバー達だけにしか、その存在に気付いていないかのように。
 オリバー達はしばらく人気のないそこで立ち止まっていた。そんな中、妹のロッテが口を開く。

 「姉さん、ここ、おばけ出る?」
 「ばっ!ごめんなさい!本当にごめんなさい!」
 「いや、いいんだよ。確かにそんな趣もあるよねぇ、ここ」
 『確かに出そうな雰囲気だな、こりゃ』
 「おい、人の店の前でぼーっと突っ立ってんじゃねぇ」

 まだ陽があるというのに薄暗い路地の更に陽が当たらない店の奥から、一人の老人が歩いてきた。

 「買うなら入る。買わねぇなら帰る。どっちか選びな」
 「え…えっと…」

 まだ店に何があるのかもわからないうちに買うかどうか決めろという老人の言葉に リリーが戸惑う。決して多くない金額だが、彼女たちにとっては母のために必死で貯めたものだ。簡単に返事は出来ない。

 「うん、買うよ」
 「え?」

 そんなリリーの迷いはオリバーには届かないのか、彼は老人に即答する。 

 「じゃ、入んな」
 「はい、失礼します」
 「え…あの、あたしまだ…」
 「姉さん、行こう!」

 老人とオリバーはさっさと店に入って行ってしまったし、妹のロッテはリリーの手を引っ張る。ショックのあまりフラフラと足元がふらつきながらもリリーもあとに続く。

 「あぁ…どうしよう。ここ、ストールあるかしら…?」
 『ああ見えて意外と役に立つから、嬢ちゃん達に悪いようにはならねぇよ、安心しな』

 ふわふわの輝く毛並みの襟巻の言葉は念話のため、リリーには聞こえず、不安な思いを抱いたまま彼女は店に足を踏み入れたのだった。


*****


 「思ったより、ずっと綺麗なのね…」
 「おい、お嬢ちゃん。思ったことが口に出るタチか?」
 「す、すみません!」

 リリーの言う通り、店の中は品数こそ多い物の意外にも整然と片付いている。建物も置かれた品々も古めかしいが丁寧に手入れされていることが伝わる。店の前の様子とは全く違うため、リリーが驚くのも無理はなかった。

 「まぁ、店構えで判断するような奴はウチの店にはいらねぇのよ」

 その言葉にリリーはハッとする。これでは自分達を見た目で判断し、嫌な顔をした店員と自分は変わらないではないか。まして、自分達は十分な金額を持ってはいないのだ。そんな自分を恥じる思いから、リリーの目には涙が溜まっていく。
 そんなリリーの様子に慌てて、店主の老人が声を上げる。

 「おい!何もなくこたぁねぇだろ!別に嬢ちゃんの事を言ったわけじゃ…」
 『言ったようなもんだよなぁ…可哀想に』
 「ごめんなさい、あたし…自分が恥ずかしくって自分もそれで嫌な思いをしたのに。自分もそうだったなんて…」
 『いや、仕方ねぇよ。きったねぇ店だもん。お嬢ちゃんは出来る努力をきちんとしてるけど、この店構えはきったねぇもん。努力でなんとかできる範囲なのにしてねぇんだもん。人間性出てるもんな』

 毛並みを褒められたせいか、母親思いの姉妹に心打たれたせいか、コナンはリリーに肩入れして聞こえない事を盾に一方的に店主を貶す。

 「あぁー!悪かったよ!っていうかうるせぇな!なんだ、この声は!」
 「え!おじいさん、この声が聞こえるんですか?」
 『げ!マジか…』

 店主の言葉にコナンは驚く。
 念話の聞こえる人間は稀にいる。霊力・魔力の高い人間や、その魔物と関係性の深い人間、ある程度研鑽を積んだ人物などがそれに当たる。
 先程の自らの発言を振り返り、白い襟巻に見える魔物は全身の力を抜き、襟巻に徹することを決めた

 「おうよ!なんだこれは!嬢ちゃん達の声とも違うだろ」
 「…嬢ちゃん達…。あの、僕は違いますよ」
 「…これか?これだな?嬢ちゃん、ちょっと借りるぞ」
 『グェ!』
 「嬢ちゃん…?」

 老人はオリバーの首に巻かれたそれに気付くと左手でむんずと掴んだ。オリバーは再び少女に間違えられた事に落ち込む。リリーは自らの発言に落ち込み、白い狐の襟巻のようなコナンは老人の意外にも強い握力に苦しみの声を上げる。
 そんな状況を幼いロッテの声が救う。

 「ねぇ、お母さんのストールってこのお店にある?」
 「そうだわ!それで訪ねてきたんだわ!さっきは失礼なことを言ってすみませんでした。私達、母にストールを探しに来たんです!私達、その…持ち合わせは多くなくって。私達でも買えるようなストールってあるでしょうか…?」

 荒れた小さな手を胸の前に組み、真剣な眼差しでリリーは店主を見つめる。余計な事を言った白い獣を片手で締め付けていた店主は、そんなリリーの様子に深いため息をついて頭を掻いた。

 「仕方ねぇな。せっかく、ウチの店を選んだんだ。ストールでもなんでも好きに探せ。」
 「ありがとうございます!」
 「よかったねリリー。きっと、このお店でいいものが見つかると思うよ」
 「…へっ。オレは向こうに行ってるからな。適当に見繕って持ってこい」

 店主の言葉にリリーは安堵し、笑顔を見せる。そんなリリーの後ろでオリバーも微笑んだ。
 オリバーがこの店に彼女達を連れて来たのには理由がある。この店なら、彼女達が母に贈るに相応しいものがある、そんな確信が彼にはあったのだ。

 「じゃあ、皆で一緒に探そう」
 「ロッテもさがす!」
 『悪かった…離して…』
 「あぁ、忘れてた。ほらよ、嬢ちゃん!」

 オリバーは店主からくったりとしたコナンを受け取る。先程のように首に回すと白い狐のような魔物は にひっしとしがみついてきた。バレてしまってはもう襟巻の振りなどする必要もない。念話ではなく、キュウキュウと声に出してオリバーに抗議する。

 『ひどい…お前、助けてくれてもいいじゃないか!オレが心配じゃないのか!そんな薄情な奴だとは思っていなかったぞ!』
 「大丈夫だよ。あのおじいさん、多分いい人だと思うんだ」
 『いい人はあんな力で首絞めたりしねえ!』

 オリバーはニコニコと笑いながら、コナンの頭を撫でる。そんなオリバーの様子にげんなりした顔で コナンがぼやく。

 『お前、追い出された今でも 家の奴らも悪い奴だと思ってないだろ。そんな人間の基準があてになるもんか』
 「それ、襟巻じゃなかったのね。えっと…狐に見えるけど魔物の一種なのかしら」
 「うーん、僕もよくわからないんだよね」
 「え…そ、そうなの?」

 リリーが驚いた様子で近付いてくる。恐る恐るといった様子で白い狐のような魔物を見つめた。オリバーは首に巻き付いたそれを優しく撫でながら答える。

 「うん、ずっと昔から傍にいるんだ。コナンは僕の大切な家族だよ」
 「…そう、素敵ね」
 『…』

 長く伸びた柔らかな前髪の奥から、桃色の瞳がコナンを見つめている。その眼差しは信頼するものに向ける温かいものだった。コナンはしぱしぱと瞬きをし、そっぽを向く。だがその真っ白なふわふわしたしっぽは嬉しそうにゆらゆらと揺れた。それを見たオリバーもまた嬉しそうな表情を浮かべるのであった。