「うん、いいね!これも光ってるよ」
「…やめろ」
「あぁ、これもいいよ!色がね、違って見える!光ってるね」
「…やめろ」
「おじさんの絵はいいね!」
「うわぁぁぁ!」
狭いアトリエに数点あるケイルが描いた絵を見付けては、オリバーが褒めちぎる。純粋な眼差しで絵を見つめ、賛辞するオリバーにケイルは居たたまれない思いになる。そんなケイルをオリバーは不思議そうに見つめる。
「絵を褒められて嬉しくないの?」
「…」
そう言われてケイルは言葉に詰まる。確かに幼い頃は自分が描いた絵を母に褒められるのが嬉しく、その言葉を糧に更に励んだ。だが、今のケイルにはオリバーの言葉に複雑な感情を抱く。
ケイルの努力して得た技術や感性は贋作を描くために使われている。日々の糧を得るには仕方のない事、そう自分自身に言い聞かせ、贋作を描いてきた。
そんな自分に今更、絵を描く資格があるのかという思いが胸の中にはある。
「…よくわかんないけど、じゃあ褒めないようにするね!」
そう言ってオリバーはまたキラキラと目を輝かせ、ケイルの絵を見ていく。
「…け、いる、ケイル。これにはおじさんの名前、書いてるんだね」
「あぁ、それは一応俺が描いたものだからな」
『大丈夫なのかよ。貴族の名を騙る者は罰せられるぞ』
そんなコナンの言葉に心配になったオリバーはケイルに尋ねる。するとケイルは鼻で笑う。
「これはな、俺の母親の姓なんだ。今は俺しか名乗れる奴はいない。家に残ってるのは父の後妻とその子ども達だ。あいつらは正当なケイル家の血を継ぐ者じゃないからな」
『なんかお前と状況が似てるな』
「そうかな…おじさんのお母さんってどんな人?僕のお母さんはね、優しくってちょっとのんびりしてた。美人でね、僕と同じ目の色なんだ」
「そうか…」
オリバーの言葉からすでに彼の母が故人であるとケイルは察する。オリバーが家を追われた理由の一つに後ろ盾をなくしたこともあるのだろうかとふと思う。まだ、成人前の少年に何が起きて家を追われたのか、ケイルはオリバーを見る。
相変わらずケイルが描いた絵を興味深けに見ているオリバーの姿、ケイルはその気恥ずかしさに目を逸らし、食事の準備へと取り掛かるのだった。
*****
「おじさんの絵、売らないの?」
食事中のオリバーの問いに、ケイルは首を傾げる。
「売ってるだろ?」
「それはおじさんの絵じゃないでしょ」
「…」
オリバーの言葉にケイルは返す言葉が見つからない。ケイルも初めから贋作師であったわけではない。絵の道を志し、日々精進しようとキャンバスへ向かっていたのだ。だが、絵を否定され、食べていけない生活の中で道を踏み外したのだ。
今でもケイルは自分で贋作以外の絵を描く。それは有名になりたいという思いからではなく、絵を描きたいという純粋な思いからだ。だが、それを他人に見せる事はなかった。こうして、オリバーに出会うまでは。
「…昔、母親が絵を褒めてくれてな」
「うん」
「それが嬉しくて、ひたすら絵を描いていたんだ。でも、母が他界して父親が後妻とその家族を連れてきた。家はどんどん、俺の知っていた家ではなくなって…そんな理由もあって家を出たんだ」
「うん」
「…母が亡くなって以来、俺の絵を褒めてくれた奴はいない。お前ぐらいだ」
そう言って一口、ケイルは水を飲む。そしてその気持ちを吐き出すように溢す。
「つまり、俺には絵の才能がないってことだ」
オリバーはケイルの言葉がしっくりこないようで不思議そうな表情を浮かべる。
「才能がなきゃ、絵を描いちゃダメなの?」
「な!」
予想していなかった言葉にケイルは動揺する。才能がないであろう自分の絵を誰にも見せずにいたのは傷付きたくないという気持ちもあった。誰かの作った作品の模倣品は、否定されても褒められてもケイルの心にはまったく影響がないのだ。それはいつの間にかケイル自身が可能性を狭めていたという事でもある。
「僕はおじさんの絵、好きだよ」
「……ありがとよ」
そうケイルが言うとオリバーはにこりと微笑むとポケットから何やら光る石を取り出した。それは以前、オリバーが毒消しの草と共に拾った石である。その石にケイルは見覚えがあった。
「こりゃあ…鉱物だな。これを細かくすると絵にも使えるんだ」
鉱物から得られる顔料は古くから絵画の世界で使われてきたものだ。美しいその青い鉱石を見たケイルはふとそれを使い、絵を描きたいという強い願望を抱く。今までにない思いにケイルは戸惑う。そんなケイルの心を見透かしたかのようにオリバーが言う。
「これ、おじさんにあげるよ」
「え…いいのか?」
「だって、僕には使えないもん。これで絵を描いたらいいんじゃないかな…きっと、おじさんの絵がもっと素敵になるよね」
「…俺の絵が…」
オリバーの言葉にケイルの心には変化が生まれる。才能がなくとも、描きたいという強い思いがケイルの中には今確かにある。傷付くのを恐れ、アトリエで描いていただけの作品、これにオリバーの鉱石を使い、更に色を足したい。
「…俺の絵をまた誰かの目に触れさせてもいいんだろうか」
「いいよ!いいに決まってる!じゃあ、さっそく行ってみようよ」
「は?今からって…おい!オリバー!」
オリバーの言葉にケイルは慌てる。まだケイルの気持ちは定まっていないのだ。そんなケイルを気にした様子もなく、オリバーは絵を数点選び出しては納得したように頷いている。
「おい!まだ、俺の気持ちの整理がついてねぇ!贋作を描いていた俺が…人様の前に自分の絵を見せるなんて…」
「うーん、でもおじさんの気持ちの整理がつくのを待つのも大変そうだし。無理だなって思ったらまたこの前みたいに撤収しようよ!」
『お前、ケイルの葛藤も汲んでやれよ。お前にはその目で確信があるんだろうけど…』
「あ、そっか…」
オリバーのその瞳には贋作ではないケイルの絵は色が変わり、光って見える。それは優れた物の証だとオリバーは今までの経験で学んだ。だが、ケイルには急に絵を人々に見せろというのは突然で動揺もする。
「…僕はおじさんの絵、好きなんだけどなぁ」
その言葉にケイルはハッとする。母がいなくなり、ケイルの絵を認めてくれる者はいなくなった。だが、今ここに彼の絵を認める者がいる。その言葉があれば、他の誰に否定されようともケイルの絵を描きたいという思いは揺らぎはしないだろう。
「わかった…行こう」
そう言ってケイルはオリバーと共にあの市場へと向かうのだった。
*****
「…わかっちゃいたけど誰も足を止めないな」
「うーん、皆に見る目がないんだと思うよ」
2人が出会った市場のあの場所で、同じように絵を展示しているが誰も足を止めない。わかってはいたが、ケイルにはなかなか堪える現実である。
そんなケイルに声が掛けられる。
「これは、君が描いた絵かい?」
「はい!…っ!」
ケイルの前に表れたのはこの前、贋作を販売しているときに声を掛けてきた紳士であった。オリバーが途中で口を挟まなければ、紳士にもケイルは贋作を販売していたであろう。思いがけない再会にケイルは息を飲む。
「ふむ、やはり…」
「あ!あの、これは誰か有名な作家の絵じゃないですよ!俺が描いたもので…このまえのも、その…」
しげしげと絵を見つめる紳士にケイルは慌てる。そのうえ、著名な作家のものではないと自分から説明をしてしまう。贋作であれば相手が間違うのをただ見ているだけなのだが。
ケイルの動揺とはうらはらに紳士は落ち着き払って答える。
「これは実に良い絵だな」
「いえ、ですから!」
「あぁ、このまえのは贋作だったな」
「!」
紳士の言葉にケイルは青ざめたまま、固まるしかなかった。
「…やめろ」
「あぁ、これもいいよ!色がね、違って見える!光ってるね」
「…やめろ」
「おじさんの絵はいいね!」
「うわぁぁぁ!」
狭いアトリエに数点あるケイルが描いた絵を見付けては、オリバーが褒めちぎる。純粋な眼差しで絵を見つめ、賛辞するオリバーにケイルは居たたまれない思いになる。そんなケイルをオリバーは不思議そうに見つめる。
「絵を褒められて嬉しくないの?」
「…」
そう言われてケイルは言葉に詰まる。確かに幼い頃は自分が描いた絵を母に褒められるのが嬉しく、その言葉を糧に更に励んだ。だが、今のケイルにはオリバーの言葉に複雑な感情を抱く。
ケイルの努力して得た技術や感性は贋作を描くために使われている。日々の糧を得るには仕方のない事、そう自分自身に言い聞かせ、贋作を描いてきた。
そんな自分に今更、絵を描く資格があるのかという思いが胸の中にはある。
「…よくわかんないけど、じゃあ褒めないようにするね!」
そう言ってオリバーはまたキラキラと目を輝かせ、ケイルの絵を見ていく。
「…け、いる、ケイル。これにはおじさんの名前、書いてるんだね」
「あぁ、それは一応俺が描いたものだからな」
『大丈夫なのかよ。貴族の名を騙る者は罰せられるぞ』
そんなコナンの言葉に心配になったオリバーはケイルに尋ねる。するとケイルは鼻で笑う。
「これはな、俺の母親の姓なんだ。今は俺しか名乗れる奴はいない。家に残ってるのは父の後妻とその子ども達だ。あいつらは正当なケイル家の血を継ぐ者じゃないからな」
『なんかお前と状況が似てるな』
「そうかな…おじさんのお母さんってどんな人?僕のお母さんはね、優しくってちょっとのんびりしてた。美人でね、僕と同じ目の色なんだ」
「そうか…」
オリバーの言葉からすでに彼の母が故人であるとケイルは察する。オリバーが家を追われた理由の一つに後ろ盾をなくしたこともあるのだろうかとふと思う。まだ、成人前の少年に何が起きて家を追われたのか、ケイルはオリバーを見る。
相変わらずケイルが描いた絵を興味深けに見ているオリバーの姿、ケイルはその気恥ずかしさに目を逸らし、食事の準備へと取り掛かるのだった。
*****
「おじさんの絵、売らないの?」
食事中のオリバーの問いに、ケイルは首を傾げる。
「売ってるだろ?」
「それはおじさんの絵じゃないでしょ」
「…」
オリバーの言葉にケイルは返す言葉が見つからない。ケイルも初めから贋作師であったわけではない。絵の道を志し、日々精進しようとキャンバスへ向かっていたのだ。だが、絵を否定され、食べていけない生活の中で道を踏み外したのだ。
今でもケイルは自分で贋作以外の絵を描く。それは有名になりたいという思いからではなく、絵を描きたいという純粋な思いからだ。だが、それを他人に見せる事はなかった。こうして、オリバーに出会うまでは。
「…昔、母親が絵を褒めてくれてな」
「うん」
「それが嬉しくて、ひたすら絵を描いていたんだ。でも、母が他界して父親が後妻とその家族を連れてきた。家はどんどん、俺の知っていた家ではなくなって…そんな理由もあって家を出たんだ」
「うん」
「…母が亡くなって以来、俺の絵を褒めてくれた奴はいない。お前ぐらいだ」
そう言って一口、ケイルは水を飲む。そしてその気持ちを吐き出すように溢す。
「つまり、俺には絵の才能がないってことだ」
オリバーはケイルの言葉がしっくりこないようで不思議そうな表情を浮かべる。
「才能がなきゃ、絵を描いちゃダメなの?」
「な!」
予想していなかった言葉にケイルは動揺する。才能がないであろう自分の絵を誰にも見せずにいたのは傷付きたくないという気持ちもあった。誰かの作った作品の模倣品は、否定されても褒められてもケイルの心にはまったく影響がないのだ。それはいつの間にかケイル自身が可能性を狭めていたという事でもある。
「僕はおじさんの絵、好きだよ」
「……ありがとよ」
そうケイルが言うとオリバーはにこりと微笑むとポケットから何やら光る石を取り出した。それは以前、オリバーが毒消しの草と共に拾った石である。その石にケイルは見覚えがあった。
「こりゃあ…鉱物だな。これを細かくすると絵にも使えるんだ」
鉱物から得られる顔料は古くから絵画の世界で使われてきたものだ。美しいその青い鉱石を見たケイルはふとそれを使い、絵を描きたいという強い願望を抱く。今までにない思いにケイルは戸惑う。そんなケイルの心を見透かしたかのようにオリバーが言う。
「これ、おじさんにあげるよ」
「え…いいのか?」
「だって、僕には使えないもん。これで絵を描いたらいいんじゃないかな…きっと、おじさんの絵がもっと素敵になるよね」
「…俺の絵が…」
オリバーの言葉にケイルの心には変化が生まれる。才能がなくとも、描きたいという強い思いがケイルの中には今確かにある。傷付くのを恐れ、アトリエで描いていただけの作品、これにオリバーの鉱石を使い、更に色を足したい。
「…俺の絵をまた誰かの目に触れさせてもいいんだろうか」
「いいよ!いいに決まってる!じゃあ、さっそく行ってみようよ」
「は?今からって…おい!オリバー!」
オリバーの言葉にケイルは慌てる。まだケイルの気持ちは定まっていないのだ。そんなケイルを気にした様子もなく、オリバーは絵を数点選び出しては納得したように頷いている。
「おい!まだ、俺の気持ちの整理がついてねぇ!贋作を描いていた俺が…人様の前に自分の絵を見せるなんて…」
「うーん、でもおじさんの気持ちの整理がつくのを待つのも大変そうだし。無理だなって思ったらまたこの前みたいに撤収しようよ!」
『お前、ケイルの葛藤も汲んでやれよ。お前にはその目で確信があるんだろうけど…』
「あ、そっか…」
オリバーのその瞳には贋作ではないケイルの絵は色が変わり、光って見える。それは優れた物の証だとオリバーは今までの経験で学んだ。だが、ケイルには急に絵を人々に見せろというのは突然で動揺もする。
「…僕はおじさんの絵、好きなんだけどなぁ」
その言葉にケイルはハッとする。母がいなくなり、ケイルの絵を認めてくれる者はいなくなった。だが、今ここに彼の絵を認める者がいる。その言葉があれば、他の誰に否定されようともケイルの絵を描きたいという思いは揺らぎはしないだろう。
「わかった…行こう」
そう言ってケイルはオリバーと共にあの市場へと向かうのだった。
*****
「…わかっちゃいたけど誰も足を止めないな」
「うーん、皆に見る目がないんだと思うよ」
2人が出会った市場のあの場所で、同じように絵を展示しているが誰も足を止めない。わかってはいたが、ケイルにはなかなか堪える現実である。
そんなケイルに声が掛けられる。
「これは、君が描いた絵かい?」
「はい!…っ!」
ケイルの前に表れたのはこの前、贋作を販売しているときに声を掛けてきた紳士であった。オリバーが途中で口を挟まなければ、紳士にもケイルは贋作を販売していたであろう。思いがけない再会にケイルは息を飲む。
「ふむ、やはり…」
「あ!あの、これは誰か有名な作家の絵じゃないですよ!俺が描いたもので…このまえのも、その…」
しげしげと絵を見つめる紳士にケイルは慌てる。そのうえ、著名な作家のものではないと自分から説明をしてしまう。贋作であれば相手が間違うのをただ見ているだけなのだが。
ケイルの動揺とはうらはらに紳士は落ち着き払って答える。
「これは実に良い絵だな」
「いえ、ですから!」
「あぁ、このまえのは贋作だったな」
「!」
紳士の言葉にケイルは青ざめたまま、固まるしかなかった。