一人、街を彷徨いながらオリバーは自分の行いの何が悪かったのかと考えていた。
母を亡くした後、父が連れてきた後妻や姉達や兄とオリバーは上手く関係を築くことが出来なかった。いや、そもそも向こうはオリバーと良好な関係を築く気などなかったのだが。そして、元々家にいることが少なかった父は母が亡くなってからオリバーに厳しく当たるようになった。
そんな関係が数年続いたが、ついに今日オリバーは生まれ育った家を追い出されたのだ。
「はぁ…寒い。このままじゃ行き倒れちゃうな」
凍える体をこすりながら、オリバーは今朝のやり取りを思い出していた。
きっかけは些細な事だった。オリバーは長女のアネットに良いストールを置いてある店を探しておけと命じられていた。近く伯爵家での茶会に招かれているのだが、同位の家の中でも品格の違いを見せつけたい。そんな彼女の希望にオリバーが探し出した店が問題だった。
「どうしてあんな小汚い店を勧めるのよ!あんた、あんな店があたしには似合う、そう言いたいのね!」
「そんな…僕は良い物を選ぼうとしただけで…」
「はっ!あんな店に品の良い物なんか置いてあるわけがないでしょ!」
顔を赤くしてアネットはオリバーを怒鳴りつけた。貴族らしからぬ粗野な言葉遣いで少年をなじるのを、他の家族は当然であるかのように見ている。メイド達も何事もないかのように部屋の隅に控えている。つまり、これはこの家では珍しい事ではないのだ。
だが、この日はいつもと違うことが起きた。それを聞いていた次女レジーナも怒り出したのだ。
「アネット姉さまも?この子、私が花で部屋を飾り付けたい、そう言った時も『じゃあ、僕が森に行って採ってくる』そう言ったのよ?婚約者のオーガストが来るから飾り付けるのに!森で採った物を飾れって!」
「だって…その花がいいと思ったんだ」
「はぁ?私の婚約者にはそれがお似合いってこと!?」
次女のレジーナも数日前にオリバーに頼んだことを思い出し、再び腹を立てた。
この家に置いて、オリバーは正統にコリンズ家の血を受け継ぐ者でありながら非常に軽んじられている。そんな思いは下の者にも伝わり、彼はこの家で粗雑に扱っても問題ない存在になっていた。
そんな者が命令に逆らった事、それ自体が腹立たしいのに他の家族にも似たような行為を行っていたのだ。
「姉さんたちもなの?私もこの前、スイーツを買って来いって命じたの。今度の茶会で地元の優れた名産を自慢しようと思って。そうしたらコイツ、野原で採ってきた変な実を食べろっていうのよ?信じられないでしょ?」
「エリカ姉さま、僕も食べたから大丈夫だよ。姉さまが今まで食べたことがない甘い物っていうから…」
「え?あんな訳の分からない物を食べたの?気味の悪い子ね!」
三女のエリカもまた自身が頼んだことをオリバーがこなせなかったことを思い出し不快になった。そもそもこの家にとってオリバーは必要のない存在である。だが血縁である以上、仕方なく弟として扱おうと雑用を命じてあげているのだ。一度の事ならば見逃せたかもしれない。だが、姉妹三人に迷惑をかけた、そのことが彼女達の怒りを増幅させた。
そこへ追い打ちをかけるように彼女達の母、オリバーにとっては義理の母であるディアーナが声を掛けた。
「まさか、あなたたち全員に迷惑をかけていたなんて…。わたくしも先日購入した化粧品をこの子に捨てられそうになったの。」
「ひどいわ!」
「あれって今、話題になっているものでしょう?高価だったはずよね」
「本当にこの子ったら私たちの事が憎くて仕方ないのね!」
「わたくしは血が繋がらないこの子を仕方なく育てているというのに!」
「いえ、それにも理由があって…」
「これだけ迷惑をかけて、言い訳するつもり!」
これ以上、何かを言っても逆効果になるとオリバーは黙って座っている父を見た。きっと感情的になっている義母や義姉達を落ち着かせることを父なら言ってくれるのではないか。
そもそもオリバーからすると悪意あってしたことではないのだ。むしろ全て良かれと思っての行動だったのだから。
「…オリバー、家令や執事から聞いたぞ。私が倉庫に置いていた絵画を持ち出そうとしたな」
「はい、そうです」
淡い金色の前髪に隠れた桃色の瞳をしぱしぱと瞬かせ、不思議そうな表情を浮かべてオリバーは答える。
「それをナイフで切ろうとしたそうじゃないか!それを周りにいた者達が慌てて止めて難を逃れたと!いいか、お前には価値なんかわからないだろうがあれは私の家に代々伝わる絵画だ!見ただろう!あの風格、迫力を!それをお前という者は…!」
「え…でも、僕、あれは好きではありません…」
「馬鹿者!お前の好みなんか知ったことか!大事なのは価値だ!」
「お父様、無駄ですよ。そんなこと言ったって」
今まで、姉や父母と義弟のやりとりをニヤニヤと笑いながら見ていた少年が口を開いた。
「そうだけど、ジェイド。コイツのせいで私達、恥をかくところだったのよ!」
「そう、コイツはわざと俺達を貶めようとしたんですよ」
「え?」
同い年であるが義理の兄にあたるジェイドの言葉にオリバーは驚き、長い前髪に隠れた大きな瞳をさらに見開いた。義姉達が言ったオリバーが行った事は事実である。だが、その全てに理由があった。
「アネット姉さまは同格の家の中での茶会で、レジーナ姉さまは婚約者の前で、エリカ姉さまは地元の名産を紹介するつもりだったんですよね」
「…本当だわ!コイツ、ぼんやりしたフリしてなんて狡猾なの!」
「私達を欺くつもりだったのね!」
「ち、違います!誤解です!」
オリバーは必死に説明しようとしていたが、それは逆効果にしかならなかった。実際にオリバーが用意しようとした品は彼らから見れば価値のないものだったのだから。
「わかった。もういい」
「父さま…」
自分の言葉が一向に家族に届かないことに、不安を感じながらオリバーは父を見つめた。
父、ゴードンはそんなオリバーの肩に手を置き、言った。
「この家から出ていけ」
「え」
「そもそも、この家の跡取りにはジェイドがいる。エレノア亡き後もここにお前を置いていたのは私の温情だ。出来が悪いとはいえ、血が繋がった子を捨て置くことは出来ないからな。外聞が悪いだろう」
「…そうだったんですね」
「だが、お前は私達を貶めようとした。そんな人間を家族としてこの家に置くことなど出来ん」
「…はい」
「今日中に出ていけ」
そして、寒空の下オリバーは家を放り出された。
石畳の街は底冷えがする。薄くなったスラックスに丈の足りないコート、擦れた革靴。一見すると質が良く見えるが伯爵家の息子とは誰も思いはしないだろう。また長く伸びた前髪が一層、彼を町民のように見せた。年季が入った…というよりはくたびれた革のカバンを持ち、一人歩く少年。治安の悪くない地域ではあるが、夜も遅くなればどうすればいいのか。
答えも出ないままオリバーは一人街を歩くのだった。
母を亡くした後、父が連れてきた後妻や姉達や兄とオリバーは上手く関係を築くことが出来なかった。いや、そもそも向こうはオリバーと良好な関係を築く気などなかったのだが。そして、元々家にいることが少なかった父は母が亡くなってからオリバーに厳しく当たるようになった。
そんな関係が数年続いたが、ついに今日オリバーは生まれ育った家を追い出されたのだ。
「はぁ…寒い。このままじゃ行き倒れちゃうな」
凍える体をこすりながら、オリバーは今朝のやり取りを思い出していた。
きっかけは些細な事だった。オリバーは長女のアネットに良いストールを置いてある店を探しておけと命じられていた。近く伯爵家での茶会に招かれているのだが、同位の家の中でも品格の違いを見せつけたい。そんな彼女の希望にオリバーが探し出した店が問題だった。
「どうしてあんな小汚い店を勧めるのよ!あんた、あんな店があたしには似合う、そう言いたいのね!」
「そんな…僕は良い物を選ぼうとしただけで…」
「はっ!あんな店に品の良い物なんか置いてあるわけがないでしょ!」
顔を赤くしてアネットはオリバーを怒鳴りつけた。貴族らしからぬ粗野な言葉遣いで少年をなじるのを、他の家族は当然であるかのように見ている。メイド達も何事もないかのように部屋の隅に控えている。つまり、これはこの家では珍しい事ではないのだ。
だが、この日はいつもと違うことが起きた。それを聞いていた次女レジーナも怒り出したのだ。
「アネット姉さまも?この子、私が花で部屋を飾り付けたい、そう言った時も『じゃあ、僕が森に行って採ってくる』そう言ったのよ?婚約者のオーガストが来るから飾り付けるのに!森で採った物を飾れって!」
「だって…その花がいいと思ったんだ」
「はぁ?私の婚約者にはそれがお似合いってこと!?」
次女のレジーナも数日前にオリバーに頼んだことを思い出し、再び腹を立てた。
この家に置いて、オリバーは正統にコリンズ家の血を受け継ぐ者でありながら非常に軽んじられている。そんな思いは下の者にも伝わり、彼はこの家で粗雑に扱っても問題ない存在になっていた。
そんな者が命令に逆らった事、それ自体が腹立たしいのに他の家族にも似たような行為を行っていたのだ。
「姉さんたちもなの?私もこの前、スイーツを買って来いって命じたの。今度の茶会で地元の優れた名産を自慢しようと思って。そうしたらコイツ、野原で採ってきた変な実を食べろっていうのよ?信じられないでしょ?」
「エリカ姉さま、僕も食べたから大丈夫だよ。姉さまが今まで食べたことがない甘い物っていうから…」
「え?あんな訳の分からない物を食べたの?気味の悪い子ね!」
三女のエリカもまた自身が頼んだことをオリバーがこなせなかったことを思い出し不快になった。そもそもこの家にとってオリバーは必要のない存在である。だが血縁である以上、仕方なく弟として扱おうと雑用を命じてあげているのだ。一度の事ならば見逃せたかもしれない。だが、姉妹三人に迷惑をかけた、そのことが彼女達の怒りを増幅させた。
そこへ追い打ちをかけるように彼女達の母、オリバーにとっては義理の母であるディアーナが声を掛けた。
「まさか、あなたたち全員に迷惑をかけていたなんて…。わたくしも先日購入した化粧品をこの子に捨てられそうになったの。」
「ひどいわ!」
「あれって今、話題になっているものでしょう?高価だったはずよね」
「本当にこの子ったら私たちの事が憎くて仕方ないのね!」
「わたくしは血が繋がらないこの子を仕方なく育てているというのに!」
「いえ、それにも理由があって…」
「これだけ迷惑をかけて、言い訳するつもり!」
これ以上、何かを言っても逆効果になるとオリバーは黙って座っている父を見た。きっと感情的になっている義母や義姉達を落ち着かせることを父なら言ってくれるのではないか。
そもそもオリバーからすると悪意あってしたことではないのだ。むしろ全て良かれと思っての行動だったのだから。
「…オリバー、家令や執事から聞いたぞ。私が倉庫に置いていた絵画を持ち出そうとしたな」
「はい、そうです」
淡い金色の前髪に隠れた桃色の瞳をしぱしぱと瞬かせ、不思議そうな表情を浮かべてオリバーは答える。
「それをナイフで切ろうとしたそうじゃないか!それを周りにいた者達が慌てて止めて難を逃れたと!いいか、お前には価値なんかわからないだろうがあれは私の家に代々伝わる絵画だ!見ただろう!あの風格、迫力を!それをお前という者は…!」
「え…でも、僕、あれは好きではありません…」
「馬鹿者!お前の好みなんか知ったことか!大事なのは価値だ!」
「お父様、無駄ですよ。そんなこと言ったって」
今まで、姉や父母と義弟のやりとりをニヤニヤと笑いながら見ていた少年が口を開いた。
「そうだけど、ジェイド。コイツのせいで私達、恥をかくところだったのよ!」
「そう、コイツはわざと俺達を貶めようとしたんですよ」
「え?」
同い年であるが義理の兄にあたるジェイドの言葉にオリバーは驚き、長い前髪に隠れた大きな瞳をさらに見開いた。義姉達が言ったオリバーが行った事は事実である。だが、その全てに理由があった。
「アネット姉さまは同格の家の中での茶会で、レジーナ姉さまは婚約者の前で、エリカ姉さまは地元の名産を紹介するつもりだったんですよね」
「…本当だわ!コイツ、ぼんやりしたフリしてなんて狡猾なの!」
「私達を欺くつもりだったのね!」
「ち、違います!誤解です!」
オリバーは必死に説明しようとしていたが、それは逆効果にしかならなかった。実際にオリバーが用意しようとした品は彼らから見れば価値のないものだったのだから。
「わかった。もういい」
「父さま…」
自分の言葉が一向に家族に届かないことに、不安を感じながらオリバーは父を見つめた。
父、ゴードンはそんなオリバーの肩に手を置き、言った。
「この家から出ていけ」
「え」
「そもそも、この家の跡取りにはジェイドがいる。エレノア亡き後もここにお前を置いていたのは私の温情だ。出来が悪いとはいえ、血が繋がった子を捨て置くことは出来ないからな。外聞が悪いだろう」
「…そうだったんですね」
「だが、お前は私達を貶めようとした。そんな人間を家族としてこの家に置くことなど出来ん」
「…はい」
「今日中に出ていけ」
そして、寒空の下オリバーは家を放り出された。
石畳の街は底冷えがする。薄くなったスラックスに丈の足りないコート、擦れた革靴。一見すると質が良く見えるが伯爵家の息子とは誰も思いはしないだろう。また長く伸びた前髪が一層、彼を町民のように見せた。年季が入った…というよりはくたびれた革のカバンを持ち、一人歩く少年。治安の悪くない地域ではあるが、夜も遅くなればどうすればいいのか。
答えも出ないままオリバーは一人街を歩くのだった。