「ねぇ、雪華」
パスタをくるくるとフォークで巻きながら声をかけると、雪華が此方に目を向けた。
「んぅ?」
「この後どうする?図書館にはもう付き合ってもらったし、次は雪華の行きたいところ教えて」
雪華の目が、何か言いたげに僕の目を見た。表情をくるくると変えながら、何か伝えようとしてくる。
「ほふうはほこひひたひ」
何を言っているのか全く分からない。
「...とりあえずそれ、飲み込んでからで良いから」
雪華が頷く。
もぐもぐと口を動かし、きちんと飲み込んでから彼女が口を開いた。
「穀雨はどこ行きたい?」
「雪華の行きたいところを訊いてるんだよ」
「私はねー、うーん...神社?」
「外は倒れるぞって勿忘様に止められたばっかりじゃないか」
「じゃああそこの店」
雪華が窓の外を指差す。
その先には、駅前にある割と大きなショッピングモールがあった。
「僕と行って楽しいの?」
「楽しいと思うよー」
「じゃあ良いけど」
僕がそう言うと、雪華はぱっと顔を輝かせた。
「じゃ、食べ終わったら行こ」
楽しげに笑う雪華を見て、僕もふっと笑った。
「うん」
ショッピングモールに入ると、流石に比較的多くの人がいた。
「人多」
「そうだね。雪華、どこ行きたいの?」
「うーん、なんとなくここって言ったけど、特に行きたい店があるとかじゃないんだよね」
「じゃあ帰る?」
僕が冗談めかしてそう提案すると、雪華は珍しく小さな子供のように頬を膨らませた。
「それは嫌だ」
「どうしろと...」
「とりあえず適当に回ってみようよ」
雪華がにこりと笑ってそう提案したので、僕は頷いた。
「そうだね」
「あ、本屋。寄っていい?」
僕が雪華に声を掛けると、彼女は少し不安そうな顔を作って応えた。
「良いけど...大丈夫?私、出てこなくなるよ」
「大丈夫、僕も出てこなくなるから」
「全然大丈夫じゃないじゃん...」
呆れ顔で溜息をついたものの、その表情はどこか楽しそうだった。
「じゃ、本屋行った後はそこの雑貨屋見るの付き合って」
「分かった」
「けっこう回れたねー」
雪華がそう言いながら、陽が傾き始めた道を歩いていく。
「そうだね」
僕も頷きながら、額の汗を拭った。
夕方になって少し涼しくなってきたとはいえ、8月の空気は肌にまとわりつくように重たい。乱反射する蝉時雨を聞きながら、僕はほうと息を吐いた。
「そういえば、人とこんなに長い時間一緒にいたのは久しぶりだ」
「疲れた?」
「そうだね、ずっと歩き回ってたし」
「私も。でも、どう?楽しかった?」
「...どうかな」
「じゃあ私が予想しよう。穀雨は今日、...うーん、そうだな。楽しかった。違う?」
「...なんでそう思うの?」
だって、と雪華が此方を見て嬉しそうに笑った。
「今日さ、私、穀雨が楽しそうに笑ったの初めて見たよ」
「そうだっけ」
「そうだよ。あ、龍神様にも報告しようっと」
「報告って...」
「穀雨が初めて笑いましたよーって」
「笑ったことはあっただろ」
「うーん、あるにはあるけどさ。何処か悲しそうだったり、寂しそうだったり、意地悪かったりしてたじゃない?」
彼女は時々、まともなことを言う。
「...意地悪は余計だ」
僕がそう言うと、えーっと声を上げて雪華が空に顔を向ける。
真夏特有の生温い風が、僕の頬をそっと撫でていった。
20分程歩くと、いつもの神社が見えてきた。そこで雪華は、神社の横に伸びている細い道に入っていく。
「じゃ、私こっちだから。またね」
「うん、また」
そう言うと、彼女はにこっと笑って、僕に背中を向けて歩いていった。
あ。忘れてた。
「雪華」
思わず声を上げると、5メートル程進んでいた雪華がくるりと振り向いた。
「...あの、今日」
息を吸い込んだ。
「その...楽しかった。ありがとう」
彼女の碧眼が、一瞬驚いたように見開かれたのが見えた。その後、嬉しそうにふふっと笑って、力強く頷いた。
「うん、また行こう」
「うん」
僕も頷き返すと、雪華はまたも嬉しそうに笑って、ひらひらと手を振った。
パスタをくるくるとフォークで巻きながら声をかけると、雪華が此方に目を向けた。
「んぅ?」
「この後どうする?図書館にはもう付き合ってもらったし、次は雪華の行きたいところ教えて」
雪華の目が、何か言いたげに僕の目を見た。表情をくるくると変えながら、何か伝えようとしてくる。
「ほふうはほこひひたひ」
何を言っているのか全く分からない。
「...とりあえずそれ、飲み込んでからで良いから」
雪華が頷く。
もぐもぐと口を動かし、きちんと飲み込んでから彼女が口を開いた。
「穀雨はどこ行きたい?」
「雪華の行きたいところを訊いてるんだよ」
「私はねー、うーん...神社?」
「外は倒れるぞって勿忘様に止められたばっかりじゃないか」
「じゃああそこの店」
雪華が窓の外を指差す。
その先には、駅前にある割と大きなショッピングモールがあった。
「僕と行って楽しいの?」
「楽しいと思うよー」
「じゃあ良いけど」
僕がそう言うと、雪華はぱっと顔を輝かせた。
「じゃ、食べ終わったら行こ」
楽しげに笑う雪華を見て、僕もふっと笑った。
「うん」
ショッピングモールに入ると、流石に比較的多くの人がいた。
「人多」
「そうだね。雪華、どこ行きたいの?」
「うーん、なんとなくここって言ったけど、特に行きたい店があるとかじゃないんだよね」
「じゃあ帰る?」
僕が冗談めかしてそう提案すると、雪華は珍しく小さな子供のように頬を膨らませた。
「それは嫌だ」
「どうしろと...」
「とりあえず適当に回ってみようよ」
雪華がにこりと笑ってそう提案したので、僕は頷いた。
「そうだね」
「あ、本屋。寄っていい?」
僕が雪華に声を掛けると、彼女は少し不安そうな顔を作って応えた。
「良いけど...大丈夫?私、出てこなくなるよ」
「大丈夫、僕も出てこなくなるから」
「全然大丈夫じゃないじゃん...」
呆れ顔で溜息をついたものの、その表情はどこか楽しそうだった。
「じゃ、本屋行った後はそこの雑貨屋見るの付き合って」
「分かった」
「けっこう回れたねー」
雪華がそう言いながら、陽が傾き始めた道を歩いていく。
「そうだね」
僕も頷きながら、額の汗を拭った。
夕方になって少し涼しくなってきたとはいえ、8月の空気は肌にまとわりつくように重たい。乱反射する蝉時雨を聞きながら、僕はほうと息を吐いた。
「そういえば、人とこんなに長い時間一緒にいたのは久しぶりだ」
「疲れた?」
「そうだね、ずっと歩き回ってたし」
「私も。でも、どう?楽しかった?」
「...どうかな」
「じゃあ私が予想しよう。穀雨は今日、...うーん、そうだな。楽しかった。違う?」
「...なんでそう思うの?」
だって、と雪華が此方を見て嬉しそうに笑った。
「今日さ、私、穀雨が楽しそうに笑ったの初めて見たよ」
「そうだっけ」
「そうだよ。あ、龍神様にも報告しようっと」
「報告って...」
「穀雨が初めて笑いましたよーって」
「笑ったことはあっただろ」
「うーん、あるにはあるけどさ。何処か悲しそうだったり、寂しそうだったり、意地悪かったりしてたじゃない?」
彼女は時々、まともなことを言う。
「...意地悪は余計だ」
僕がそう言うと、えーっと声を上げて雪華が空に顔を向ける。
真夏特有の生温い風が、僕の頬をそっと撫でていった。
20分程歩くと、いつもの神社が見えてきた。そこで雪華は、神社の横に伸びている細い道に入っていく。
「じゃ、私こっちだから。またね」
「うん、また」
そう言うと、彼女はにこっと笑って、僕に背中を向けて歩いていった。
あ。忘れてた。
「雪華」
思わず声を上げると、5メートル程進んでいた雪華がくるりと振り向いた。
「...あの、今日」
息を吸い込んだ。
「その...楽しかった。ありがとう」
彼女の碧眼が、一瞬驚いたように見開かれたのが見えた。その後、嬉しそうにふふっと笑って、力強く頷いた。
「うん、また行こう」
「うん」
僕も頷き返すと、雪華はまたも嬉しそうに笑って、ひらひらと手を振った。