「行き成りカルロスト連邦国(ここ)に呼び出したと思ったら。こう云う事か。」

 ノールとミロルが抱き合う背後から、声が聞こえた。

「ごめん父さん。ちょっと慌てていたもんでさ。」
「ったく。父親を上手く使いやがって。」
「しょうがないよ。だって、信頼出来て、強くて、動けそうな知り合いが、父さんしか居なかったんだから。」
「まぁ、そう云う事なら仕方ないな。()()()()()()()()()が私だったって事だからな。」
「ははっ。」

 エルダは、愛想笑いをした。



 エルダは、オークション会場にいた女性奴隷を救出した後、グリリアの家で匿っている間、その全員の衣食の提供を、マグダに任せていた。
 その間にエルダは、王城へ侵入し、情報を集め、ノール救出へと至ったのだ。


「ミロルちゃん、良かったな!」
「うんっ!」

 そう言ってマグダは、ミロルの頭を撫でた。



「本当にありがとうございました。」

 ノールはそう言って、深々と一礼した。

「いえいえ。ミロルちゃんの満面の笑みが見れただけで、俺達は満足ですよ。」
「…………まさか、今一度愛娘を胸に抱けるとは、思いもいたしませんでした。それもこれも、貴方方様のおかげです。本当に、ありがとうございます。」

 ノールは、再び、一筋の涙を流した。
 エルダは、少し自分を誇らしく思った。
 一時は自身を蔑み貶めたが、最終的には、笑顔へと繋がった。
 間違っていなかった。
 エルダはそう信じ切った。

 そんな時、背後から物音がした。
 ばっと振り向くと………………

「サラナ……………………」

 そう呟きながら、エルダは、物音の方へ走った。
 サラナが起き上がったのだ。

「良かった………………良かった………………」

 エルダはそう何度も連呼しながら、サラナの手を握った。


 エルダはサラナに、現状を話した。
 サラナは安堵し、地面にへたった。

「あとは、グリリアの回収だけか…………」

 エルダが呟いた。
 サラナははっとした。
 忘れていたのだ。

「そ、そういや………………」

 サラナは、とぎまぎしながら言った。

「そういや、グリリアは何でそんな事になっているんだ?」

 エルダがそう言うと、ノールがエルダの方へと歩み寄り言った。

「私と同じ牢に、グリリア様の奥方がいらっしゃったのです。彼女が少し前に亡くなった事を私が話したので……………………」

 それを聞いて、エルダは目を見開いた。
 グリリアの妻が亡くなっていた。
 それを知ったグリリアが、地下牢でずっと座りっぱなしでいる。

 エルダは、グリリアがどれだけ妻の安否を気にしていたかを知っていた。
 どれだけ気にかけ。愛していたのかを。
 けれども既に、この世には居なかった。
 その事実に対するグリリアの失意は、エルダにも理解できた。

「取り敢えず、俺が迎えに行ってくるよ。」

 そう言ってエルダは、地下牢の入り口の方を向いた。

 エルダは考えた。
 先ず会った時、何て言えば良いのだろうか。
 何て言うのが正解なのだろうか。
 如何すれば、グリリアの傷を癒せるのか。

 ドサッ

 そんな事を考えている時。
 壁に埋まっていたジャーナが、地面に倒れ落ちた。
 一瞬ビックリしたが、それに気付いているのはエルダだけだったので、特に気にせず、エルダは、地下牢の入り口へと歩いて行った。


 その時。




 ピチャッ





 壁に水が当たる時の音が、鮮明に聞こえた。



 ドサッ



 それに続いて、人が倒れる音が聞こえた。






 エルダは、ゆっくりと後ろを向いた。





「お母さん!!! お母さん!!!!」


 ミロルが、泣きながら叫ぶ声が聞こえる。


複製(コピー).回復! 回復!!!」


 何度も回復魔法をかける、マグダの姿が見える。


「ぁ………………あっ………………ぁっ…………」


 絶句するサラナが、横目に映る。



 エルダは、皆の視線の先を見た。



 エルダは顔を青褪めた。


 そこには、心臓を水射針(ミルネア)で貫かれた、ノールの死体があった。


 マグダの回復魔法も効いていない。


 肌の血色がどんどん悪くなっていっている。


 そんな。
 ここまでやったのに。


 まさか。


 生かしたジャーナの仕業か。


 ふと倒れているジャーナを見ると、指から水が滴れ落ちている。


 俺があの時生かしたからか。
 ジュルカが殺すのを止めたから。
 あそこで止めていなければ、ノールは生きていたのか。


 自分の選択は間違っていたのか。


 “この選択をした自分を、怨まないように“


 ジュルカはわかっていたのか……………………


 俺は間違っていたのか………………………………

















 



 






 

        ◯










 








 





 



「…………………………っ?」


 突然、何も聞こえなくなった。
 誰の声も、空気の流れさえも。
 何も聞こえない。
 動くことは出来るが、足音も何も聞こえない。
 よく見ると、周りの人の動きが止まっていた。
 ノールの胸部から流れていた血も、動いていない。

「何が…………………………」

 そう呟いてみたが、当然その声が聞こえることは無い。


「やはり……な。」

 静寂の中、突然背後から声が聞こえた。
 振り向くとそこには、ジュルカがいた。

「己が選択に不満がある様に見えるの。」

 そう言いながらジュルカは、エルダの顔を覗き込んだ。

「まぁ良い。もう理解しているかもしれんが、今お主と儂を除いて、この全世界の時間が止まっておる。その証拠に、儂の声以外何も聞こえんじゃろ?」

 ジュルカは、両手を耳に当てた。

「理由は簡単な話じゃ。空気の振動や気圧の流れでさえも停止しているのじゃから。そうするともう一つ疑問が残るな。『何故儂の声だけ聞こえておるのか』。それはの、今儂は、お主の魂自身に直接話しかけているからじゃ。儂しか出来ん高等てぃくにっくじゃ。」

 ジュルカは少し、自慢げな表情を見せた。

「そんな事は良い。さっさと選べ。」

 ジュルカは、冷たい面持ちで聞いた。

「ノールを助けたいか、別に良いか。あの嬢ちゃんは既に死んでおる。当然、回復系の創作魔法も効かない。蘇生は不可。
 じゃが、儂ならば、死んだ事を無かったことに出来る。どうじゃ?」

 エルダは、ジュルカの話す内容があまりよく理解出来なかった。
 理解できたのは、「ノールは死んでいて、ジュルカなら助けられる。」と云うこと。
 ”死んだ事を無かった事にする“と云う言い回しは少し気になったが、ノールが生き返るのならばそれで良い。

「頼む。ノールを助けてくれ。」

 エルダはジュルカに向かって、深々と一礼した。

「今回だけじゃ。これからは、自身の選択に悔いぬよう。」


























 

 

         ×












 



















 





「お母さーん!!!!!」


 目の前には、感涙を流しながら抱き合う、ミロルとノールの姿があった。

 (ノールは生き返ったのか………………?)

 エルダは疑問に思ったが、目の前で涙を流して笑っているのが、何よりもの証拠だろう。


 どうやって生き返らせたのかは解らないが、兎に角、生き返ったのならそれで良かった。
 さっきの空間や記憶に関しても未知だが、考えたとて、どうしようも無いだろう。
 今は、ノールが生き返った事に安堵しよう。


 そう考えた時。


「おいエルダ………………」


 突然、冷や汗を流したマグダが、トボトボと歩いて来た。


「お前まさか………………国王を殺したのか……?」


 そう言いながらマグダは、エルダの後ろを指差した。



 エルダは、後ろを振り向いた。





 そこには、壁にめり込み、腹から大量の血を流し死んでいる、ジャーナの姿があった。