「楽空ってさ、2年生のくせに生意気だよね上手いからって」
 あーまたか。
 3年生の先輩何人かが、固まってわたしの悪口を言っている。それもわたしに聞こえる声で。
 ......もう吹くの辛いな。

 わたしは努力家だ。自分でもそう思う。できないことや苦手なこと、上手くなりたいこと。色んなことに対して自分でできる限り努力をしている。
 でも最近はその努力が辛くなってきた。
 ソロというのは一応練習はするが、部員の中では3年生が主としてやるというのが吹奏楽であると思っていた。しかし、時にはその楽器に3年生がいないと後輩がやるということもある。それは仕方がないことである。でもわたしの場合は違った。
 ある曲に、クラリネットに長めのソロがあった。それを誰がやるかは決まっていなく、「じゃあ一回1人ずつ吹いてみようか」と、先生の前で1人ずつ吹いた。静まり返る音楽室。1人で吹くという緊張。そのせいかミスをすることも少なくない。しかしわたしは、自分の順番が回ってきて、たくさん練習していたのもあってかミスをすることなく吹き切った。が、安心しているのも束の間だった。
 「じゃあこのソロは夜瀬さんでいこう。...じゃあCから」先生がそう言った途端、たくさんの視線がわたしに刺さった。暖かい視線ではなく、氷のような冷たい視線だった。
 その時は気のせいだと思い、合奏に集中した。
 しかし、合奏が終わり先生がいなくなるとその気のせいはまったくの別物だった。
 「あのソロ、みーちゃんとはるちゃんとありさの誰かがやると思ってたよー、なんで2年生の楽空ちゃんなの?」
 冷やかしが混ざった小さな声。その声はどの会話よりも大きく聞こえた。わたしは聞こえていないふりをした。
 「普通3年生がやるから先輩を立てるよねー、全然空気読まないじゃん、あの子」
 遠くからそう話す声もたしかに聞こえた。
 わたしはもうこの場から立ち去りたいと思ったが、こんなことに負けたくないと聞こえないふりをし続けた。
 しかし、何日か経ってもわたしの話題は続いていた。わたしは先輩たちから避けられるようになった。
 「じゃあ今日は16:15から合奏だよー、じゃあ練習室行くよー」
 わたしがまだ楽器や譜面台、楽譜の準備をしているにも関わらずそれが見えていないように、無視をするように、わたしの方を見向きもせずにそう言った。
 あの日の前までは、一緒に今日の練習の確認をして一緒に練習室へと向かっていた。
 「なんで......」わたしは涙を堪えた。
 練習する......努力するっていけないことなの......?
 わたしは震える手で楽器と荷物を持ち、おぼつかない足取りで練習室へと向かった。
 怖いな入るの......。
 入り口の前で立ち止まる。笑い声が聞こえる。
 わたしはドアを開けた。
 「失礼します......」
 静まり返る。見られている。
 目線を下にして自分の席へと向かった。
 わたし抜きで話す声。
 息が詰まるとはこのことか......。
 震えが止まらない手で楽器を組み立てた。
 基礎練習をして曲の練習。ソロの部分の練習はもちろん避けた。
 わたしは苦しかった。
 練習したいのに思うように吹けない。
 もうわたしの世界は孤独と悲しみだけの群青の世界だった。
 もう何の色を見ても、綺麗な夕焼けの空を見ても見えてくるのは群青の色。
 何の音を奏でてもそこから浮かび上がってくるのはフラットとシャープだらけの耳が痛くなるような不協和音。
 努力ってしていい時としちゃダメな時があるの?
 上手くなるための努力はしちゃいけないの?
 ねえ、誰か教えてよ。
 好きなことをやるのって辛い時がある。
 わたしは今はなんだか好きなことをなくした気がする。
 もうまともに息なんて吸えやしない。
 本当は息をいっぱい吸って、暖かく豊かな音で吹きたい。
 ピアノだってもっと笑顔で軽やかに弾きたい。
 誰かに聞いてほしい。
 この思いをいつまで塞いでいればいいの......?


 ずっとわたしは群青の世界の中で吹き続けていくのかな。