—1—
ついこの間、食後の現代史の授業は眠くなるという話を颯としたような気がするがあれからもう1週間が経った。
担任の鈴木先生もクラス替え初回のホームルームで「就職してから時間が経つのが早く感じる」とか嘆いていたし、こうやってどんどん歳をとっていくのだろう。
彼女ができたこともないし、これといって青春らしいこともできていないし、突然超能力に目覚めてオレの周囲だけ時間の流れが遅くならないだろうか。
などと職業病である妄想が捗ってしまう。
まあ、実際クリエイターとして活動している以上、結果を出せていない状態で時間だけが過ぎていくのは不安でしかない。
「今日の授業はリレー小説をします!」
現代史担当の山田先生の言葉に妄想世界から現実世界へと引き戻される。
山田先生は背伸びをしながら黒板に注意事項をまとめ始めた。
低身長な彼女は若手の女教師で女子バスケ部の顧問をしている。
プライベートな話をあまりしたがらない教師が多い中で、山田先生は生徒と歳が近いこともあり授業の冒頭数分間を使ってアニメや漫画の話、時事ネタなどオレ達が興味を持ちそうな話題を提供してくれている。
フレンドリーでとても親しみやすい先生なのだが、授業中は現代史という授業の性質上教科書の音読が多くなる為、居眠りをする生徒が多発している。
もちろん居眠りがバレたら起こされるのだが、1人また1人と夢の世界へと旅立って行く。
「完成した原稿は全員分印刷して後日配布するから必ず期限を守ること。次の授業で感想シートを提出してもらいます。それではグループを作って初めて下さい」
ここからはフリー時間。
生徒が一斉に移動を始める。
「秋斗、やろうぜー」
「おう」
颯の誘いに頷き、黒板に書かれた注意事項に目を通す。
・グループは3〜5人で形成すること。
・1人当たり原稿用紙2〜3枚で収めること。
・舞台は現実世界、主人公は高校生とする。
・感想シートに面白いと思った作品を1つ選び、どこが面白いと感じたか記入すること。
※投票数の上位3作品と先生が選んだ1作品は内申点が5点加算されます。
授業をサボらないようにする為の工夫だろうが優秀作品は内申点が貰えるみたいだ。
これでも小説家の端くれだから物語を作ることに関しては自信がある。
どうせやるなら上位を狙いたい。
「藤崎さん、良かったら一緒にやらない?」
「うん、いいよ」
誰をグループに入れるとかそういう相談も無く、目の前で藤崎さんの加入が決まった。
颯の行動力はオレも見習わないといけないな。
「じゃあ、秋斗あとは任せた」
役目は果たしたとばかりに颯が丸投げしてきた。
ノートの隅に絵を描き始めたし、なんていうか自由な奴だ。
「任せたって言われてもな」
とりあえず机を合わせてルーズリーフを1枚取り出す。
「藤崎さん、小説って書いたことある?」
「小学生の頃に国語の授業で絵本を作ったことはあるけどそれ以来かな」
「なるほど。となると設定は話しながら決めていこうか」
「なんか作家先生っぽいね」
藤崎さんが興味津々といった感じで机に身を乗り出した。
ルーズリーフに物語の軸となる設定を書き出していたのだが、そんなにじっと見られると緊張するな。
「最初にジャンルを決めようと思うけど初心者でも書きやすいのは恋愛かホラーかな」
「怖いの苦手だし恋愛がいいな」
藤崎さんがルーズリーフに書かれた恋愛の文字を丸で囲った。
「次は登場人物だな。同級生にするか先輩後輩にするか」
「うーん、迷うけど同級生で」
「同級生の恋愛で定番なものだと部活か学校行事になるけど……おい、そろそろ颯も話に参加しろって」
「それじゃあ王道の文化祭に1票」
颯がビシッと人差し指を立てる。
こいつ決断力はあるんだよな。
「私も文化祭でいいよ」
「了解。最後に書く順番か。起承転結を3人で分担するとしてオレが転と結を担当するよ。藤崎さんは最初か2番目だとどっちがいい?」
「新川くん、最初お願いしてもいい?」
「いいよ。任せて」
不安はあるけど颯もライトノベルをそれなりに読み込んでるし、話の組み立てに関しては問題無いだろう。
「んじゃ原稿用紙貰ってくるから颯からスタートな」
「はいよ」
—2—
オレ達のグループのテーマはスクールカーストを飛び越えた恋だ。
クラスの最下層に位置する内気な主人公『友陽』が1軍の女子『明日菜』に恋心を抱きながらもその想いを伝えてしまうと彼女の迷惑になると思い、自分の胸にそっとしまいながら生活を送る。
友陽のクラスは文化祭でお化け屋敷をすることになり、連日準備に取り掛かる。
カースト上位の1軍男子達からこき使われるも文化祭の成功を願う友陽は懸命に作業をこなす。
そんな友陽の姿を明日菜が見ていて。
「颯、これはアリなのか?」
ストーリーの立ち上がりとしては申し分のない出来なのだが、颯の原稿用紙の3枚目に視線を落としたオレと藤崎さんが目を合わせて難しい顔をする。
「まあ、ダメだったらそれはそれで没にしてくれればいいよ」
「まあ原稿用紙2枚は書いてるから問題はないか」
3枚目の右半分にはキャラクターイラストが、左半分にはヒロインの明日菜が友陽に笑いかけるシーンが描かれていた。
短時間で描かれたクオリティーとは思えない魅力的な仕上がりに同じクリエイターとして素直に尊敬してしまう。
が、授業のテーマがリレー小説なのでイラストが認められるかが怪しいところだ。
「次は私だね」
颯からバトンを受け取った藤崎さんがシャープペンを走らせる。
小学生の国語の授業以来とは言っていたが、筆に迷いがなくスラスラと物語が進んでいく。
普段から平和主義を掲げている藤崎さんだが、ストーリーは暗く重い方向へとシフトしていく。
1軍男子のリーダー『純正』による嫌がらせが過激化。
教室に響く怒声。
クラスメイトは誰もカースト上位の意見には逆らう事ができない。
純正は文化祭の準備を全て友陽に押し付けて仲間と遊びたい放題。
自分が犠牲になっている間は他の人が標的になる事はない。だから我慢するのは自分の役目だ。
友陽は自己犠牲の精神で理不尽に耐える。
そこに明日菜が寄り添い、優しい言葉を掛ける。
好きな人を守る為には変わらないといけない。
明日菜との接触で友陽の中にそんな感情が芽生え始める。
そして、いよいよ運命の文化祭当日を迎える。
「どうかな?」
原稿を読んでいたオレの顔を藤崎さんが心配そうに覗き込む。
「リアリティーがあって凄く面白いよ。特に友陽の名前の由来が語られるシーンにはグッときた」
「秋斗よりも才能があるんじゃないのか?」
「新川くん、嬉しいけどそれは言い過ぎだよ。登場人物に感情移入したら思ったよりもスラスラ書けて自分でもビックリしてる」
「それを才能って言うんだよ。よしっ、後はオレがみんなを結末まで導く」
軽く目を閉じ、息を大きく吐き出す。
「やっぱり集中した秋斗はカッコイイな」
キャラクターと自分がリンクしたような感覚。
台詞も自然と浮かんでくるし、情景もまるで自分が物語の中に入り込んだかのように鮮明に映る。
スポーツ選手で言うところの極限状態『ゾーン』と似た感覚がごく稀にクリエイターにも起こる。
1枚、もう1枚と原稿用紙が文字で埋め尽くされていく。
物語は中盤からクライマックスへ。
文化祭の最中にトラブルが発生。
他校の男子生徒の集団がお化けに扮した女子生徒の体を意図的に触ったのだ。
被害に遭う女子生徒の悲鳴。
明日菜から助けを求められた友陽は勇気を振り絞って男子生徒に立ち向かう。
拳を顔面に喰らって倒されても好きな人を守る為だったら立ち上がる。そうやって自分の殻を破っていく。
一瞬の隙をつき、男子生徒の注意を引いた友陽は明日菜の手を引いて教室から飛び出し、夢中で体育館の裏まで走った。
息を整えていると体育館から軽音楽部の演奏が聞こえてくる。
背中を壁に預け、2人でのどかな田舎の風景を眺める。
何気ない会話をするかのように友陽が明日菜に想いを伝え、明日菜もそれに答える。めでたし、めでたし。
「流石は秋斗だな。読み終わった後の余韻が凄いわ」
「話の展開がジェットコースターみたいに勢いがあって面白かった。ラストもハッピーエンドで良かった」
2人の反応を見るに満足してもらえたようで良かった。
「一応タイトルも考えたんだけど『君のヒーローになりたくて』でどうかな?」
「異議なし!」
「いいと思う」
満場一致でタイトルも決まり、オレ達の作品は無事完成した。
1週間後の現代史の授業でオレ達の作品が投票数首位に選ばれるのだが、この時はまだ知らない。
ついこの間、食後の現代史の授業は眠くなるという話を颯としたような気がするがあれからもう1週間が経った。
担任の鈴木先生もクラス替え初回のホームルームで「就職してから時間が経つのが早く感じる」とか嘆いていたし、こうやってどんどん歳をとっていくのだろう。
彼女ができたこともないし、これといって青春らしいこともできていないし、突然超能力に目覚めてオレの周囲だけ時間の流れが遅くならないだろうか。
などと職業病である妄想が捗ってしまう。
まあ、実際クリエイターとして活動している以上、結果を出せていない状態で時間だけが過ぎていくのは不安でしかない。
「今日の授業はリレー小説をします!」
現代史担当の山田先生の言葉に妄想世界から現実世界へと引き戻される。
山田先生は背伸びをしながら黒板に注意事項をまとめ始めた。
低身長な彼女は若手の女教師で女子バスケ部の顧問をしている。
プライベートな話をあまりしたがらない教師が多い中で、山田先生は生徒と歳が近いこともあり授業の冒頭数分間を使ってアニメや漫画の話、時事ネタなどオレ達が興味を持ちそうな話題を提供してくれている。
フレンドリーでとても親しみやすい先生なのだが、授業中は現代史という授業の性質上教科書の音読が多くなる為、居眠りをする生徒が多発している。
もちろん居眠りがバレたら起こされるのだが、1人また1人と夢の世界へと旅立って行く。
「完成した原稿は全員分印刷して後日配布するから必ず期限を守ること。次の授業で感想シートを提出してもらいます。それではグループを作って初めて下さい」
ここからはフリー時間。
生徒が一斉に移動を始める。
「秋斗、やろうぜー」
「おう」
颯の誘いに頷き、黒板に書かれた注意事項に目を通す。
・グループは3〜5人で形成すること。
・1人当たり原稿用紙2〜3枚で収めること。
・舞台は現実世界、主人公は高校生とする。
・感想シートに面白いと思った作品を1つ選び、どこが面白いと感じたか記入すること。
※投票数の上位3作品と先生が選んだ1作品は内申点が5点加算されます。
授業をサボらないようにする為の工夫だろうが優秀作品は内申点が貰えるみたいだ。
これでも小説家の端くれだから物語を作ることに関しては自信がある。
どうせやるなら上位を狙いたい。
「藤崎さん、良かったら一緒にやらない?」
「うん、いいよ」
誰をグループに入れるとかそういう相談も無く、目の前で藤崎さんの加入が決まった。
颯の行動力はオレも見習わないといけないな。
「じゃあ、秋斗あとは任せた」
役目は果たしたとばかりに颯が丸投げしてきた。
ノートの隅に絵を描き始めたし、なんていうか自由な奴だ。
「任せたって言われてもな」
とりあえず机を合わせてルーズリーフを1枚取り出す。
「藤崎さん、小説って書いたことある?」
「小学生の頃に国語の授業で絵本を作ったことはあるけどそれ以来かな」
「なるほど。となると設定は話しながら決めていこうか」
「なんか作家先生っぽいね」
藤崎さんが興味津々といった感じで机に身を乗り出した。
ルーズリーフに物語の軸となる設定を書き出していたのだが、そんなにじっと見られると緊張するな。
「最初にジャンルを決めようと思うけど初心者でも書きやすいのは恋愛かホラーかな」
「怖いの苦手だし恋愛がいいな」
藤崎さんがルーズリーフに書かれた恋愛の文字を丸で囲った。
「次は登場人物だな。同級生にするか先輩後輩にするか」
「うーん、迷うけど同級生で」
「同級生の恋愛で定番なものだと部活か学校行事になるけど……おい、そろそろ颯も話に参加しろって」
「それじゃあ王道の文化祭に1票」
颯がビシッと人差し指を立てる。
こいつ決断力はあるんだよな。
「私も文化祭でいいよ」
「了解。最後に書く順番か。起承転結を3人で分担するとしてオレが転と結を担当するよ。藤崎さんは最初か2番目だとどっちがいい?」
「新川くん、最初お願いしてもいい?」
「いいよ。任せて」
不安はあるけど颯もライトノベルをそれなりに読み込んでるし、話の組み立てに関しては問題無いだろう。
「んじゃ原稿用紙貰ってくるから颯からスタートな」
「はいよ」
—2—
オレ達のグループのテーマはスクールカーストを飛び越えた恋だ。
クラスの最下層に位置する内気な主人公『友陽』が1軍の女子『明日菜』に恋心を抱きながらもその想いを伝えてしまうと彼女の迷惑になると思い、自分の胸にそっとしまいながら生活を送る。
友陽のクラスは文化祭でお化け屋敷をすることになり、連日準備に取り掛かる。
カースト上位の1軍男子達からこき使われるも文化祭の成功を願う友陽は懸命に作業をこなす。
そんな友陽の姿を明日菜が見ていて。
「颯、これはアリなのか?」
ストーリーの立ち上がりとしては申し分のない出来なのだが、颯の原稿用紙の3枚目に視線を落としたオレと藤崎さんが目を合わせて難しい顔をする。
「まあ、ダメだったらそれはそれで没にしてくれればいいよ」
「まあ原稿用紙2枚は書いてるから問題はないか」
3枚目の右半分にはキャラクターイラストが、左半分にはヒロインの明日菜が友陽に笑いかけるシーンが描かれていた。
短時間で描かれたクオリティーとは思えない魅力的な仕上がりに同じクリエイターとして素直に尊敬してしまう。
が、授業のテーマがリレー小説なのでイラストが認められるかが怪しいところだ。
「次は私だね」
颯からバトンを受け取った藤崎さんがシャープペンを走らせる。
小学生の国語の授業以来とは言っていたが、筆に迷いがなくスラスラと物語が進んでいく。
普段から平和主義を掲げている藤崎さんだが、ストーリーは暗く重い方向へとシフトしていく。
1軍男子のリーダー『純正』による嫌がらせが過激化。
教室に響く怒声。
クラスメイトは誰もカースト上位の意見には逆らう事ができない。
純正は文化祭の準備を全て友陽に押し付けて仲間と遊びたい放題。
自分が犠牲になっている間は他の人が標的になる事はない。だから我慢するのは自分の役目だ。
友陽は自己犠牲の精神で理不尽に耐える。
そこに明日菜が寄り添い、優しい言葉を掛ける。
好きな人を守る為には変わらないといけない。
明日菜との接触で友陽の中にそんな感情が芽生え始める。
そして、いよいよ運命の文化祭当日を迎える。
「どうかな?」
原稿を読んでいたオレの顔を藤崎さんが心配そうに覗き込む。
「リアリティーがあって凄く面白いよ。特に友陽の名前の由来が語られるシーンにはグッときた」
「秋斗よりも才能があるんじゃないのか?」
「新川くん、嬉しいけどそれは言い過ぎだよ。登場人物に感情移入したら思ったよりもスラスラ書けて自分でもビックリしてる」
「それを才能って言うんだよ。よしっ、後はオレがみんなを結末まで導く」
軽く目を閉じ、息を大きく吐き出す。
「やっぱり集中した秋斗はカッコイイな」
キャラクターと自分がリンクしたような感覚。
台詞も自然と浮かんでくるし、情景もまるで自分が物語の中に入り込んだかのように鮮明に映る。
スポーツ選手で言うところの極限状態『ゾーン』と似た感覚がごく稀にクリエイターにも起こる。
1枚、もう1枚と原稿用紙が文字で埋め尽くされていく。
物語は中盤からクライマックスへ。
文化祭の最中にトラブルが発生。
他校の男子生徒の集団がお化けに扮した女子生徒の体を意図的に触ったのだ。
被害に遭う女子生徒の悲鳴。
明日菜から助けを求められた友陽は勇気を振り絞って男子生徒に立ち向かう。
拳を顔面に喰らって倒されても好きな人を守る為だったら立ち上がる。そうやって自分の殻を破っていく。
一瞬の隙をつき、男子生徒の注意を引いた友陽は明日菜の手を引いて教室から飛び出し、夢中で体育館の裏まで走った。
息を整えていると体育館から軽音楽部の演奏が聞こえてくる。
背中を壁に預け、2人でのどかな田舎の風景を眺める。
何気ない会話をするかのように友陽が明日菜に想いを伝え、明日菜もそれに答える。めでたし、めでたし。
「流石は秋斗だな。読み終わった後の余韻が凄いわ」
「話の展開がジェットコースターみたいに勢いがあって面白かった。ラストもハッピーエンドで良かった」
2人の反応を見るに満足してもらえたようで良かった。
「一応タイトルも考えたんだけど『君のヒーローになりたくて』でどうかな?」
「異議なし!」
「いいと思う」
満場一致でタイトルも決まり、オレ達の作品は無事完成した。
1週間後の現代史の授業でオレ達の作品が投票数首位に選ばれるのだが、この時はまだ知らない。