「はぁ……、はぁ……」
二週間後の日曜日の朝。私は悪夢に叩き起こされた。内容は、私の小学生の頃の体験を鮮明に映したものだ。ずっと昔から月に一、二度ほど見せられるので、わりと見慣れたものではある。
だけど、何度見ても嫌なものに変わりはない。数少ない友達が、冷たい目をして私のことを見放し、同級生の男の子からから執拗な嫌がらせをされるのは、悲しくて、きつくて、耐えられないくらい辛い。私は汗でメルちゃんを、汗でベチャベチャになっている手で、ぎゅっと抱き寄せた。
「メルちゃん、たすけてよぉ……」
私は、悲痛な思いをメルちゃんにそっと呟いた。
それからお昼を少し過ぎたところで、私は家を出た。自転車をこぎ、しばらくすると店に着く。着いてすぐに私は、店内をぐるっと一望する。すると、あの約束通り、朱里ちゃんはいた。
「ナナさーん! こっちです、こっち!」
朱里ちゃんは私を見つけるなり、ご主人様を見つけた飼い犬のように手を振ってくれる。それに導かれるように、朱里ちゃんの方へ向かった。
「約束通り来てくれたんですね! またお会いできてうれしいです!」
朱里ちゃんのところに来るなり、私を強く抱きしめた。
「私も、また朱里ちゃんに会えてうれしいわ」
私も同じように、朱里ちゃんを抱き寄せてあげる。すると、朱里ちゃんは、まんざらでもないような顔をしていた。
「な、ナナさんっ。一つ、お願いしてもいいですか?」
「なーに?」
「頭を、撫でてもらってもいいですか?」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
そんなことを思っていると、朱里ちゃんの体温がまた一段と上がってくた。朱里ちゃんの顔は見えない。だけど、恥ずかしそうに顔を赤くしている様子が頭に浮かぶ。
そう考えると朱里ちゃんが、また一段とかわいいと感じる。そして気がつくと、私は右手を頭にそっと添えていた。
「え、えっと。こんな感じでいいかしら?」
私は右手で優しく撫でてあげた。朱里ちゃんは軽くうんうんと頷いて、これでいいということを教えてくれる。それがわかると、私はまた撫で始めた。
撫でてみてわかったことがある。朱里ちゃんの髪はエーブのかかった癖毛だけど、触ると凄くふわふわしている。
この感触がとても気持ちいい。そして撫でるごとに、ブラウンの髪が波を立てるように動いてくれる。それが今の私には何よりも美しく見えた。
撫でられている朱里ちゃんも気持ちがいいのか、うっとりとしたしている。すると、
「ナナさんだいしゅきぃ……。もっと、なでてぇ……」
と私を誘うかのように、妖艶な声でぼそっと呟いた。この一言で、私の理性というリミッターのたがが外れた。
撫でたい! もっと撫でていたい!
撫でれば撫でるほど、いつまでも撫でたくなるような感覚に陥っていく。次第に私たちは、ここがどこなのかさえも忘れてしまいそうだった。
「はーい、ストップストップ」
美奈さんの一声で、私たちは現実空間に引き戻され、急いで離れた。
「まったく、人前で堂々といちゃついて……。羨ましすぎて嫉妬しちゃうよホントっ」
美奈さんは呆れかえっているようだった。我に返った私は、恥ずかしさで顔から火が出そうになっていた。
「まっ、次から気をつけてね」
そう言い残して、美奈さんはレジへと戻っていった。それからお互いの間に気まずい雰囲気が漂い、何も話せずにいた。その後しばらくして、沈黙を破ったのは朱里ちゃんの一言だった。
「怒られちゃいましたね」
朱里ちゃんが申し訳なさそうに小声で言った。私は、朱里ちゃんをフォローした。だけど、朱里ちゃんの顔は暗いままだ。そうしているうちに、お互いの間にまた、微妙な空気が漂い始めてしまった。
「…………。この件は、これで終わりにしましょう」
「そうね。それがいいわね」
とりあえず、お互い自分を責めるのを止めることにした。
「けど、久々に人に頭を撫でてもらって凄くうれしかったです」
朱里ちゃんは私に撫でられたところを、自分で撫でていた。その表情からも、撫でられてうれしかったということが十分に伝わってくる。それを見て撫でてあげてよかったなと、実感できた。
「そうね。私も頭を撫でるのは気持ちよかったわ」
「本当ですか!? そう言ってもらえるとうれしいです!」
朱里ちゃんにいつも笑顔が戻ってくる。私もこれで少し安心できた。
「なんでしょう。撫でてもらえた時、小さい頃あの人に撫でてもらった感覚が蘇ってきて、」
「あの人?」
「な、なんでもないです! 気にしないでください! 別の話をしましょっ!」
不自然なほどに、朱里ちゃんは話を逸らした。あの人のことが気になったけど、詮索をしないことにした。朱里ちゃんにだって、聴かれたくない秘密はあるだろうし。
「前にナナさんに教えてもらったアドバイス。あれを伝えてあげたんですけど、上手くいったって、すっごくよろこんでましたよ!」
朱里ちゃんはまるで自分の事のように、顔を輝かやかせていた。それにつられて、私も頬が緩んでいた。
私としては、上手くいったということもうれしかった。だけど、朱里ちゃんやその親戚の子に喜んでもらったことの方が、もっとうれしく感じられた。
「本当にナナのお陰です。その親戚の子も、また色々相談したいって言ってくれました。そこで、少し相談したいことがあるんですど……」
朱里ちゃんは決まりが悪そうな顔をして、目線を私から少し外していた。私はどんな相談をしてくるのだろうかと、身構える。
だけど、朱里ちゃんは中々言い出さない。居ても立っても居られなくなったので、私の方から聞いてみることにした。
話を聞くと、どうやら私のアイデアが親戚の子の勘違いで、朱里ちゃんのアイデアということで伝わってしまったらしい。
それで親戚の子からまた色々と、相談されてしまったそうだ。断ろうと思えば断れたが、ぐいぐいと迫られ結局断れず、相談に乗ってしまったと。もちろん、何も出せるわけがなく、また私にアドバイスを求めていたようだ。
「ごめんなさい! ナナさんのアイデアなのに、私のアイデアみたいにしちゃって。その上また頼ろうなんて。厚かましい、ですよね」
「いやいや、そんなことないわよ。ちゃんとその子のためになったんだし。それに、また頼ってもらえてうれしいわ」
また朱里ちゃんがしょんぼりとしていたので、私は必死にフォローをしてあげた。
「そうは言っても、今回のは前のよりも難しくて……」
それから、朱里ちゃんは詳細を話してくれた。中身をざっくりと言うと、好きな先輩から抱きしめられたい、というものだ。
確かに難しい。恋人同士ならまだしも、部活でちょっと仲のいい先輩相手では、かなり無理がある。
「確かに、難しいわね」
「ですよね。それに、ここで長時間考えるのもどうかと思いますし……。なので、L○NEとかでやり取りしませんか?」
「あっ、ごめんなさい。L○NEはやってないから、メールでいいかしら?」
私は嘘を吐いた。本当はL○NEのアカウントは持っている。だけど、このアカウントでやり取りをすれば、間違いなく私の正体がばれてしまう。
だから、L○NEは使えない。心苦しいけど、そうするしかなかった。
「メール、ですか」
朱里ちゃんは、首をかしげ悩んでいるようだった。そりゃそうだ。イマドキの女子高生はメールなんて使わない。使わないものでやり取りをするのは、あまり効率的ではない。
さて、朱里ちゃんはどう返事をするだろうか。断られたらどうしようか。私は、次の手段を考え始めた。
だけど、朱里ちゃんは私の予想とは違う反応を見せた。
「いいですよ。なんか、特別な感じがするんで、メールでしましょ」
と言って、スマートフォンを差し出して、メールアドレスを見せた。私は少し面喰ったが、朱里ちゃんのメールアドレス打ち込み、空メールを送った。
「ありがとうね。今、空メール送ったから、登録しておいてね」
「はーい! わかりました!」
朱里ちゃんはうれしそうに、スマホの画面を見ていた。
それから、私と朱里ちゃんのメールでのやり取りが始まった。それとともに、学校での付き合い方も、変化し始めていった。
二週間後の日曜日の朝。私は悪夢に叩き起こされた。内容は、私の小学生の頃の体験を鮮明に映したものだ。ずっと昔から月に一、二度ほど見せられるので、わりと見慣れたものではある。
だけど、何度見ても嫌なものに変わりはない。数少ない友達が、冷たい目をして私のことを見放し、同級生の男の子からから執拗な嫌がらせをされるのは、悲しくて、きつくて、耐えられないくらい辛い。私は汗でメルちゃんを、汗でベチャベチャになっている手で、ぎゅっと抱き寄せた。
「メルちゃん、たすけてよぉ……」
私は、悲痛な思いをメルちゃんにそっと呟いた。
それからお昼を少し過ぎたところで、私は家を出た。自転車をこぎ、しばらくすると店に着く。着いてすぐに私は、店内をぐるっと一望する。すると、あの約束通り、朱里ちゃんはいた。
「ナナさーん! こっちです、こっち!」
朱里ちゃんは私を見つけるなり、ご主人様を見つけた飼い犬のように手を振ってくれる。それに導かれるように、朱里ちゃんの方へ向かった。
「約束通り来てくれたんですね! またお会いできてうれしいです!」
朱里ちゃんのところに来るなり、私を強く抱きしめた。
「私も、また朱里ちゃんに会えてうれしいわ」
私も同じように、朱里ちゃんを抱き寄せてあげる。すると、朱里ちゃんは、まんざらでもないような顔をしていた。
「な、ナナさんっ。一つ、お願いしてもいいですか?」
「なーに?」
「頭を、撫でてもらってもいいですか?」
いきなり何を言い出すんだこの子は。
そんなことを思っていると、朱里ちゃんの体温がまた一段と上がってくた。朱里ちゃんの顔は見えない。だけど、恥ずかしそうに顔を赤くしている様子が頭に浮かぶ。
そう考えると朱里ちゃんが、また一段とかわいいと感じる。そして気がつくと、私は右手を頭にそっと添えていた。
「え、えっと。こんな感じでいいかしら?」
私は右手で優しく撫でてあげた。朱里ちゃんは軽くうんうんと頷いて、これでいいということを教えてくれる。それがわかると、私はまた撫で始めた。
撫でてみてわかったことがある。朱里ちゃんの髪はエーブのかかった癖毛だけど、触ると凄くふわふわしている。
この感触がとても気持ちいい。そして撫でるごとに、ブラウンの髪が波を立てるように動いてくれる。それが今の私には何よりも美しく見えた。
撫でられている朱里ちゃんも気持ちがいいのか、うっとりとしたしている。すると、
「ナナさんだいしゅきぃ……。もっと、なでてぇ……」
と私を誘うかのように、妖艶な声でぼそっと呟いた。この一言で、私の理性というリミッターのたがが外れた。
撫でたい! もっと撫でていたい!
撫でれば撫でるほど、いつまでも撫でたくなるような感覚に陥っていく。次第に私たちは、ここがどこなのかさえも忘れてしまいそうだった。
「はーい、ストップストップ」
美奈さんの一声で、私たちは現実空間に引き戻され、急いで離れた。
「まったく、人前で堂々といちゃついて……。羨ましすぎて嫉妬しちゃうよホントっ」
美奈さんは呆れかえっているようだった。我に返った私は、恥ずかしさで顔から火が出そうになっていた。
「まっ、次から気をつけてね」
そう言い残して、美奈さんはレジへと戻っていった。それからお互いの間に気まずい雰囲気が漂い、何も話せずにいた。その後しばらくして、沈黙を破ったのは朱里ちゃんの一言だった。
「怒られちゃいましたね」
朱里ちゃんが申し訳なさそうに小声で言った。私は、朱里ちゃんをフォローした。だけど、朱里ちゃんの顔は暗いままだ。そうしているうちに、お互いの間にまた、微妙な空気が漂い始めてしまった。
「…………。この件は、これで終わりにしましょう」
「そうね。それがいいわね」
とりあえず、お互い自分を責めるのを止めることにした。
「けど、久々に人に頭を撫でてもらって凄くうれしかったです」
朱里ちゃんは私に撫でられたところを、自分で撫でていた。その表情からも、撫でられてうれしかったということが十分に伝わってくる。それを見て撫でてあげてよかったなと、実感できた。
「そうね。私も頭を撫でるのは気持ちよかったわ」
「本当ですか!? そう言ってもらえるとうれしいです!」
朱里ちゃんにいつも笑顔が戻ってくる。私もこれで少し安心できた。
「なんでしょう。撫でてもらえた時、小さい頃あの人に撫でてもらった感覚が蘇ってきて、」
「あの人?」
「な、なんでもないです! 気にしないでください! 別の話をしましょっ!」
不自然なほどに、朱里ちゃんは話を逸らした。あの人のことが気になったけど、詮索をしないことにした。朱里ちゃんにだって、聴かれたくない秘密はあるだろうし。
「前にナナさんに教えてもらったアドバイス。あれを伝えてあげたんですけど、上手くいったって、すっごくよろこんでましたよ!」
朱里ちゃんはまるで自分の事のように、顔を輝かやかせていた。それにつられて、私も頬が緩んでいた。
私としては、上手くいったということもうれしかった。だけど、朱里ちゃんやその親戚の子に喜んでもらったことの方が、もっとうれしく感じられた。
「本当にナナのお陰です。その親戚の子も、また色々相談したいって言ってくれました。そこで、少し相談したいことがあるんですど……」
朱里ちゃんは決まりが悪そうな顔をして、目線を私から少し外していた。私はどんな相談をしてくるのだろうかと、身構える。
だけど、朱里ちゃんは中々言い出さない。居ても立っても居られなくなったので、私の方から聞いてみることにした。
話を聞くと、どうやら私のアイデアが親戚の子の勘違いで、朱里ちゃんのアイデアということで伝わってしまったらしい。
それで親戚の子からまた色々と、相談されてしまったそうだ。断ろうと思えば断れたが、ぐいぐいと迫られ結局断れず、相談に乗ってしまったと。もちろん、何も出せるわけがなく、また私にアドバイスを求めていたようだ。
「ごめんなさい! ナナさんのアイデアなのに、私のアイデアみたいにしちゃって。その上また頼ろうなんて。厚かましい、ですよね」
「いやいや、そんなことないわよ。ちゃんとその子のためになったんだし。それに、また頼ってもらえてうれしいわ」
また朱里ちゃんがしょんぼりとしていたので、私は必死にフォローをしてあげた。
「そうは言っても、今回のは前のよりも難しくて……」
それから、朱里ちゃんは詳細を話してくれた。中身をざっくりと言うと、好きな先輩から抱きしめられたい、というものだ。
確かに難しい。恋人同士ならまだしも、部活でちょっと仲のいい先輩相手では、かなり無理がある。
「確かに、難しいわね」
「ですよね。それに、ここで長時間考えるのもどうかと思いますし……。なので、L○NEとかでやり取りしませんか?」
「あっ、ごめんなさい。L○NEはやってないから、メールでいいかしら?」
私は嘘を吐いた。本当はL○NEのアカウントは持っている。だけど、このアカウントでやり取りをすれば、間違いなく私の正体がばれてしまう。
だから、L○NEは使えない。心苦しいけど、そうするしかなかった。
「メール、ですか」
朱里ちゃんは、首をかしげ悩んでいるようだった。そりゃそうだ。イマドキの女子高生はメールなんて使わない。使わないものでやり取りをするのは、あまり効率的ではない。
さて、朱里ちゃんはどう返事をするだろうか。断られたらどうしようか。私は、次の手段を考え始めた。
だけど、朱里ちゃんは私の予想とは違う反応を見せた。
「いいですよ。なんか、特別な感じがするんで、メールでしましょ」
と言って、スマートフォンを差し出して、メールアドレスを見せた。私は少し面喰ったが、朱里ちゃんのメールアドレス打ち込み、空メールを送った。
「ありがとうね。今、空メール送ったから、登録しておいてね」
「はーい! わかりました!」
朱里ちゃんはうれしそうに、スマホの画面を見ていた。
それから、私と朱里ちゃんのメールでのやり取りが始まった。それとともに、学校での付き合い方も、変化し始めていった。