(さてと、どうしようか)

 誤魔化し笑いをしている早希乃をよそに、太樹は自分がその男の子で、早希乃が引っ越した後にどうなったのかを言おうかどうかを真剣に考えていた。

(自分がその子かどうか信じてもらえるかはわからない。まあ、早希乃は運命の子だったのねとか言って信じるかもしれないけど、ただ信じた時に、僕のその後の経過を話したら)

 そこが太樹の考える大きな問題だった。信じてもらえなければ信じてもらえないで、太樹は別に構わないのだ。だが、早希乃が信じてしまった場合、今でなくともいつかは必ず太樹の過去についても知ってしまうことになる。それが太樹の思っている最も大きな問題だ。

 早希乃は今でもその子が幸せに過ごしていると思い込んでいる。ここで太樹だということを信じてその後を知ってしまえば、その夢はあっさり破壊される。

 それだけならまだいいが、太樹がイジメられていた原因は間接的ではあるが、早希乃がいたから起きたと考えることもできる。当然早希乃は何も悪くないが、その子の今を知った精神的ショックから、自分の所為だと悩み苦しむことも考えられる。

 太樹は決して早希乃にその後のことで悩んだり苦しんだりして欲しくなかった。もちろん自分がその子であることを信じてもらい、そのまま付き合いたいと望んでいる。だが、そのために早希乃を苦しめるようなことだけは避けたかった。

 話すべきか、それとも話さずに夢を壊さないようにするか、太樹は十分の時間がまるで永遠のように感じるくらい悩み考えた。

(いっそ嘘ついて誤魔化して切り抜けようか? いや、僕のコミュ力じゃ嘘ついたところでバレる。そうなったらもっと最悪の事態になる。じゃあどうすれば……)

 考えど考えど、自分に出来るであろう最高の選択が見つからない。むしろどんどん使えない案しか浮かばなくなってきた。そうしてる間も時間だけが流れるように過ぎていき、月が東南東の空へと高く登っていく。

 しばらくして涼しげな風が穏やかに吹いた時だった。

「さてと、もうずいぶん時間も経ったみたいだし、そろそろ帰ろうか」

 立ち上がるなり早希乃は満足げな表情でそう言った。

 太樹が偶々ポケットに入っていたスマホのディスプレイを見ると、九時四十二分を示していた。確かに、帰ろうかと言われても仕方がない時間だ。

「ありがとうね、太樹くん。案内してくれて。おかげであの子との思い出がまた一段といいものになりそうだわ」

 充実感溢れる早希乃とは違い、太樹はどうしようかという焦りでいっぱいだった。

(ちょっと待ってくれ。今どうしようかと考えてるんだ。もうちょっとで、もう少しで!)

「ん?どうしたの太樹くん?」

 落ち着きのない太樹を見て、心配そうに早希乃は見つめている。早希乃に声を掛けられたことで、太樹はさらに焦り出した。

「え、えっと……そ、そういえば最近自分の昔の事を思い出しちゃって、それが早希乃さんの話に似てたなあ、なんてね…」

 言い終わった後に太樹は、焦って言ってしまったことを後悔した。

「えっ、どんな話?凄く気になるんだけど?」

 早希乃はその話に興味津々だ。もちろん太樹は、どう話を展開していくのかを全く考えていない。しかし、言ってしまった以上はなんとしてでも繋げなければいけない。

(えーい! 後は野となれ山となれだ! とにかく話そう。変になってもいいから、とにかく話そう)

 太樹は覚悟を決めた。ひとまず落ち着くために一度深呼吸をすると、太樹自身もびっくりするくらい頭が冴え始めた。