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 「うわぁ、愛美ちゃんの周りの子って強烈なんだねぇ」

 「うん。優里はもともとすごいオシャレだし、友達も多いしSNSのフォロワーもたくさんいるから、敵に回すとちょっと怖くて……」

 バイト先のカフェから少し先にある小さな公園のベンチに座って、私は梨々花に学校での一件を打ち明けていた。

 梨々花は変わらず週に二日、火曜日と金曜日にうちのカフェに来てくれる。

 あの日、カフェの常連客だった彼女に『友達になろう』と言われてからというもの、少しずつ会話を重ねるようになった。

 お店が暇なときやお客さんが誰もいないときは、彼女に勉強を教えてあげるようになって、そして今ではこうして仕事終わりに一緒に過ごしている。

 バイト終わりの、真夜中の公園は空気がとても澄んでいた。

 六月の夜風はふんわりと私達を包み込んでくれて、てっぺんに登った月がとても眩しく感じる。

 「でもさ?そうなると、その紗奈って子は今クラスで孤立してるってこと?」

 「どうなんだろう。他のクラスにも友達はいると思うけど、クラスの中では誰とも話してなかったかもしれない」

 「どうしてそんなことになっちゃったのか、理由は聞いた?」

 「それがね……」


 『どうしてこんなことになったの?』

 優里にそう尋ねたとき、横から割って入るように声を上げたのは知夏だった。

 優里の彼氏を紗奈が奪ったのだ、と。

 まるで一人で自分の席についていた紗奈に、ワザと聞かせるかのように声を張り上げて。

 同じクラスの人達は、それまで仲が良かった優里と紗奈が一緒にいないことに違和感を感じているのか、私達の会話に聞き耳を立てているのがすぐに分かった。

 あのときはあまりの居心地の悪さに、言葉が何も出てこなかった。

 
 「それで、愛美ちゃんは優里ちゃんと紗奈ちゃん、どっちと一緒にいることにしたの?」

 「それが、すぐに決められなくて……今日はお昼で学校サボっちゃった」

 優里側につくのか、ひとりぼっちになった紗奈のほうへ行くのか。

 そんな選択をすぐにできるわけがないと思っていたけれど、お昼休みにはどちらと一緒にお弁当を食べるか選ばなければならなかった。

 お母さんにはしこたま怒られたけれど、今の私にはあの場から逃げることしかできなかった。

 それに加えて、これまで一緒にいた友達のどちらかを選ぼうとしている私自身にも嫌気がさす。頭の中は常に、どうしてこんなことになっちゃったの?と疑問を持つばかりだ。

 「梨々花ならどうする?」

 「うーん、そうだね。私なら、まずは二人の意見を聞いてみるかな」

 「それでどっちを選ぶか決めるってこと?」

 「ううん、どっちも選ばないよ」

 「え?」

 「どちらか選べば、どちらかは敵になっちゃうってことでしょ?だったらあたしはどっちも選ばないで、一人になることを選ぶかもしれないなぁ」

 ……一人になる?私が?

 梨々花の返答を聞くまで、自分の中にそんな選択肢すらなかったことに気がついた。

 きっと私は無意識に自分が一人にならないようなことばかり考えて、優里につくべきか紗奈といるべきかを悩んでいた。

 「……やっぱり梨々花は大人だね。自分が一人になるなんて、私考えたことすらなかったな」

 「──……そっちのほうが、楽だからだよ」

 「え?」

 梨々花のくぐもった声に振り向いたとき、彼女はバッと顔をあげて私のほうを見た。

 「ねぇ!暗い話題はもうやめて、楽しい話をしようよ!」

 「楽しい、話?」

 「そう!たとえば恋バナとか!」

 「こ、恋バナ!?私、ネタなんて一つもないよ!?」

 「嘘だぁ!彼氏はいなくても、好きな人くらいいるでしょー?」

 疑い深く目を細めて私を見る梨々花。あぁ、こんなふうに楽しい会話をしたのっていつぶりだろう。

 学校にいるとき、無意識に張り詰めていたものが、ゆっくりと解けていくような気がした。


 「一年生のときから、いいなって思う人はいる、けど」

 「わー!どんな子!?名前は!?イケメン!?何部!?」

 「でも、彼女がいるって噂があって……。それに、私なんかが彼女になれるわけないしね」


 高校に入学して、一年生のときからずっと同じクラスの青葉くん。

 背が高くて、優しくて、みんなから人気のある彼には、声をかけることさえままならない。


 「でもそれってただの噂でしょ?本当は彼女じゃなかったっていう可能性もあるから、諦めるのはまだ早いよ愛美ちゃん」

 「青葉くんはね、雲の上のような人なの。声をかける口実さえなかなか見つけられないっていうか」

 「愛美ちゃん!雲の上なんてないよ?みんな一緒。むしろ同じクラスならラッキーって思わなくちゃ!」

 「……だけど」

 「恋ってさ、タイミングだってあたしは思うんだよね。だからチャンスがあったら絶対逃しちゃダメ!自分からアタックしないと、理想の恋は絶対実らないんだからね!」

 「ふふっ!梨々花ってば、恋愛アドバイザーみたい」

 体を前のめりにしながら強い口調でそう言った梨々花に、なんだか笑いが込み上げた。

 それと同時に、私のことでこんなふうに真剣になってくれる姿に嬉しさが込み上げてくる。

 「そんな恋愛マスターな梨々花はどうなの?今、彼氏とかいるの?」

 「……見たい?」

 「え、見たいに決まってる!」

 そういうと、梨々花は得意そうにスマホを取り出して私に見せた。

 スマホ画面の背景には、一人の男の子の写真が映し出されている。

 「うわぁ、これが梨々花の彼氏なの!?イケメンじゃん!」

 「中根くんっていうの」

 「えー、羨ましい……!美男美女カップルだ」

 「愛美ちゃんだってすっごく可愛いよ?だからね、私なんかって言って可能性を縮めたらダメ。自分の幸せは、自分で掴み取るの。誰にも左右されちゃいけないよ?」

 「梨々花にそう言ってもらえると、なんか勇気出た」

 「あたしは本気で愛美ちゃんの幸せを願ってるから!友達のことも、彼のことも頑張ってね!」

 私の手を取って、ギュッと握ってくれたその力加減とあたたかさが、私は一人じゃないと証明してくれているようだった。