「ご来店、ありがとうございました……」

 自分でも驚くくらいの素っ気ない声に、また一つ、心の中に嫌悪感が走った。

 いくらおばあちゃんが経営しているカフェでお手伝いとして働いているとはいえ、これは仕事なのだから。『もっとしっかりしないと、頑張れ私』と強く自分に言い聞かせた。


 けれど、どんなに自分を鼓舞してみたところで、私の気持ちは一ミリも上を向いてはくれない。むしろ『何をどう頑張ればいいわけ?』と自分自身に盾突いて、解決策が一つもないことにまた落ち込む有り様だ。

 「……」

 最近、すべてがうまくいっていない気がする。

 両親は毎日のように喧嘩しているし、高校二年生に進級した途端、先生達は口を揃えて進路と勉強のことばかり言うようになった。

 そんな環境下で、唯一の救いだったはずの四人グループは、少しずつ空気が悪くなってきてとても居心地が悪い。

 そして、追い討ちをかけるように先日耳にした噂。

 入学したときから密かに思いを寄せていた人には……どうやら彼女がいるみたいだ。


 自分が将来何になりたいかだなんて、そんなのすぐに決められるわけないのに。それなのに担任の先生はしきりに進路調査や面談ばかりするし、二言目には受験の話ばかりする。

 そんな重い空気を少しでも和らげたいのに、家でも常に張り詰めた状態が続いているし、こんな状況をいつも一緒にいる優里たちに相談したくても、今はそれどころじゃないから誰かに打ち明けることもできずにいる。

 一体なにがあったっていうの?どうして紗奈だけメッセージグループから追い出したりしたの?

 お願いだから、これ以上面倒なことしないでよ。


 「……っ」

 私がこうして本音を言えるのは、いつだって自分の心の中だけ。本当は臆病で、怖がりで、情けない奴だから、本人達にはそんなこと絶対に言えない。

 誰にも言えないから、募っていくだけの思いは捌け口という名の解決策をいつも探し回っている。

 だけど一向にその解決策が見つけられなくて、私は今日も、ため息ばかりの冴えない一日を過ごしている。


 「……はぁ」
 
 夜八時のカフェの店内には、仕事終わりなのかスーツ姿のお客さんと、友達と楽しそうにスイーツを食べる人達でにぎわっていた。

 みんなそれぞれ好きなことをして、楽しそうに笑っている姿は私よりもうんと輝いて見える。そんな光景を見て、私の今の状況と比較して、またさらに視線をグッと下げたとき、カランッとお店の扉が開く音が店内に鳴り響いた。


 「(お客さんだ)」

 私は『次こそ明るい声で』と意識しながら、メニュー表を手に持って、新たにやってきたお客さんの元へ向かった。