朝食を食べ終え、沙苗は湯飲みにお茶を注いで差し出す。
ありがとう、と景虎は言い、口をつける。
「いかがですか? 昨日が濃すぎたので、すこし薄めに淹れてみたのですが」
「これくらいなら丁度いいな」
「分かりました。じゃあ、明日からこれくらいの濃さにしますね」
「それから……」
「はい?」
景虎は大きく『ぬ』と書かれた紙を卓袱台においた。
「昨日、お前が書いたものをみせてもらった」
「ど、どうでしたか?」
どきどきする。
「よく書けてる。はじめてにしては上出来だ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
沙苗はついつい気分が高揚するあまり、大きな声を出してしまう。
はっとし、「し、失礼しました」と今さら口を閉じた。
「構わん。『ぬ』が苦手のようだから、手本にできるように書いてみた」
「ありがとうございます!」
沙苗は、景虎の書いてくれた『ぬ』をまじまじと見つめる。
「さすがは景虎様! とても綺麗です……!」
こんな風に自分も書けたらいいのに。
いや、書けるように頑張ろうと、ますます文字の読み書きへのやる気があがる。
景虎はきょとんとした顔をする。
「景虎様? どうされたんですか?」
「あ、いや……」
「すみません。私、少しはしゃぎすぎてしまって……恥ずかしい姿を見せてしまいました」
「それでやる気があがるのなら、それに越したことはない」
景虎は緑茶を飲み、もう一枚の紙を卓袱台におく。
「ところで聞きたいことがあるんだが、これはなんだ?」
「え! どうしてそれを!」
「お前が自分で俺の文机においたんだろう」
「……それは間違いです! 置くつもりはなくって……あの……す、捨てるつもりでした!」
きっと後で捨てようと思っている間に、そのことをすっかり忘れて、他の紙と一緒に文机においてしまったのだろう。
沙苗は恥ずかしさのあまり、その紙を掴もうとするが、それよりも景虎がとりあげるほうが早かった。
「それはそれだ。ここに描かれているものは何だ? 純粋に疑問に思ったんだ」
「それは……あの…………です」
「? よく聞こえなかった」
俯き気味の沙苗は顔が、どんどん火照る。
「……い、犬でございます!」
景虎は、まぢまぢと紙を見る。
――景虎様、そんなによーく見ないで下さい……!
穴があったら入りたいというのはまさにこのこと。
「お前もなかなか絵心があるようだな」
景虎はあいかわらずの心のうちを読ませない無表情だったが、心なし声が高くなってる気がする。
燃えるように頬が火照る。
「か、からかわないでください……。何度かこっちのほうも練習してみたのですけど、景虎様のようにうまくはいきませんでした」
「絵は練習する必要はないだろう」
「で、ですから、これは落書きだったんです……」
「ま、こっちもうまくかけたら見せてくれ」
「……い、意地悪です」
「そうか? 俺はおまえが提出してくれたから講評しただけだ」
二人の間にやわらかな空気が流れる。
ううう、と沙苗は俯く。
――どうしてこういう時に、三船さんが来てくれないの!
関係ない、景虎の秘書に当たってしまう。
「帝都はどうだ?」
不意に話が変わった。
「そうですね。あいかわらず人がたくさんで眼が回ってしまいそうです」
「まあ、里から来たんだ。馴れないのは当然か。相談だが、今週の日曜は非番なんだが、もしお前に何も予定がなければどこかへ出かけないか?」
「! 出かける……? ど、どなたと、ですか?」
「俺とお前に決まってるだろう」
「か、景虎様とご一緒に?」
「そう言ってるだろ。お前が嫌でなければ」
「嫌だなんて! ぜひ、お願いします!」
「分かった。どこに行きたいか、何をしたいか、考えておけ。できるかぎり、お前の要望を叶えよう」
「ありがとうございますっ」
「これも契約の一環だからな」
「そうなんですか?」
「帝都が嫌になって、逃げられても困る」
「そんなことしませんけど」
「可能性の話だ」
契約結婚の維持のためとはいえ、景虎から提案してくれることが嬉しい。
理由はどうあれ、彼の大切な時間を沙苗のために使ってくれるというのだから。
そこへ、いつものように三船が迎えに来る。
「行ってくる」
景虎はそう言って立ち上がった。
ありがとう、と景虎は言い、口をつける。
「いかがですか? 昨日が濃すぎたので、すこし薄めに淹れてみたのですが」
「これくらいなら丁度いいな」
「分かりました。じゃあ、明日からこれくらいの濃さにしますね」
「それから……」
「はい?」
景虎は大きく『ぬ』と書かれた紙を卓袱台においた。
「昨日、お前が書いたものをみせてもらった」
「ど、どうでしたか?」
どきどきする。
「よく書けてる。はじめてにしては上出来だ」
「本当ですか!? 嬉しいです!」
沙苗はついつい気分が高揚するあまり、大きな声を出してしまう。
はっとし、「し、失礼しました」と今さら口を閉じた。
「構わん。『ぬ』が苦手のようだから、手本にできるように書いてみた」
「ありがとうございます!」
沙苗は、景虎の書いてくれた『ぬ』をまじまじと見つめる。
「さすがは景虎様! とても綺麗です……!」
こんな風に自分も書けたらいいのに。
いや、書けるように頑張ろうと、ますます文字の読み書きへのやる気があがる。
景虎はきょとんとした顔をする。
「景虎様? どうされたんですか?」
「あ、いや……」
「すみません。私、少しはしゃぎすぎてしまって……恥ずかしい姿を見せてしまいました」
「それでやる気があがるのなら、それに越したことはない」
景虎は緑茶を飲み、もう一枚の紙を卓袱台におく。
「ところで聞きたいことがあるんだが、これはなんだ?」
「え! どうしてそれを!」
「お前が自分で俺の文机においたんだろう」
「……それは間違いです! 置くつもりはなくって……あの……す、捨てるつもりでした!」
きっと後で捨てようと思っている間に、そのことをすっかり忘れて、他の紙と一緒に文机においてしまったのだろう。
沙苗は恥ずかしさのあまり、その紙を掴もうとするが、それよりも景虎がとりあげるほうが早かった。
「それはそれだ。ここに描かれているものは何だ? 純粋に疑問に思ったんだ」
「それは……あの…………です」
「? よく聞こえなかった」
俯き気味の沙苗は顔が、どんどん火照る。
「……い、犬でございます!」
景虎は、まぢまぢと紙を見る。
――景虎様、そんなによーく見ないで下さい……!
穴があったら入りたいというのはまさにこのこと。
「お前もなかなか絵心があるようだな」
景虎はあいかわらずの心のうちを読ませない無表情だったが、心なし声が高くなってる気がする。
燃えるように頬が火照る。
「か、からかわないでください……。何度かこっちのほうも練習してみたのですけど、景虎様のようにうまくはいきませんでした」
「絵は練習する必要はないだろう」
「で、ですから、これは落書きだったんです……」
「ま、こっちもうまくかけたら見せてくれ」
「……い、意地悪です」
「そうか? 俺はおまえが提出してくれたから講評しただけだ」
二人の間にやわらかな空気が流れる。
ううう、と沙苗は俯く。
――どうしてこういう時に、三船さんが来てくれないの!
関係ない、景虎の秘書に当たってしまう。
「帝都はどうだ?」
不意に話が変わった。
「そうですね。あいかわらず人がたくさんで眼が回ってしまいそうです」
「まあ、里から来たんだ。馴れないのは当然か。相談だが、今週の日曜は非番なんだが、もしお前に何も予定がなければどこかへ出かけないか?」
「! 出かける……? ど、どなたと、ですか?」
「俺とお前に決まってるだろう」
「か、景虎様とご一緒に?」
「そう言ってるだろ。お前が嫌でなければ」
「嫌だなんて! ぜひ、お願いします!」
「分かった。どこに行きたいか、何をしたいか、考えておけ。できるかぎり、お前の要望を叶えよう」
「ありがとうございますっ」
「これも契約の一環だからな」
「そうなんですか?」
「帝都が嫌になって、逃げられても困る」
「そんなことしませんけど」
「可能性の話だ」
契約結婚の維持のためとはいえ、景虎から提案してくれることが嬉しい。
理由はどうあれ、彼の大切な時間を沙苗のために使ってくれるというのだから。
そこへ、いつものように三船が迎えに来る。
「行ってくる」
景虎はそう言って立ち上がった。