お昼になると沙苗はお茶葉を買いに出かける。

 はじめての一人でのおつかいだ。
 とはいえ、木霊たちも一緒に来てくれるから厳密に一人ではないけど。

「みんな。お手伝い、よろしくね」

 木霊たちが任せろと、沙苗の肩の上で飛び上がる。

 ――お店のたたずまいでお茶屋さんが分かればいいんだけど。

 こういう時に文字が読めないと苦労する。
 商店街は、たくさんの人たちが行き来している。

 ――人の流れを見過ぎると目が回りそう。

 沙苗と木霊たちはキョロキョロしながらお茶屋さんを探す。
 本当にたくさんのお店が並んでいる。
 これだけの品物を一体どこから調達してくるのだろう。

 ――こんなにたくさんの人たちがこの街には住んでるんだから、多すぎるっていうことはないのよね。きっと。

 木霊に服を引っ張られると、お茶屋さんがあった。
 文字は読めなくても、お店の前の急須の張り紙がある。

「教えてくれてありがとう」

 照れたみたいにもじもじする木霊の姿にくすっと微笑みつつ、お店の中に入る。

「ご、ごめんください」
「いらっしゃいませ!」

 元気な中年男性が迎えてくれる。

「お茶葉と、急須を頂きたいのですけど」
「かしこまりました。茶葉はどれにしましょう」
「どれ?」
「種類です。ご希望はありますか?」
「お茶って種類があるんですか?」
「地域ごとに特色があるんですよ。甘みがあったり、風味が他のものにくらべるとぐんっと良かったり、飲み口が軽かったり」
「え、えっと……」

 お茶は緑色の一種類とばかり思っていたから混乱してしまう。

「ちょっと若い人には分かりにくいたかな。おすすめでいいですか?」
「あ、お願いします」
「かしこまりました」

 店に並べられたお茶場をその場で袋詰めしてくれる。それから急須。
 算盤を弾き、見せてくれる。

「こちらになります」
「こ、これで足りますか?」

 沙苗はおずおずと、景虎にもらったお札を渡す。
 商品を受け取り、頭を下げて店を出た。

 ――買えたわ! はじめてのお買い物、大成功っ!

 さっそく明日の朝にでも、景虎に報告しよう。
 そんなことを考えながら元来た道を戻る。

「お客さん! おつり!」

 男性店員が駆けつけて、たくさんのお札を渡してくれる。

「お、おつり?」
「そうですよ。これ」
「こんなにたくさん受け取れません」

 男性店員が不思議そうな顔をしてくる。
 変なことを口走ったとさすがに気づき、「あ、ありがとうございます」と慌てて言う。
 男性店員は「またご贔屓に!」と元気よく見送ってくれた。

 どうにか誤魔化せたみたいだ。

 ――一枚しか渡してないのに、こんなにたくさん増えちゃっていいのかな……。

 さっきのお札とは絵柄が違うお札をまじまじと眺めながら歩く。
 その時、後ろから誰かがぶつかってきた。その拍子にお札を地面に撒き散らしてしまう。

「あっ!」

 せっかく無事に買い物を終えられたというのに、情けない。
 沙苗は這いつくばるように散らばったお札を集める。

 そんな沙苗の姿を、通行人たちが冷ややかに見ながら通り過ぎていった。