沙苗は着物を紐で縛ってたすき掛けにし、腕をまくった。
 髪と口元を布で覆い、戦闘態勢に入る。早速、屋敷の掃除に取りかかった。
 
まずは廊下の大きい綿埃をホウキであつめ、ちりとりで回収。
 井戸から桶に水を汲み、古布をつけて廊下を水拭きする。

「ふぅ。廊下はおしまいっ」

 襖を開け放ち、雨戸を開け、屋敷の中の換気をおこないつつ、部屋の掃除にとりかかる。
 
 一番使用する機会が多い居間から。
 居間は普段から使うせいかそれほど汚れていないが、鴨居には埃がたまっていたりするから、はたきでしっかり落とし、念入りに掃除をおこなう。

 居間の掃除を終えると他の部屋の掃除に移る。

 ――景虎様はどうして女中を雇わないのかな。

 これだけ広い屋敷を持っているのだから、かなりの偉い人なのだろう。
 そういう人は、春辻家のようにたくさんの女中を雇うものではないのだろうか。
 少なくとも身の回りの世話をする誰かくらいはいてもいいはずなのに。

 景虎には部外者を屋敷にあげるなと釘を刺された。
 過去に酷い目にあったのだろうか。
 そこまで考えてから、「いけない」と頭を振った。

 ――誰にだって知られたくないことはあるんだから。どうして女中を雇わないとかはどうでもいいこと。私がこうして掃除をすればいいじゃない。

 部屋に入ると、そこは仏間だった。
 他の部屋とは違って、しっかり手入れが行き届いて、鴨居に埃が溜まっていることもない。
 大きな仏壇が置かれているが、今は観音扉が閉まっていた。

 婚約者としてはどうしたらいいのだろう。
 開けるべきだろうか。しかしわざわざ閉められているということは、開けるべきではないのかもしれない。

 ――家の事情をよく知りもしないのに、手を合わせるのもおかしいわよね……。

 沙苗は仏壇に向かって頭を下げ、仏間をあとにした。

 最後に入ったのは、景虎の書斎。
 文机にはたくさんの書類が置かれている。
 何が書いてあるのかは分からないが、何も分からない沙苗が不用意に触れたら大変なことになりそうだ。

 ――ここは、景虎様にちゃんと確認をとってからしたほうがいいわよね。

 書斎には手をつけず、換気だけして保留にすることにした。
 座椅子に引っかけられた羽織りを手に取ると、脇の部分が、ほんの少し破れていた。
 沙苗は木霊たちにお願いして、裁縫道具を探してもらう。

「もう、見つけてくれたのね。ありがとう!」

 木霊たちに見つけてもらった裁縫道具で、破れを繕う。

 ――勝手なことをするなって怒られないかな。

 繕いを終えてから、そんな考えが頭を過ぎった。

 ――……怒られたら、元に戻せばいいよね。

 羽織を座椅子の背もたれに引っかける。
 屋敷の掃除は、だいたい終えた。

 これだけ広い屋敷だと掃除だけで一日仕事。
 気付くと、日が傾きはじめていた。
 ただ掃除をしておかげか、清々しかった。