「私、憧れてる子がいるんです」
いつものように一曲歌ってもらったあとに、込み上げてきた思いを自然と言葉にする。遠谷さんには、私の心の中の全部を曝け出せるような気がした。
「どんな子なの?」
「いつも優しくて、明るくて、素直で可愛い。私とは正反対な子なんです」
「陽ちゃんもそうだよ。いつも可愛いよ」
「いやそんなこと……そ、それはありがたい言葉なんですけど、そうじゃなくて。ただその、絶対に追いつけないなって、自分のことが嫌いになるくらい素敵で、大好きな子で」
「…………」
「その子みたいに可愛くなりたい一心で頑張ってきたんですけど、なんかやりすぎてる自分と引き返せない自分に挟まれて逃げられなくなっちゃって。そんな時に、遠谷さんの歌に出会ったんです。私、自分の為の歌だって思うくらい感動して、勝手に受け入れられた気持ちになって。憧れに対しての考え方も新しく教えてもらえたことで、今はだいぶ楽になりました」
……なんで遠谷さんには、こんな風に話すことが出来るんだろう。
「……そっか。でも、それはきっと陽ちゃんが頑張ってるからで、陽ちゃんが自分とちゃんと向き合って来たから答えに出会えたんだよ。自分を褒めてあげな」
そうやって、今日も遠谷さんは私の言葉を受け入れてくれる。こんな風に言ってくれたらな、と思うような優しい返事をいつも返してくれる。だから私はこの人の前で素直になれるのだろう。
遠谷さんと出会ってから、可愛くいることへの執着が少しだけ軽くなったような気がする。絶対にこうでないとと固執していた部分が和らぎ、仕方ないかと諦められる場面が増えてきた。
例えば、絶対に寄らないと気が済まなかった化粧室。あとは帰るだけなのだからと、やってくる電車の時間を優先してホームへ向かうことが出来る様になった。学校で紗央里ちゃんと話している時もそう。ついどこかに映る自分を目で追ってしまっていたけれど、最近は話に夢中ですっかり忘れることもある。
きっとこれはあのボロボロの泣き顔を晒し、私の勢いに任せた本心の言葉を吐き出し、無様な失態ばかり晒し続けた私の全てを受け入れてくれた遠谷さんの言葉のおかげ。
彼がくれた、たくさんの言葉のおかげ。
「私、遠谷さんの歌が好きです。それを作った遠谷さんが好き。大好きです」
心の中で大きくなった私の思いは、すんなりと言葉になって外へでた。その瞬間、あぁ、私、この人が好きなんだと実感する。
私はあなたが好き。あなたがくれた声が、言葉が、表情が、全てが私を変えてくれた。世界が優しく輝きだした。
私は、あなたが好き。
「……そっか、ありがとう」
彼はそう呟くと一言。
「これからも応援よろしくお願いします」
そう言って、にっこりと微笑んだ。それは綺麗に整えられた完璧な笑顔だった。
……あれ? そうじゃない。
チクリと痛む私の心。彼の返事に心が違うと訴えかけてきて、今まで何も気付いていなかった自分自身に驚いた。私の今の言葉は、心は、そういう感情を伝えたわけじゃないのだと言っている。
そうか私……遠谷さんのこと、そういう意味で好きになってたんだ。
毎日毎日頭の隅では遠谷さんのことを考えて、遠谷さんに会えるこの夜が特別で、遠谷さんの存在は私の中でどんどん大きくなっていた。あなたのことが知りたいと思った先に、あなたに惹かれていく私が居て、今、心が先にあなたへの思いを教えてくれた。
今の私の気持ちは会ったばかりのあの時と違う。
「あの、そういうわけじゃ、」
「じゃあ何? どういう意味?」
「どうってそれは……」
——けれど、恋人になりたいという、そんな意味を持つ言葉です。なんて、そんなことが言える雰囲気ではなかった。だって、その時の彼が浮かべる綺麗な笑顔は、一つの狂いもなく作られたものなんだって、私との間に一枚壁を隔てる為の笑顔なんだって、なんとなく感じ取ってしまったから。
「……あのさ、俺の歌はそんな良いものじゃないんだよ」
静かな声で呟くように遠谷さんは言う。
「君は騙されてるんだよ」
「……え?」
「俺の言葉は、歌は、全部嘘」
嘘なんだよ。そう言って、にっこりと彼は笑った。ぼんやりとした街頭の明かりの下、綺麗に整えられたその微笑みはとても冷たく私を見つめていた。
——嘘? 遠谷さんの今までの言葉が全部、嘘?
どういうこと?と、訊ねるより先に、「よかったらまた来てね」と私を突き放す様な言葉を、微笑みを浮かべた遠谷さんは口にした。その言葉が示すのは、今日の時間はもうおしまいだということで、私はわけがわからないまま頷いて、帰りの電車に乗ることとなった。
彼から告げられた言葉の意味を理解する為の時間は用意されていた。夜中の車内はしんと静まり返り、考え事をするにはもってこいな環境だったから。
『俺の言葉は、歌は、全部嘘』
車内に音がない分だけ、遠谷さんの言葉が私の中で何度も何度も彼の声のままに繰り返される。
遠谷さんの言葉が私に新しい世界をみせてくれたから。遠谷さんの言葉が私の全てを受け入れてくれたから。だから私は本当の自分を見つけられたような気がして、少しだけ楽に生きられるようになれたのに。その先に、遠谷さんへの新しい感情を見つけられたのに。
でも、もらった言葉の全てが嘘だとしたら——?
『君は騙されてるんだよ』
——今の私は、遠谷さんに騙されて、勘違いして、浮かれてるだけってこと? そんな私が鬱陶しくなって、遠谷さんが突き放したってこと?
ガラガラと、信じていたものが崩れ去る瞬間だった。
残ったのは、可愛いだなんて勘違いをしたことでバチがあたったように、なんにも可愛くなんてなれないことが改めて突きつけられた私。
最寄駅に着くと化粧室の鏡の前に立つ。涙で崩れたメイクが無様で、外見も中身も全てにおいて不細工な私が映っていた。
いつものように一曲歌ってもらったあとに、込み上げてきた思いを自然と言葉にする。遠谷さんには、私の心の中の全部を曝け出せるような気がした。
「どんな子なの?」
「いつも優しくて、明るくて、素直で可愛い。私とは正反対な子なんです」
「陽ちゃんもそうだよ。いつも可愛いよ」
「いやそんなこと……そ、それはありがたい言葉なんですけど、そうじゃなくて。ただその、絶対に追いつけないなって、自分のことが嫌いになるくらい素敵で、大好きな子で」
「…………」
「その子みたいに可愛くなりたい一心で頑張ってきたんですけど、なんかやりすぎてる自分と引き返せない自分に挟まれて逃げられなくなっちゃって。そんな時に、遠谷さんの歌に出会ったんです。私、自分の為の歌だって思うくらい感動して、勝手に受け入れられた気持ちになって。憧れに対しての考え方も新しく教えてもらえたことで、今はだいぶ楽になりました」
……なんで遠谷さんには、こんな風に話すことが出来るんだろう。
「……そっか。でも、それはきっと陽ちゃんが頑張ってるからで、陽ちゃんが自分とちゃんと向き合って来たから答えに出会えたんだよ。自分を褒めてあげな」
そうやって、今日も遠谷さんは私の言葉を受け入れてくれる。こんな風に言ってくれたらな、と思うような優しい返事をいつも返してくれる。だから私はこの人の前で素直になれるのだろう。
遠谷さんと出会ってから、可愛くいることへの執着が少しだけ軽くなったような気がする。絶対にこうでないとと固執していた部分が和らぎ、仕方ないかと諦められる場面が増えてきた。
例えば、絶対に寄らないと気が済まなかった化粧室。あとは帰るだけなのだからと、やってくる電車の時間を優先してホームへ向かうことが出来る様になった。学校で紗央里ちゃんと話している時もそう。ついどこかに映る自分を目で追ってしまっていたけれど、最近は話に夢中ですっかり忘れることもある。
きっとこれはあのボロボロの泣き顔を晒し、私の勢いに任せた本心の言葉を吐き出し、無様な失態ばかり晒し続けた私の全てを受け入れてくれた遠谷さんの言葉のおかげ。
彼がくれた、たくさんの言葉のおかげ。
「私、遠谷さんの歌が好きです。それを作った遠谷さんが好き。大好きです」
心の中で大きくなった私の思いは、すんなりと言葉になって外へでた。その瞬間、あぁ、私、この人が好きなんだと実感する。
私はあなたが好き。あなたがくれた声が、言葉が、表情が、全てが私を変えてくれた。世界が優しく輝きだした。
私は、あなたが好き。
「……そっか、ありがとう」
彼はそう呟くと一言。
「これからも応援よろしくお願いします」
そう言って、にっこりと微笑んだ。それは綺麗に整えられた完璧な笑顔だった。
……あれ? そうじゃない。
チクリと痛む私の心。彼の返事に心が違うと訴えかけてきて、今まで何も気付いていなかった自分自身に驚いた。私の今の言葉は、心は、そういう感情を伝えたわけじゃないのだと言っている。
そうか私……遠谷さんのこと、そういう意味で好きになってたんだ。
毎日毎日頭の隅では遠谷さんのことを考えて、遠谷さんに会えるこの夜が特別で、遠谷さんの存在は私の中でどんどん大きくなっていた。あなたのことが知りたいと思った先に、あなたに惹かれていく私が居て、今、心が先にあなたへの思いを教えてくれた。
今の私の気持ちは会ったばかりのあの時と違う。
「あの、そういうわけじゃ、」
「じゃあ何? どういう意味?」
「どうってそれは……」
——けれど、恋人になりたいという、そんな意味を持つ言葉です。なんて、そんなことが言える雰囲気ではなかった。だって、その時の彼が浮かべる綺麗な笑顔は、一つの狂いもなく作られたものなんだって、私との間に一枚壁を隔てる為の笑顔なんだって、なんとなく感じ取ってしまったから。
「……あのさ、俺の歌はそんな良いものじゃないんだよ」
静かな声で呟くように遠谷さんは言う。
「君は騙されてるんだよ」
「……え?」
「俺の言葉は、歌は、全部嘘」
嘘なんだよ。そう言って、にっこりと彼は笑った。ぼんやりとした街頭の明かりの下、綺麗に整えられたその微笑みはとても冷たく私を見つめていた。
——嘘? 遠谷さんの今までの言葉が全部、嘘?
どういうこと?と、訊ねるより先に、「よかったらまた来てね」と私を突き放す様な言葉を、微笑みを浮かべた遠谷さんは口にした。その言葉が示すのは、今日の時間はもうおしまいだということで、私はわけがわからないまま頷いて、帰りの電車に乗ることとなった。
彼から告げられた言葉の意味を理解する為の時間は用意されていた。夜中の車内はしんと静まり返り、考え事をするにはもってこいな環境だったから。
『俺の言葉は、歌は、全部嘘』
車内に音がない分だけ、遠谷さんの言葉が私の中で何度も何度も彼の声のままに繰り返される。
遠谷さんの言葉が私に新しい世界をみせてくれたから。遠谷さんの言葉が私の全てを受け入れてくれたから。だから私は本当の自分を見つけられたような気がして、少しだけ楽に生きられるようになれたのに。その先に、遠谷さんへの新しい感情を見つけられたのに。
でも、もらった言葉の全てが嘘だとしたら——?
『君は騙されてるんだよ』
——今の私は、遠谷さんに騙されて、勘違いして、浮かれてるだけってこと? そんな私が鬱陶しくなって、遠谷さんが突き放したってこと?
ガラガラと、信じていたものが崩れ去る瞬間だった。
残ったのは、可愛いだなんて勘違いをしたことでバチがあたったように、なんにも可愛くなんてなれないことが改めて突きつけられた私。
最寄駅に着くと化粧室の鏡の前に立つ。涙で崩れたメイクが無様で、外見も中身も全てにおいて不細工な私が映っていた。