「悪人顔だよね」
「目つきがなんか蛇っぽくね?」
「浮世絵の美人に強さを足した結果ヤクザの姐さんかなって」
「それだ」
「まじでそれ」
陰で男子達が言っているのを聞いて、どんなだよと思いながら自分の顔を鏡で見た。あ、本当だと思ったのは中学一年生の頃。
思えば小学生の頃から、気が強そう、性格悪そう、顔が怖い、のようなことを言われてきた気がする。当時は気にしてなかったけど、今思えばというやつだ。
そんな周囲の人々に顔を怖がられている私だけど、仲のいい友達はちゃんといる。けれど結局その中でも私は気が強いキャラで、弱気なことを言えば「らしくないね」なんて言われてしまい、『私、本当は可愛くなりたいの』なんてことは口が裂けても言えなかった。だって私、せっかく友達が褒めてくれるかっこいい私を裏切れるほどの勇気がないし。
私は可愛くない。でも、可愛くなりたい。可愛いね、という言葉は憧れの言葉。生まれつき目つきがきつくて強がりの私には初めから無理な話なの?
——と、悩んでいた私が出会ったのが、一瞬で人が変わったように美しくなるメイクの仕方を紹介するショート動画。細くキツい印象を与える形の目を、大きな瞳のぱっちりとした形に見せるメイクの仕方を紹介するもので、そのショート動画内で起こった一瞬の出来事は私にとって初めて見た奇跡の魔法そのものだった。
こんな方法があったんだ……メイクって、目をキラキラさせたりするだけじゃないんだ。
調べれば調べるほど見つかるたくさんの情報は、私のお小遣いで買えるメイク用品でも出来るんだよと教えてくれた。簡単だからやってみなよと、可愛くなりたい私の背中を押してくれた。
——よし、やってみよう!
新しい一歩を踏み出すのだと立ち上がった私は、その日から少しずつ、少しずつメイク用品を買い集めて、放課後や休みの日にこっそり練習を繰り返していった。一つで出来なかったことが二つになると完成したり、同じ機能だと思っていたものが全然違う使い心地だったり、色の合わせ方だけで全く違う印象になったり……単純に面白かった。メイクするのって面白い。新しい方法を知ることが楽しい。
しかも私、可愛くなってる……!
やればやるほど思い描いた大きな瞳で優しい目つきの可愛い女の子に近づくことが出来る、成果しかない日々だった。私って器用だったんだなと、思いもよらない所で自信もついてきたりして。
「わっ! めっちゃいい……! 過去一かも」
メイク前より一回りは大きい私の目。これならもう、蛇みたいなんて言われない。悪人顔とか言われない!
大成功したことで気持ちが大きくなっていた私は、そのまま外に出てみることにした。今までずっとこっそり練習してきただけだったからそんなことをするのは初めてで、何気無く近所をぐるりと歩いてから人のいる駅前の繁華街の方へ向かっていると、
「……あ」
「?」
同じクラスの、私のことをヤクザの女と言った男子とばったり鉢合わせることに。気まずいけど、仲が悪い訳でもないので声を掛けない訳にもいかない。
「えっと……奇遇だね」
「! え、え? もしかして桜井⁉︎」
目を丸くして驚いた彼が、上から下まで私を確認する。そしてもう一度私の顔に視線を戻して、更に驚いた顔をして、そして一言。
「え、詐欺じゃん」
何が?なんて聞かなくてもわかることだった。だって何回も動画の中で聞いてきたそのフレーズ。これは整形級詐欺メイクをお手本にして出来た、憧れを目指した私の目。すごく可愛くなった、本当はなんにも可愛くない私の顔。
詐欺なのは、今の私だ。
「…………」
普段なら、もっと何か言い返すことが出来た。だって私、可愛い女の子とは正反対のキャラだから。笑って誤魔化して、それっきりないことにすることだって……。
「……だよね」
だけど、それ以上の言葉が口から出てくることはなくて、私は急いでる振りをしてその場を離れることしか出来なかった。
詐欺……詐欺だって。そんなのわかってるよ。
本当の私はこんな目じゃない。本当の私はなんにも可愛くない。幼稚園、小学校、中学校、ずっと続いてるんだから、そんなのみんな知ってるし。どれだけ可愛くなったとしても本当の私の顔はみんなにバレてるんだから、可愛いねって言ってもらえることなんてずっとないんだ。
……私、ずっとこのままなのかな。何をしたって、何にも意味がないのかな。それでもやっぱり可愛いって言われる自分になりたいって、思っちゃいけないのかな。
だって私、こんなに上手に出来たんだよ。初めて外に出たいって、見られても恥ずかしくない完璧な出来栄えだって、すごく自信が持てたのに。詐欺だって言われるくらい可愛くなれたはずなのに——……いや、ちょっと待って。
逃げるように自宅へ向かっていた足がぴたりと止まる。
——私、ショックのあまり何か勘違いしてたかも。
本当の私が可愛くないのは自分でもわかってる。でも、そんな私が可愛くなってたから、あいつは詐欺だって言ったんだよね? つまり私、一応可愛いと思われたってことじゃない?
気づいた途端、みるみるうちに身体に力が漲ってくるのがわかった。そうだ、なんであんなにしょんぼりしてたんだろう。あの言葉は私が可愛くなれた証明みたいなものだったのに。
つまり問題は、本当の私が可愛くないって知られてることだ。知られてなければ、私は可愛い私になれるかもしれない——!
——そして今、高校一年生になった私は、同じ学校から受験する人が一人も居ない高校を選んで通っている。通学に一時間半掛かるけど問題ない。だってここなら本当の私を知る人が居ないんだから。
あれからだいぶ成長した私の技術。そのおかげで入学当時から今日この時まで、私のことを怖いとか悪いとか言う人にまだ出会っていなかった。むしろ可愛いねと、声を掛けてもらえるようになったから、私のあの時の選択は間違いじゃなかったのだ。
「目つきがなんか蛇っぽくね?」
「浮世絵の美人に強さを足した結果ヤクザの姐さんかなって」
「それだ」
「まじでそれ」
陰で男子達が言っているのを聞いて、どんなだよと思いながら自分の顔を鏡で見た。あ、本当だと思ったのは中学一年生の頃。
思えば小学生の頃から、気が強そう、性格悪そう、顔が怖い、のようなことを言われてきた気がする。当時は気にしてなかったけど、今思えばというやつだ。
そんな周囲の人々に顔を怖がられている私だけど、仲のいい友達はちゃんといる。けれど結局その中でも私は気が強いキャラで、弱気なことを言えば「らしくないね」なんて言われてしまい、『私、本当は可愛くなりたいの』なんてことは口が裂けても言えなかった。だって私、せっかく友達が褒めてくれるかっこいい私を裏切れるほどの勇気がないし。
私は可愛くない。でも、可愛くなりたい。可愛いね、という言葉は憧れの言葉。生まれつき目つきがきつくて強がりの私には初めから無理な話なの?
——と、悩んでいた私が出会ったのが、一瞬で人が変わったように美しくなるメイクの仕方を紹介するショート動画。細くキツい印象を与える形の目を、大きな瞳のぱっちりとした形に見せるメイクの仕方を紹介するもので、そのショート動画内で起こった一瞬の出来事は私にとって初めて見た奇跡の魔法そのものだった。
こんな方法があったんだ……メイクって、目をキラキラさせたりするだけじゃないんだ。
調べれば調べるほど見つかるたくさんの情報は、私のお小遣いで買えるメイク用品でも出来るんだよと教えてくれた。簡単だからやってみなよと、可愛くなりたい私の背中を押してくれた。
——よし、やってみよう!
新しい一歩を踏み出すのだと立ち上がった私は、その日から少しずつ、少しずつメイク用品を買い集めて、放課後や休みの日にこっそり練習を繰り返していった。一つで出来なかったことが二つになると完成したり、同じ機能だと思っていたものが全然違う使い心地だったり、色の合わせ方だけで全く違う印象になったり……単純に面白かった。メイクするのって面白い。新しい方法を知ることが楽しい。
しかも私、可愛くなってる……!
やればやるほど思い描いた大きな瞳で優しい目つきの可愛い女の子に近づくことが出来る、成果しかない日々だった。私って器用だったんだなと、思いもよらない所で自信もついてきたりして。
「わっ! めっちゃいい……! 過去一かも」
メイク前より一回りは大きい私の目。これならもう、蛇みたいなんて言われない。悪人顔とか言われない!
大成功したことで気持ちが大きくなっていた私は、そのまま外に出てみることにした。今までずっとこっそり練習してきただけだったからそんなことをするのは初めてで、何気無く近所をぐるりと歩いてから人のいる駅前の繁華街の方へ向かっていると、
「……あ」
「?」
同じクラスの、私のことをヤクザの女と言った男子とばったり鉢合わせることに。気まずいけど、仲が悪い訳でもないので声を掛けない訳にもいかない。
「えっと……奇遇だね」
「! え、え? もしかして桜井⁉︎」
目を丸くして驚いた彼が、上から下まで私を確認する。そしてもう一度私の顔に視線を戻して、更に驚いた顔をして、そして一言。
「え、詐欺じゃん」
何が?なんて聞かなくてもわかることだった。だって何回も動画の中で聞いてきたそのフレーズ。これは整形級詐欺メイクをお手本にして出来た、憧れを目指した私の目。すごく可愛くなった、本当はなんにも可愛くない私の顔。
詐欺なのは、今の私だ。
「…………」
普段なら、もっと何か言い返すことが出来た。だって私、可愛い女の子とは正反対のキャラだから。笑って誤魔化して、それっきりないことにすることだって……。
「……だよね」
だけど、それ以上の言葉が口から出てくることはなくて、私は急いでる振りをしてその場を離れることしか出来なかった。
詐欺……詐欺だって。そんなのわかってるよ。
本当の私はこんな目じゃない。本当の私はなんにも可愛くない。幼稚園、小学校、中学校、ずっと続いてるんだから、そんなのみんな知ってるし。どれだけ可愛くなったとしても本当の私の顔はみんなにバレてるんだから、可愛いねって言ってもらえることなんてずっとないんだ。
……私、ずっとこのままなのかな。何をしたって、何にも意味がないのかな。それでもやっぱり可愛いって言われる自分になりたいって、思っちゃいけないのかな。
だって私、こんなに上手に出来たんだよ。初めて外に出たいって、見られても恥ずかしくない完璧な出来栄えだって、すごく自信が持てたのに。詐欺だって言われるくらい可愛くなれたはずなのに——……いや、ちょっと待って。
逃げるように自宅へ向かっていた足がぴたりと止まる。
——私、ショックのあまり何か勘違いしてたかも。
本当の私が可愛くないのは自分でもわかってる。でも、そんな私が可愛くなってたから、あいつは詐欺だって言ったんだよね? つまり私、一応可愛いと思われたってことじゃない?
気づいた途端、みるみるうちに身体に力が漲ってくるのがわかった。そうだ、なんであんなにしょんぼりしてたんだろう。あの言葉は私が可愛くなれた証明みたいなものだったのに。
つまり問題は、本当の私が可愛くないって知られてることだ。知られてなければ、私は可愛い私になれるかもしれない——!
——そして今、高校一年生になった私は、同じ学校から受験する人が一人も居ない高校を選んで通っている。通学に一時間半掛かるけど問題ない。だってここなら本当の私を知る人が居ないんだから。
あれからだいぶ成長した私の技術。そのおかげで入学当時から今日この時まで、私のことを怖いとか悪いとか言う人にまだ出会っていなかった。むしろ可愛いねと、声を掛けてもらえるようになったから、私のあの時の選択は間違いじゃなかったのだ。