カラオケ。コンビニ前。人気の少ない公園。
 姫香たちと遊ぶ場所は大体限られていた。
 夜になるとどこからともなくみんなが集まって、さわいで、笑って。
 日付が変わってしばらく経つと一人、また一人と眠たいから、とか、明日用事があるから、なんて帰っていく。
 私が帰るとき、姫香はいつも私を見送った。私よりも先に姫香が帰ったことはなかった。
 どうしてあの時、いっしょに帰ろうって言わなかったのだろう。
 どうしてあの時、姫香の腕を見て見ぬふりしてしまったのだろう。
 私は姫香との思い出を振り返るように、町を走った。
 姫香との思い出はいつも夜で、日中のそこらの場所はどこも味のしなくなったガムのように白けていた。
 
 日が傾き始めたころ。
 足が痛くて、お腹が空いて、なにも考えられなくて。
 公園のベンチに腰掛け、何度となく見た姫香とのメッセを見返した瞬間、メッセの上に小さく既読の文字がついた。
 私はほとんど反射で、姫香に電話をかける。
「なに?」
 数コールの後、通話越しに聞こえた姫香の声に私はやっと生きた心地がした。
「いまどこ?!」
「うるさ。たーくんの家だけど。うわ、もう夕方じゃん」
 低血圧からくる不機嫌そうな声。大きなあくび。布を擦れる音。
 間違いない。姫香はあのメッセージを送ったのち、今の今まで寝ていた。
 だからずっと連絡がとれずに、既読にもならなかったんだ。
 そう、あのメッセージ。
「助けてって、なにがあったの?」
「え? なにそれ?」
 姫香はごそごそと動く音がノイズのように聞こえてくる。おそらく画面を操作し、メッセージを見返しているのだろう。
 すると姫香はあー、となにかを思い出し、ケラケラと笑う。
「なんか飲みすぎちゃって、ちょいヘラって、でぇ、理沙にメッセ送ったのに無視されたから、結局たーくんに会いに来てさ」
「無視って、あんな朝早くに送られて気づくわけないじゃん!」
「だからうるさいって。なにキレてんの?」
「キレるよ! だって私……」
 本気で心配した。本気で焦った。だから今、すごく安心してるし、すごく怒ってる。
 そんな気持ちを伝えようとするが、「あ!」とわざとらしくなにかに気づいたふりをして私の声を遮った。
「……なに?」
「もしかして学校サボった? もしかして姫香のために退学してくれる感じ?」
 ワクワクしている姫香の声に、私は違和感を覚える。
 退学? なんでそのことを……。
 その瞬間、私はすべてを察した。
「姫香、あんた……」
 姫香の『助けて』のメッセージはわざと、私を試すために送られたものだったんだ。
 私はまんまと騙されたんだ。
「グラフィティのこと覚えてる?」
 立ち尽くす私の耳元で、スマホから姫香の穏やかな話し声が聞こえる。
 それはちょうど、私の肩に姫香が頭をのせていた、出会ったころと同じようだった。
「私、理沙のやるときめたら最後までやる、みたいなスタンス、羨ましかった」
 そういうと、姫香は電話を切り私をブロックした。
 ブロックされた姫香とのメッセージ画面を見て私はもう二度と姫香には会えないことを悟った。