ーーー 「夏樹!」
その日の夜。いつものように、いつもの場所で落ち合う。僕は、夏樹の顔を見るやいな、大きく手を振る。
「こんばんは。なんだか、今日は……」
「やったよ! 父さんと、話せたんだ! そしたら、歪みを埋めることが出来た。これも全部、夏樹が、背中を押してくれたからだよ! 本当にありがとう! 」
夏樹の言葉を遮って、夏樹の両手を僕の両手で包んだ。そして、上下にブンブンと振り上げては下ろす。
「え? え? わ、分かった! 分かったから! 」
夏樹は、嵐のような一連に、戸惑いの表情を浮かべていると同時に、両手を凝視している。
そこで、僕は気がついた。思いがけずとはいえ、夏樹の手を取るような形になってしまっているのだ。
恋愛の「れ」の文字さえして来なかった僕だ。こんな事でさえ、気恥ずかしくなって、直ぐ様、夏樹の手を解放する。
「あ、えっと。ご、ごめん。つい、嬉しくなっちゃって」
「う、うん。大丈夫。大丈夫………」
月明かりだけの明るさじゃなければ、きっと互いに見せられないくらい、真っ赤な顔をしている事だろう。
「と、とりあえず。座ろうか」
まるで初対面かのようなぎこちなさで、2人ならんで腰をおろした。
風もあっという間に冷たくなった季節。それでも、頬にあたるその冷たさも感じないほど、体温の上昇を感じる。
「そ、その。改めてありがとうね。おかげで、大袈裟って言われるかもしれないけど、生きる楽しさを、見つけられた気がする。自分の居場所を、見つけられた気がする。忘れ物を、見つけ出せた気がする。本当にありがとう」
コーヒーを飲んで、ようやっと落ち着きを取り戻した頃、僕は改めて、隣にいる恩人に感謝を伝える。
「そんな。私は何にも。ほら、言ったでしょ? 私も、似たような事があったって」
「そういえば、そんな事言ってたね。その、聞いてもいいのかな? 」
これでまた、夏樹の事が知れる気がする。そう思った。ずけずけと入り込むのは好ましくないかもしれない。それよりも、知りたいという気持ちが勝ったのだった。
夏樹は「うん。いいよ」と一度頷いてから、コーヒーを一口、小さな口に含んだ後、口を開いた。
「私には、姉がいてね。昔から体が弱くて。私は、逆に健康そのもの。毎日、駆け回って遊んで。子供だからなんて言い訳で、姉と一緒に遊びたくて、同じように駆け回りたくて、鬱陶しかったと思う」
夏樹の、カップを持つ両手に力が込められた事は、一目で分かった。
「私は、自由に。わがままにしてきた。逆に姉は、制限をかけられて、生きてきた。きっと、私は姉にとって、邪魔になると、いつからか考えるようになった。自分の出来ないことを、好きなように出来る私を。それでも姉は、私に優しく接してくれた。だから、聞いてみたの。嫌われる勇気を持って。疎ましく思わないかって」
その答えを僕は知っている。夏樹もまた、きっと今の僕と同じような、晴れた笑みを浮かべていた。
「経験値。なんて言ったら、微々たるものだけど。それでも、今回の経験は、僕にとって、夏樹にとっても、小さいものでは無かったよね。うん。これもまた、創作に活かせそうだ」
かつて無い、揺るぎのない自信が沸々と沸き上がる。
「そういえば、ペンネームってあるんだよね? 気になるかも」
無論、本名で書いている訳ではない。僕にだって、小説を書く上での、もう1人の自分を持っている。
「八雲朝陽。これが僕のペンネーム。まぁ、本名をもじった訳だけど。本名。東雲 夕夜。少し変えて、八雲。やっと巡り逢えた朝。それで、八雲朝陽」
ふ~ん。と鼻を鳴らす夏樹。
「東雲夕夜か。何か、本名も、小説家みたいだね! うん! どっちもかっこいい!」
「そんな事ないよ。夏樹の名字は? そういえば、聞いたことなかったけど」
「私? 私はね。そんなに珍しくないよ。花村。ね? そんなに珍しくないでしょ?」
「花村か。じゃあ、夏樹は、夏に咲く花。向日葵って所かな? うん。とても似合ってるよ。夏樹にぴったりの花だ」
「そ、そう? うん。そうだね。ぴったりだ」
夏樹は少しトーンを落とした。僕は、それに気づいて直ぐ様、問いかけることにする。
「ねぇ、夏樹」
「あ! ごめん! 夕夜! そうだった! 用事を思い出した! すぐに帰らなくちゃ! 」
しかし、僕の声は、忙しなく立ち上がった夏樹によって、かき消されてしまう。
「え? あ、うん。じゃ、じゃあ、また明日ね」
「うん! またね! 」
そうして、まだ呆気に取られている僕を尻目に、手をひらひらと振りながら走り去って行ってしまう。
まるで、夏の亡霊だとふとそんな事を思って、そんな自分に可笑しくなって、1人笑った。今日はとても心が温かな1日だったなと、そんな独白を月夜に浮かべながら。
その日の夜。いつものように、いつもの場所で落ち合う。僕は、夏樹の顔を見るやいな、大きく手を振る。
「こんばんは。なんだか、今日は……」
「やったよ! 父さんと、話せたんだ! そしたら、歪みを埋めることが出来た。これも全部、夏樹が、背中を押してくれたからだよ! 本当にありがとう! 」
夏樹の言葉を遮って、夏樹の両手を僕の両手で包んだ。そして、上下にブンブンと振り上げては下ろす。
「え? え? わ、分かった! 分かったから! 」
夏樹は、嵐のような一連に、戸惑いの表情を浮かべていると同時に、両手を凝視している。
そこで、僕は気がついた。思いがけずとはいえ、夏樹の手を取るような形になってしまっているのだ。
恋愛の「れ」の文字さえして来なかった僕だ。こんな事でさえ、気恥ずかしくなって、直ぐ様、夏樹の手を解放する。
「あ、えっと。ご、ごめん。つい、嬉しくなっちゃって」
「う、うん。大丈夫。大丈夫………」
月明かりだけの明るさじゃなければ、きっと互いに見せられないくらい、真っ赤な顔をしている事だろう。
「と、とりあえず。座ろうか」
まるで初対面かのようなぎこちなさで、2人ならんで腰をおろした。
風もあっという間に冷たくなった季節。それでも、頬にあたるその冷たさも感じないほど、体温の上昇を感じる。
「そ、その。改めてありがとうね。おかげで、大袈裟って言われるかもしれないけど、生きる楽しさを、見つけられた気がする。自分の居場所を、見つけられた気がする。忘れ物を、見つけ出せた気がする。本当にありがとう」
コーヒーを飲んで、ようやっと落ち着きを取り戻した頃、僕は改めて、隣にいる恩人に感謝を伝える。
「そんな。私は何にも。ほら、言ったでしょ? 私も、似たような事があったって」
「そういえば、そんな事言ってたね。その、聞いてもいいのかな? 」
これでまた、夏樹の事が知れる気がする。そう思った。ずけずけと入り込むのは好ましくないかもしれない。それよりも、知りたいという気持ちが勝ったのだった。
夏樹は「うん。いいよ」と一度頷いてから、コーヒーを一口、小さな口に含んだ後、口を開いた。
「私には、姉がいてね。昔から体が弱くて。私は、逆に健康そのもの。毎日、駆け回って遊んで。子供だからなんて言い訳で、姉と一緒に遊びたくて、同じように駆け回りたくて、鬱陶しかったと思う」
夏樹の、カップを持つ両手に力が込められた事は、一目で分かった。
「私は、自由に。わがままにしてきた。逆に姉は、制限をかけられて、生きてきた。きっと、私は姉にとって、邪魔になると、いつからか考えるようになった。自分の出来ないことを、好きなように出来る私を。それでも姉は、私に優しく接してくれた。だから、聞いてみたの。嫌われる勇気を持って。疎ましく思わないかって」
その答えを僕は知っている。夏樹もまた、きっと今の僕と同じような、晴れた笑みを浮かべていた。
「経験値。なんて言ったら、微々たるものだけど。それでも、今回の経験は、僕にとって、夏樹にとっても、小さいものでは無かったよね。うん。これもまた、創作に活かせそうだ」
かつて無い、揺るぎのない自信が沸々と沸き上がる。
「そういえば、ペンネームってあるんだよね? 気になるかも」
無論、本名で書いている訳ではない。僕にだって、小説を書く上での、もう1人の自分を持っている。
「八雲朝陽。これが僕のペンネーム。まぁ、本名をもじった訳だけど。本名。東雲 夕夜。少し変えて、八雲。やっと巡り逢えた朝。それで、八雲朝陽」
ふ~ん。と鼻を鳴らす夏樹。
「東雲夕夜か。何か、本名も、小説家みたいだね! うん! どっちもかっこいい!」
「そんな事ないよ。夏樹の名字は? そういえば、聞いたことなかったけど」
「私? 私はね。そんなに珍しくないよ。花村。ね? そんなに珍しくないでしょ?」
「花村か。じゃあ、夏樹は、夏に咲く花。向日葵って所かな? うん。とても似合ってるよ。夏樹にぴったりの花だ」
「そ、そう? うん。そうだね。ぴったりだ」
夏樹は少しトーンを落とした。僕は、それに気づいて直ぐ様、問いかけることにする。
「ねぇ、夏樹」
「あ! ごめん! 夕夜! そうだった! 用事を思い出した! すぐに帰らなくちゃ! 」
しかし、僕の声は、忙しなく立ち上がった夏樹によって、かき消されてしまう。
「え? あ、うん。じゃ、じゃあ、また明日ね」
「うん! またね! 」
そうして、まだ呆気に取られている僕を尻目に、手をひらひらと振りながら走り去って行ってしまう。
まるで、夏の亡霊だとふとそんな事を思って、そんな自分に可笑しくなって、1人笑った。今日はとても心が温かな1日だったなと、そんな独白を月夜に浮かべながら。