ーーー 「夕夜ってさ。ご家族と仲はいいの? 」

いつものように、二人でコーヒーを片手に、ポツリポツリと会話をする。

「え?」

夏樹はこれまで、僕について聞いてきた事はたくさんあった。けど、家族について聞いてくる事はなかった。無論、僕から切り出すこともなかった。だから意外だった。

「あ、いいの。話しにくい事があるなら。いやね、私の家族はね、周りから見ると、仲のいい家族って、言われることが多くてね。そこまでかな? と思ったりして」

思えば、似た者同士と思っていたが、夏樹の家庭状況の何一つ知らない。ならば、僕が感じるシンパシーはどこから来るものなのだろう?

「へぇ~。なんだか、羨ましく思うな。僕は、兄弟はいなくて、親との暮らしだけど、その親とはあまり。口数も少ないし、互いに、極力干渉はしない。多分、冷たい家庭なんだと思う」

別に今さら隠し事をする必要もないだろうと。僕を知って欲しいと続ける。

「数年前。母が事故で他界したんだ。その直前に、母と喧嘩別れしてね。まだ子供だったとはいえ、僕は家を飛び出した。もうあんな家、帰ってやるかなんて。そんな僕を心配して、追いかけてきた母は………。全て、僕のせいだ。父もそう思ってるはず。だからこそ、こんなにも、冷えきった関係になった」

僕の告白を、長々と聞きづらいであろう告白を、夏樹は、小さく相槌を打って聞いてくれた。

「ねぇ。それってさ。お節介だと思うけど、ちゃんと聞いてみたの? お父さんに。自分を恨んでいるか? って」

「ううん。聞けるはずないよ。きっと、そうに違いないし」

「いや、違うよ。夕夜が聞けないのは、そう思われると、現実を突きつけられるのが怖いから。そうじゃない? 」

図星だった。本当は、言葉で聞いてしまえば、しっかりとした形を保って、僕に悪意が向けられるきがしたから。エゴだと言われても構わない。

これ以上傷つかないように避けてきた。それをいとも簡単に、夏樹は気づいてしまったのだ。

「分かるんだ。私も似たような経験あるから。でもね。そう思うって事は、どこかで期待しているからだと思うの。本当はそうじゃないって。欲しい言葉をくれるって。もしも、そうでなかった場合、より一層、傷つくのは、自分だから。期待した分だけね」

そんな夏樹の言葉を聞いて、酷く自分が恥ずかしく思えた。きっと、父も。僕と同じように、言えずにいた思いを抱えて、この数年間暮らして来たのだと思う。

いつか話そう。いつか聞こう。その「いつか」が、突然、もう来ない明日になることだってある。

それは、僕が一番知っているはずだ。

「そう………だね。うん。一度、向き合ってみようと思うよ。父と、母と、自分と」

おそらく、1人では踏み出せなかったろう1歩、踏み出せたとしても、まだ先の事だったろう1歩。

そんな奇跡めいた出会い、僕はこっそり感謝をした。