ーーー 夏樹に会えるまでの時間。とっても、ゆっくりと時間が過ぎていく感覚が芽生えた。

それが僕の標準となっていたが、昨夜の事が気がかりで、鬱々とした気持ちを抱えたまま、過ごす日中は、そんな標準よりも尚、ゆったりと時間が流れていくように感じる。

大切なものが失われていく感覚。あの事故の日のような、そんな感覚が、再び僕の心を蝕むのに時間は必要なかった。

そんな不安から解放されたい一心で、いつもより早く、いつもの場所に辿り着いた僕は、耳と目を研ぎ澄ませ、夏樹の訪れを待っていた。

そうして、刻々と過ぎていく時間の中で、また違う不安が押し寄せてくる。

もしかしたら、今日は彼女は来ないのではないだろか?
今までも来ない事はあった。それでも、今回はそのどれとも違う。

今日、彼女が来なければ、もう一生、彼女は来ないだろうと、根拠のない確信が、蝕まれた心に覆い被さってくる。

期待しなければいい。なのに、期待してしまう。それが、きっと、初めて生まれた感情の成す業なのだろう。

ポッカリと空白が出来たみたいな時間を、見事に打ち砕いてくれたのは、カサカサと茂みが揺れる音だった。

それは、待ち続けていた人の訪れの合図だ。

「夏樹!…………夏樹? 」

そこに現れた人物を見て、見事に虚をつかれてしまった。そこにいるのは間違いなく、僕の一番会いたかった人。

でも、違う。腰まで伸ばした髪はバッサリと肩上まで切られており、髪も茶色に染まっている。

「こんばんわ。夕夜」

「夏………樹……。その、髪……」

来てくれたら何を言おうか。ずっと考えていた言葉は寒空に消えて、なんとか絞り出した言葉は、そんな空白ばかりのものだった。

「やっぱり変かな? イメージチェンジってやつ? やってみたんだけど………」

「ううん。とても似合ってるよ。その………うん。良かった、来てくれて」

本当は、その先に言うべき言葉を隠して、気持ちを隠して、そう言ってしまったのは、ただの照れ隠し。

髪型で好きになったわけじゃない。だから、髪型ひとつで、夏樹に向けられた気持ちが変わることはない。

多分、それを伝えれる日はまだ先だろうと思う。

というのも、今現在執筆中の作品は、夏樹と出会って、芽生えた感情のまま書き連ねている。

つまり、それは一種のラブレターのようなものになっていた。言うべき時はきっと、この小説が完成したその時だろう。

「さぁ、そんな所にいたら、寒いでしょ? 早くこっち来なよ


そして、何食わぬ顔でいつも通りの夜の暇潰しが始まるのだった。