ーーー 「人は死んだら、どうなると思う? 」

不意に、夏樹がそんな問いを投げ方のは、木々の緑が、茶や黄色、赤に染まった、寒さを感じるようになった季節だった。

簡易的なテントを常に設置して、ランプと保温性のある水筒に入れたコーヒーと、着重ねた上着と、大量のカイロと、暖かな毛布。

出来るだけの防寒対策をして、こうして夜の逢瀬は続いていた。

「急にどうしたの? 死生観でも綴った本を読んだ? 」

人が死んだらどうなるのか? その言葉を聞いて、真っ先に思い浮かべたのは、他でもない。母の姿だった。

「ううん。最近、ふと、考える事があってさ。もしも、あの世って奴があるなら、そこでは、現世の記憶が残ってて、話すことも、見ることも、触れることもできないまま、恋しさを感じたまま、永遠に彷徨う事になるのかなって」

僕は、死んだ後の世界の事なんて、考えた事はなかった。死んだら終わり。それだけが、この世界に残されたリアルだと。

だけど、もし、夏樹の言うような世界だったら。

「そしたら、その待ち人がいつか、この世界から旅立った時、もう一度、会えるって事じゃないかな? それまでの、お別れっていうだけでさ」

もし、そんな場所だったら。母は、僕を、僕達を待っていてくれるだろうか? そしてちゃんと、僕を責めてくれるだろうか?

「なるほどね! それなら寂しくないよね! そうかそうか。そんな世界だったらいいなぁ」

夏樹は遠くを見つめて、満足そうに微笑んでいる。

「問題はさ。亡くなった人じゃなくて、残された人の方じゃないかな? 遺された人は、死後の世界なんて知る由もない。ただ、ただ、一生、ひとつ欠けた、パズルを完成させる事はできない。やっとそれが埋まるのは、本当に、最期の最期なんだと思う」

こんなことを言うつもりはなかった。でも、ずっと誰にも話すことのなかった、この隙間に異物が入り込まないように、守るために言葉にした。誰かに聞いて欲しいと思った。

「もしかして、夕夜って………ううん! 何でもない! 私も、確かにそれは思う。きっと、自分が旅立つよりも、遺して来た人を思って、苦しくなると思う。なんで、死なんて、存在するんだろうね? なんで、最期にみんないなくなる。そこだけ、平等なんだろうね 」

そう言った、夏樹の声色は少し震えているように感じた。

「ねぇ、夕夜。もしも、もしもだよ。私が先に旅立つ日が来たのなら、夕夜は悲しんでくれる? 」

ランプの灯りに照らされた横顔を、僕は映す事は出来なかった。きっと今、その横顔を見てしまえば、言葉よりも、思わず両腕で、それを示してしまいそうだったから。

だから、出来るだけ。冷静に。

「当たり前だろ。きっと、深く悲しむと思う」

その僕の答えが、満足のいく物だったのだろうか? それとも、間違った答えを選んでしまったのだろか?

寒さも忘れ、夏樹の顔を見れずにいた僕には、夏樹がどんな表情をしているのか分からない。

「そうなんだ。悲しんでくれるんだ」

ならばと、声で反応を伺ってみたが、微笑み混じりにも聞こえるし、また声を震わせているようにも聞こえる。

その声色から、得体の知らない恐怖心が沸々と沸き上がった。

「ねぇ、なんで、そんな事……」

「ごめん! 今日はもう帰るね! 小説、楽しみにしているから! 」

僕の問いを遮って、そう言い残した夏樹は、足早にその場を去っていってしまう。

いつもなら、途中まで送り届ける僕も、足が自分の物では無くなったかのように、歩を進める事はなかった。

サワサワと風もないのに、林が揺らいだような、そんな人肌恋しい夜に変わる。