ーーー 夜半の帰宅。月明かりで薄暗い家内を、足音を殺して歩く。

とっくに父は床についただろう。父は、母が亡くなってから、必要以上に僕に接点を持つ事はなかった。所謂、放任主義というやつだろうか。

だから、こんな不良じみた行動も咎められる事はなかった。それでも、少なからず罪悪感を持つ僕は、せめて起こさぬようにと、忍び足をしている。

僕の適当に作った食事を向かい済ませる事以外、父と話すタイミングは無いに等しかった。そのタイミングですらも、会話は皆無で、テレビがついていなければ、沈黙だけがこの家を支配している。そんな毎日。

キッチンで夜食を調達して、自室へと向かおうとリビングを通りかかる。

リビングの小棚の上には、見慣れた両親との家族写真が飾られており、不意にその写真立てで視界が止まった。

母が亡くなったのは、もう6年も前の事になる。

昔からやんちゃばかりしていた僕は、些細な事で口論し、そのまま家を飛び出した。

そんな僕を心配して、探しに出た母は途中、居眠り運転をしていたトラックに跳ねられて、そのままもう一度会話をする事も、謝る事も出来ずに僕たちから離れていった。

あの時、意地になっていなければ。そもそも、飛び出さずにさえいなければ。もっと素直になれていたなら。

あの事故のトリガーを握っていたのは、間違いなく僕だった。母が亡くなったのは僕のせいだ。

そう今でもずっと、拭いきれない罪悪感を抱えて生きてきた。多分、父も、そう思っているに違いない。

それこそが、父と僕の間にある歪みになっていて、きっと僕は怖いのだろう。いつか父にその言葉をかけられる事が。

「お前のせいで母は死んだ。お前がいなければ」

その言葉が、言われてもいない言葉が、悪夢となってのし掛かる夜も少なくない。きっといつかそれが、現実となって。最後は僕はどんな顔をしているのだろうか?

だからこそ。救いようのない嫌悪に蝕まれて、彷徨った先で出会った夏樹という存在は、大袈裟に言ってしまえば女神だと思った。

彼女の事を深くは知らない。それでも、似た者同士と言ってくれた彼女に沸く親近感。

そして、純粋に未来を見ているその姿に、天真爛漫に夜を踊るその姿に、いつしか僕は恋をしていたようだ。

人生で初めての恋。それは、夏の去り際、侘しく迷う生活の中で出会った、一筋の光。

そして初めて描こうと思った。桃色も含んだ、前向きな僕なりの青春小説を。