ーーー それからというもの、僕は自室に籠りきりで、ちょうど、冬休みになる直前というタイミングでもあり、学校にもいかずに、無気力に椅子の背凭れに背中を預けていた。

部屋のドアには鍵はかけずに、それでも父さんは僕に気遣い、食事を運ぶ以外には、部屋に入ってくることもなかった。

パソコンの液晶に映した、自作の小説のタイトル画面。

いつか観た映画にオマージュした、「君と読む物語」というタイトル。

幼い頃、事故が原因で母を亡くした主人公が、夢の中で、ある女の子と出会い。生きる意味を見出だしていくという物語。

主人公は、最終的、その女の子に恋をして告白するが、夢の中の住人である彼女とは、一緒に居られる事はできない。

いつしか、その夢も見る事は無くなった時、寂しさと共に、今まで以上に、人間らしく、強く逞しく成長した主人公がそこに居た。

そんな、切なくも前向きなラストを迎える物語だ。

主人公の名前か「月」。ヒロインの名前が「陽向」。そんな表裏一体な出会いが織り成す、ヒューマンラブストーリー。

間違いなく、この物語のモデルは、僕と夏樹だ。

この物語は、君に届いたのだろうか? この物語は、君が読んで、初めて完成する物語だ。

この物語は、一生、未完のままで終わってしまうのだろうか?

そう、悲壮感の海に漂っていた僕の耳に、コンコンと2つノックの音が聞こえてくる。

「夕夜。入るぞ」

いつものように父さんが、食事を運んできてくれたのだろうか? それにしても、時間が早い気がするが。

背後のドアが開いて、フローリングを滑るような足音が近づいてくる。

「夕夜。返事はしなくていいから、話を聞いてくれないか? 実はな、今朝、仕事に行く途中でな、妹さん。冬樹さんに会ったんだ。冬樹さんな、お前の事、心配していた。その、話も聞かせてもらってな。お前は、騙されていたと、思っているらしいな」

僕は、返答することなく、液晶を一点に見つめる。

「自宅療養をしていた、夏樹さんの容態が悪化して、代わりに、冬樹さんがお前に会いに行った。思ったんだが、その時期って、お前が俺に、気持ちを打ち明けてくれた時だったな。確かに、お前は、夏樹さんと出会って、前向きになった。でもな、あの日、俺に、打ち明けてくれた気持ちをくれたのは、誰だったのかな?」

その父さんの言葉で、頭に浮かぶ、冬樹との出会い。髪を切ったと嘘をついて、髪を染めたとはにかんだ、その表情。そして、背中を押してくれた言葉。

「いいか。母さんもそう。夏樹さんも。人はいつ、手の触れられない、声の届かない場所に行くのかわからない。お前も、よく分かっているはずだ。いくら、正直に生きていても、後悔はついて回る。でも、何もせずに、手繰り寄せた後悔より、精一杯やった後悔の方が、何倍もいい。俺は、そう思う。そう、思うようになった。だから、この、今話をしている事も。俺のエゴだ。後悔しないように。お前も、間違えるなよ。じゃあ、飯を作ってくる」

顔を見なくてもわかる。父さんは、いつものように温かく微笑んでくれていただろう。

そして、僕の心に浮かんだ、罪悪感は、そんな父さんの言葉が届いたからこそ。

そう。気づいたんだ。本当は、何処かで気づいていたのかもしれない。

僕を救ってくれたのは、夏樹。そして、冬樹。1人ではなく。鏡写しのように、容姿は似ていても、根本的には違う2人。

今夜。あの場所に行ってみよう。君は、そこに居てくれるだろうか? あんな言葉をかけてしまった僕を、待っていてくれるだろうか?

そう窓から見上げた冬の空に問いかけてみた。