ーーーー あの日から、もう10日程になる。僕は毎日、あの場所に顔を出しては、夏樹の返事を待っているのだが、夏樹は姿を現すことはなかった。
これが、事実上の拒否だとするのなら、僕はしばらく立ち上がる事はできないだろう。
「どうした? 最近、食欲がないみたいだが。体調でも悪いのか? 」
それは、日常生活にも支障が出るほどで、こうして父さんにも心配される始末だ。
「まぁ。仕方無いか。お姉さん。亡くなったんだってな」
「え?」
「一卵性の双子っていったっけ? 相当、仲が良かったんだろな。今朝、ご両親と妹さんにあったぞ。3人とも疲れたような顔をして、心苦しかった」
「ちょ、ちょっと待って!さっきから、何の話をしているんだよ!」
「何って。花村さんの家の事だよ。夏樹ちゃんって、確か花村さん家の子だろ? お父さんとは親交があってな。あれ? でも、夏樹ちゃんって、妹さんだったんだな。父さん、勘違いをしていたよ。お姉さんが夏樹さんで、妹さんが、冬樹さんだと思っていた。まぁ、何にせよ。家族が亡くなるのは、辛い事だよな」
理解が追い付かない。夏樹には姉が居ることは知っていた。でも、双子? 父さんは、姉が夏樹と誤解していた?
そして繋がる違和感に、最悪を浮かべてしまう。
僕は居てもたっても居られず、立ち上がる。
「おい。どうした? 急に立ち上がって」
「ごめん父さん。ちょっと、行ってくる」
「夕夜?」
食べかけのまま、後片付けもせずに、急いで自室に駆け込むと、支度を済ませて、風のように家を飛び出す。
地につけた足の感覚が無いくらいに、無我夢中で走り続ける。
こんな早い時間に行っても、彼女は来ていないだろう。そもそも、今日とて顔を出してくれるかわからない。それでも、焦げた心が冷静な判断を奪い、一目散に山をかけ登っていく。
獣道は、毎晩の来訪者により、踏み固められて、立派な道となっており、コンクリートから土の変化によって、バランス感覚を失いそうになるも、比較的平凡な道のりを、運動神経よりも、感情だけで駆けていく。
そして、いつもの場所、月明かりがよく届く、幻想的な開けた場所。
そこに立つ人影に、僕は走る足を少しずつ緩めた。
カサカサとなる茂みの音に、彼女はびくりと肩を震わせて振り返る。
「夕夜………」
その声も、その瞳も、その鼻筋も、その薄い唇も、夏樹と遜色ない。
「夕夜、あのね」
そうやって呼んでくれる名前も。
「花村、冬樹だな?」
そう。夏樹と同じ声で呼んでくれる名前も。
「うん。夕夜。ごめん。黙っていて。ごめん」
「騙していたのか? ずっと。夏樹のフリをして。滑稽に見えたか? 初恋の相手を、見間違うような僕が、嘘を見抜けない、哀れな僕が」
「夕夜。あのね」
「黙れ!! 気安く、名前を呼ぶな!!」
喉がヒリヒリと痛む。同時に心もズキズキと音をあげる。
「夕夜………」
「もう。終わりだ。これ以上、僕に、惨めな思いをさせないでくれ」
「夕夜……」
「頼む! 頼むから。もう、名前を呼ばないでくれ。僕の前から消えてくれ」
生温かな雫が頬を伝う。目の前の彼女が冬樹なら。夏樹はもう………。
「ご、ごめんなさい」
小さく肩を震わす僕に、か細くそう残して、冬樹は、ゆらゆらとその場を後にした。
「っく!!」
冬樹が去ったのを確認して、両膝をつく。「うわぁぁ!!」という、自分から発せられた声とは思えないほどの、しゃがれた叫びが、夜の闇に溶けていく。
喉が熱く痛みをおびる、とめどない涙は、視界を奪い、血溜まりのように、赤く充血し、腫れあがる瞳。身体中が発熱し、寒さも受けつけない。
人生で初めての恋は、跡形もなく消え去ったように思えた。
これが、事実上の拒否だとするのなら、僕はしばらく立ち上がる事はできないだろう。
「どうした? 最近、食欲がないみたいだが。体調でも悪いのか? 」
それは、日常生活にも支障が出るほどで、こうして父さんにも心配される始末だ。
「まぁ。仕方無いか。お姉さん。亡くなったんだってな」
「え?」
「一卵性の双子っていったっけ? 相当、仲が良かったんだろな。今朝、ご両親と妹さんにあったぞ。3人とも疲れたような顔をして、心苦しかった」
「ちょ、ちょっと待って!さっきから、何の話をしているんだよ!」
「何って。花村さんの家の事だよ。夏樹ちゃんって、確か花村さん家の子だろ? お父さんとは親交があってな。あれ? でも、夏樹ちゃんって、妹さんだったんだな。父さん、勘違いをしていたよ。お姉さんが夏樹さんで、妹さんが、冬樹さんだと思っていた。まぁ、何にせよ。家族が亡くなるのは、辛い事だよな」
理解が追い付かない。夏樹には姉が居ることは知っていた。でも、双子? 父さんは、姉が夏樹と誤解していた?
そして繋がる違和感に、最悪を浮かべてしまう。
僕は居てもたっても居られず、立ち上がる。
「おい。どうした? 急に立ち上がって」
「ごめん父さん。ちょっと、行ってくる」
「夕夜?」
食べかけのまま、後片付けもせずに、急いで自室に駆け込むと、支度を済ませて、風のように家を飛び出す。
地につけた足の感覚が無いくらいに、無我夢中で走り続ける。
こんな早い時間に行っても、彼女は来ていないだろう。そもそも、今日とて顔を出してくれるかわからない。それでも、焦げた心が冷静な判断を奪い、一目散に山をかけ登っていく。
獣道は、毎晩の来訪者により、踏み固められて、立派な道となっており、コンクリートから土の変化によって、バランス感覚を失いそうになるも、比較的平凡な道のりを、運動神経よりも、感情だけで駆けていく。
そして、いつもの場所、月明かりがよく届く、幻想的な開けた場所。
そこに立つ人影に、僕は走る足を少しずつ緩めた。
カサカサとなる茂みの音に、彼女はびくりと肩を震わせて振り返る。
「夕夜………」
その声も、その瞳も、その鼻筋も、その薄い唇も、夏樹と遜色ない。
「夕夜、あのね」
そうやって呼んでくれる名前も。
「花村、冬樹だな?」
そう。夏樹と同じ声で呼んでくれる名前も。
「うん。夕夜。ごめん。黙っていて。ごめん」
「騙していたのか? ずっと。夏樹のフリをして。滑稽に見えたか? 初恋の相手を、見間違うような僕が、嘘を見抜けない、哀れな僕が」
「夕夜。あのね」
「黙れ!! 気安く、名前を呼ぶな!!」
喉がヒリヒリと痛む。同時に心もズキズキと音をあげる。
「夕夜………」
「もう。終わりだ。これ以上、僕に、惨めな思いをさせないでくれ」
「夕夜……」
「頼む! 頼むから。もう、名前を呼ばないでくれ。僕の前から消えてくれ」
生温かな雫が頬を伝う。目の前の彼女が冬樹なら。夏樹はもう………。
「ご、ごめんなさい」
小さく肩を震わす僕に、か細くそう残して、冬樹は、ゆらゆらとその場を後にした。
「っく!!」
冬樹が去ったのを確認して、両膝をつく。「うわぁぁ!!」という、自分から発せられた声とは思えないほどの、しゃがれた叫びが、夜の闇に溶けていく。
喉が熱く痛みをおびる、とめどない涙は、視界を奪い、血溜まりのように、赤く充血し、腫れあがる瞳。身体中が発熱し、寒さも受けつけない。
人生で初めての恋は、跡形もなく消え去ったように思えた。