「どんなお願い?」
母は呼びかけに歩み寄り、またベッドに腰かけると、章乃の顔を覗き込んできた。
「白いストッキングが欲しい」
視線を窓外から母の顔に移しながらそう言って、急に上体を起こし、両手で顔をこする。
「章乃、持ってるじゃない」
「白いのはないの」
章乃は笑いながらゆっくりと首を横に振る。「お願いできる? 買って来て欲しいの」
「それは構わないけど……」
「それから……」
一瞬口を濁し、俯き加減でシーツに包まれた足元に視線を延ばした。「下着もお願い……上下真っ白なヤツ……」
「どうして?」
母は微笑みながら真っすぐ章乃を見つめる。優しい表情に胸がいっぱいになる。
「どうしても。心機一転したいだけ」
空を見上げ、きっぱりと言った。章乃も真っすぐ母に視線を向け、微笑む。
「分かったわ」
母も章乃を見つめながら頷いた。「ほかにはない?」
「ええ、我がまま言って、ごめんなさい」
「そんなことぐらい……」
母は微笑んで大きく首を横に振る。「章乃はもう少し我がままでもいいのよ。そんなに我慢しなくても……」
母は章乃の顔を優しく両手で包むと、額に自分の額をくっつけた。母のしなやかな手の温もりと息遣いが章乃の胸を締めつける。
「お母さん、ありがとう。でも、そんなに甘えちゃ、バチが当たりそうだわ」
「そんなことないのよ」
母は立ち上がると、静かにベッドの傍を離れた。部屋を出てドアの陰から章乃に一度笑みを見せ、ドアをそっと閉めた。階段を下りる母の足音が遠ざかる。
章乃はしばらくドアの方を見つめると、また空を眺めた。さっき母に言った言葉を噛み締めた。
「心機一転したいだけ……か」
偽りの言葉はあと味が悪いものだ、としみじみ思いながら、心の中で母に詫びた。
人の体も何度も使い捨てられるといいのにと思う。そしたら要らぬ心配かけずに済む。自分の体の心配よりも、周りの者に負担を強いることが、章乃にはもどかしく、腹立たしい。
此間、母に「迷惑かけてごめんなさい」と言ったら、凄い剣幕で叱責された。いつもの柔和な顔つきが般若へと変貌した。否、険しい表情の下に慈悲を隠した不動明王なのだ。章乃は叱られながら泣いた。己に対する悔しさと、母への感謝の涙だった。
様々な感情の波が章乃を襲う。
病は自分のせいではないことは分かっている。仕方のないことだとも思う。それでもこんな自分が情けなく思えて堪らないし、周りの気遣いが有難くもあり、こちらが負担に感じることもある。
章乃は取り留めのないことばかり考えながら、目を瞑って大きく溜息をついた。
母は呼びかけに歩み寄り、またベッドに腰かけると、章乃の顔を覗き込んできた。
「白いストッキングが欲しい」
視線を窓外から母の顔に移しながらそう言って、急に上体を起こし、両手で顔をこする。
「章乃、持ってるじゃない」
「白いのはないの」
章乃は笑いながらゆっくりと首を横に振る。「お願いできる? 買って来て欲しいの」
「それは構わないけど……」
「それから……」
一瞬口を濁し、俯き加減でシーツに包まれた足元に視線を延ばした。「下着もお願い……上下真っ白なヤツ……」
「どうして?」
母は微笑みながら真っすぐ章乃を見つめる。優しい表情に胸がいっぱいになる。
「どうしても。心機一転したいだけ」
空を見上げ、きっぱりと言った。章乃も真っすぐ母に視線を向け、微笑む。
「分かったわ」
母も章乃を見つめながら頷いた。「ほかにはない?」
「ええ、我がまま言って、ごめんなさい」
「そんなことぐらい……」
母は微笑んで大きく首を横に振る。「章乃はもう少し我がままでもいいのよ。そんなに我慢しなくても……」
母は章乃の顔を優しく両手で包むと、額に自分の額をくっつけた。母のしなやかな手の温もりと息遣いが章乃の胸を締めつける。
「お母さん、ありがとう。でも、そんなに甘えちゃ、バチが当たりそうだわ」
「そんなことないのよ」
母は立ち上がると、静かにベッドの傍を離れた。部屋を出てドアの陰から章乃に一度笑みを見せ、ドアをそっと閉めた。階段を下りる母の足音が遠ざかる。
章乃はしばらくドアの方を見つめると、また空を眺めた。さっき母に言った言葉を噛み締めた。
「心機一転したいだけ……か」
偽りの言葉はあと味が悪いものだ、としみじみ思いながら、心の中で母に詫びた。
人の体も何度も使い捨てられるといいのにと思う。そしたら要らぬ心配かけずに済む。自分の体の心配よりも、周りの者に負担を強いることが、章乃にはもどかしく、腹立たしい。
此間、母に「迷惑かけてごめんなさい」と言ったら、凄い剣幕で叱責された。いつもの柔和な顔つきが般若へと変貌した。否、険しい表情の下に慈悲を隠した不動明王なのだ。章乃は叱られながら泣いた。己に対する悔しさと、母への感謝の涙だった。
様々な感情の波が章乃を襲う。
病は自分のせいではないことは分かっている。仕方のないことだとも思う。それでもこんな自分が情けなく思えて堪らないし、周りの気遣いが有難くもあり、こちらが負担に感じることもある。
章乃は取り留めのないことばかり考えながら、目を瞑って大きく溜息をついた。