お父さんが亡くなった時、私はまだ小三だった。

 「死」というものの存在は知っていたものの、お父さんが死んでしまったという実感は薄かった。

 今でもまだ、お父さんは遠くに出張にでも行ってるだけでひょっこりまた帰ってくるんじゃないかってそんな気がしてる。

 だから――お父さんのことを思い出そうとしても私はちっとも泣けないんだよね。

 こんなこと言うと薄情に思われるかもしれないけど。

 そんなことをポツポツと話していると、白浜くんは神妙な顔でうなずいた。

「本当に悲しい時って、そういうものなのかもしれないね」

 そう言うと、白浜くんは棚の上に置いてあった古い小物入れに手を伸ばした。

「じゃあ、ひょっとしてこれもお父さんの形見?」

 茶色い木の箱の上で、キラリと鳥をかたどった金の装飾が光る。

「うん、よく分かったね」

「だって相当古い感じがしたから」

「これ、実はオルゴールなんだ。お父さんが北海道に取材に行った時にお土産に買ってきてくれたの」

 私がオルゴールのネジを巻くと、綺麗なメロディーがオルゴールから流れてくる。

「この曲、お父さんが結婚式の時にピアノで弾いたんだって」

「えっ、お父さん、ピアノも弾けるの?」

「ううん、この一曲だけ。結婚式のために練習したんだって。お母さん、すごく感動したらしいよ。この曲を聞くたびにお父さんのことを思い出すってうっとりしてた」

「へえ、そうなんだ。ロマンチックだね」

「うん」

 白浜くんの言葉に、私は初めて父はロマンチストだったのかもと思った。

 私のお父さんのイメージは、いつも背広を着て仕事で忙しく飛び回ってる人だったから。