私は、自分の撮った白浜くんの写真を一枚一枚見返した。

 会長就任演説の写真。

 初めてインタビューしたときの写真。

 二人で映画を見に行った時の写真。

 学校祭の時の写真。

「この写真いいな。この白浜くんもかっこいい」

 私は、白浜くんの写真を一枚一枚見ながら記事の構想を練った。

 どの写真も非の打ち所がないほど素敵な写真だった。

 でも少し残念だったのは、プライベートの、素の白浜くんの写真があまり残っていなかった点だ。

 『愛する一人の人に、本当の僕を見つけて愛してほしい』

 白浜くんはそう書き残していたのに。

 こうなると分かってたら、もっとたくさん写真を残したのに。

 ――ううん。本当の白浜くんなら私がよく知ってる。

 私の記憶の中にいる白浜くんのことを、そのまま記事にすればいいんだ。

 私はインタビュー記事をまとめた。

 白浜くんの病気のことや、これまでの苦労、私にしか見せなかった優しい顔、いつも持ち歩いていたインスタントカメラのことも書いた。

 どれも私にしか書けない記事だった。

 私にできる、私にしかできない精一杯のことだった。

 食事を取るのも忘れて執筆に取り組む。

 二人が出会うのは運命だったのかな。

 もしかしたら白浜くんの生きてきた(あかし)を残すために私は生まれてきたのかもしれない。

 いつしか私はそう思うようになっていた。

 私は一晩中、何かにとりつかれたかのように夢中になって白浜くんの追悼記事を執筆した。

 そして空が白くなり始め、配達員が郵便受けに新聞を入れるカコンという音を聞いた辺りで、気絶するように眠りに落ちた。