「これは……」

 私は消えそうに儚いその文字を指でなぞった。

 『花へ』

 そう書き始められた文章は、私に向けられた手紙だった。

『花へ。この文章を読んでいるということは、僕はもうこの世にはいないんだろうな。

 これは君も知っている通り、僕が残り少ないかもしれない人生を有意義に生き、生きた証をできるだけたくさん残すためのノートだ。

 僕の存在をできるだけ多くの人に覚えておいてもらいたい。そして愛する一人の人に、本当の僕を見つけてほしい。そう思って作り始めたノートだ。

 だけど君と付き合ううち、僕の中には迷いも生まれた。君はもうすでにお父さんという大切な人を亡くしている。

 さらに恋人まで亡くすとなると、君の心に深い傷を負わせてしまうかもしれない。 

 君は最後まで僕のそばにいたいと言っていたからその意志は尊重したいけど、僕がもし亡くなってしまった後は、僕に気兼ねすることなく自由に他の人と付き合ったり結婚したりしてほしい。

 ――と書くべきなんだろうけど、今、試しに自分が亡くなった後に君があの後輩と付き合ったり結婚なんかする想像をしてみたらすごく嫌だったよ。自分が思っていたより僕はちょっと嫉妬深いみたいだ。困ったね。

 とはいっても基本は残された君は自由に恋愛すべきとは思っているよ。せめて僕のことは忘れないでほしいと思うだけで。

 「あいつには死んじゃったからもう勝てないな」って思われたいんだよね。これは僕の勝手な気持ちだけど。

 そんなわけで、僕はせめて自分が生きた証はたくさんこの世に残したいと思っている。そうすれば、例え僕が死んでも僕の存在はこの世界の片隅のどこかに残り続けるんじゃないかなと思うから。どうか僕を見つけて。僕を忘れないで。

 最後に花。僕は君を一生愛してるよ。それじゃ』


 私は白浜くんの文章を噛みしめるように何度も読み直した。

「バカ……」

 小さく口の中でつぶやく。

 白浜くんを忘れられるはずなんてない。

 他の人を好きになんてなれるはずないのに。

 バカだよ、本当。

 私は何度も何度も手紙を読み返した。

 空が赤くなり、夜になっても、私は一晩中白浜くんの手紙を読み返した。

 忘れたくない。

 消えてほしくない。

 白浜くんの記憶を、思い出を。

 薄れさせたくないよ、白浜くん――。