これは本物の彼じゃない。

 だからきっと私は泣けないんだと、私はそう思った。

 でもだとしたら――ここに白浜くんがいないのだとしたら、私はどこで白浜くんにさよならを言えばいいのだろう。

「あの、五十鈴花さんですか?」

 私が呆然と立ち尽くしていると、綺麗な女性から声をかけられる。

「はい、そうですが」

「白浜港人の母です」

 女性はそう名乗った。

 白浜くんのお母さん?

 確かに、その女性は背の高いところや色白なところ、大きな目元や上品な雰囲気が白浜くんにそっくりだった。

「あ、あの――このたびは……」

 何と挨拶しようか戸惑っている私に、白浜くんのお母さんは一冊のノートを私に手渡してくれた。

「良かった。五十鈴さんにはこれを渡したくて」

 見覚えのある青いノートだった。

 表紙には『やりたいことノート』という文字が書かれていた。

 このノート……!

「これは港人の病室にあったノートです。自分に何かあったら五十鈴さんに渡すようにとメモが貼ってあったので」

「そうでしたか。わざわざありがとうございます」

 私はぺこりと頭を下げてノートを受け取った。

 お葬式が終わり、私は再び空っぽの頭のままバスに揺られて家に帰った。

 もうどこに行っても白浜くんには会えないのだというむなしい気持ちを抱えながら――。