「おはよう」
一年前と同じ教室に入ると、よく通る明るい声がした。
声の主は青い背広服を着た男で、髪は赤みを帯びた金色、瞳は薄い青で肌は日に焼けていた。
「ヴァン先生、おはようございます」
ドイが男に手を上げて挨拶をした。
「おはよう、ドイ。君がウィリアムだね。学級担任のヴァンだ」
ウィリアムは差し出されたヴァンの手を取った。
「ヴァン先生、よろしくお願いします」

ウィリアムは朝早くに家を出ていたため、教室にはまだ数人の生徒しかいなかったが、予鈴の鐘が鳴るころには教室の席はすっかり埋まっていた。
「みんな、南を向いて」
ヴァンの言葉に全員が立ち上がって左を向いた。
そしていつものように一分間の黙祷をした。
ここからは見えないがその方向の遠い所に「祈りの塔」がある。
その塔はコントル教の象徴で、そのコントル教は全世界で信仰されている。
祈りの塔は世界中に数ヵ所存在し、ここ連合国には南の海岸近くに一つだけ立っている。

コントル教の起源について詳しいことはよくわかっていないが、現在使われている暦から約四千年前に起こったとされている。
コントル教にはいくつもの宗派があり、細かいものまで入れると数百にも分かれるが、代表的な三つがイスト派、イラム派、アンディ派だ。
宗派によって戒律や作法といった様式は異なってくるが、共通となっているのが塔に関する二つのことだった。
ひとつは塔のある方角に向かって毎日祈りを捧げること。
そしてもうひとつは塔に立ち入ることができるのは司祭以上の者に限られているということだ。
ここ連合国の信者は三大宗派のうちのひとつ、イスト派が大半を占めている。
イスト派はさらに大きく二つに分かれており、ユニオン会とローム会がある。
それぞれの会は戒律や作法の基本的な部分は同じだが、考え方や一部の禁止事項が異なっている。
ウィリアムの住んでいるこの辺りではユニオン会が広く支持されていた。
昔はこの会派間での対立が激しく、互いに虐殺や迫害を繰り返してきた歴史がある。

「みんな、校庭に出て」
ヴァンの声に生徒たちは移動を始めた。
「ヴァン先生っていつ来たの? 去年はいなかったよね?」
ウィリアムは横を歩くドイに尋ねた。
「新学期からだよ。ランスから来たんだって」
「ランスから?」
ランスは海を隔てた隣国だ。
同じイスト派を信仰し、文化も似ているが、ランスではローム会が広く支持されており、使用する言語も異なった。
昔は国内と同様に会派間での対立や国土の覇権争いを頻繁にしていたため両国はあまり仲の良い関係になかった。
友好な関係を築けるようになったのは近年で、ランスにおける遺跡発見がそのきっかけだった。
遺跡からはたくさんの本が発見されたが、その本の言語は多くが連合国の古語であったため、ランスの学者より正確で、より早く解読することのできた連合国の学者が重宝された。
そうして解読された本の内容をもとにランスと連合国は共同で研究を行うようになりテクノロジーに関する学問を発展させてきた。
そういう経緯があり、現在、表立った両国の対立はなくなり平和な関係を維持している。

「いい天気だ」
ヴァンは額に手をかざして空を見上げた。
遠くに発電所の巨大な風車が回っていた。
「今日は光について勉強するよ」
ヴァンは厚みのある板を二枚手に持っていた。
ひとつには白い厚紙が、もうひとつには黒い厚紙が貼られていた。
「まずこの紙を日光に当ててしばらく放置する」
日当たりの良い地面に白と黒の板が置かれた。
「さあ、そのあいだにみんなに質問だ。今日は暖かいね。こうして地球が暖かくなるのはなぜだと思う?」
「太陽があるから」
「生き物がいるから」
「二酸化炭素」
次々に生徒が答えていった。
「すごいな。うん、どれもそうだね」
ヴァンは満足そうに笑みをつくった。
「まず、太陽の光が地球に届くんだけど、それだけじゃ地球は暖まらない。それは熱が反射して、また宇宙へかえっていくからだ。それを温室効果ガスがある程度防いでいるから地球は温暖でいられる」
「冬は寒いよ」
誰かが言った。
「それは地球が傾いて自転しながら太陽の周りを公転しているからだ。それによって受ける熱の量が時期によって変化する。それが一番少なくなるのが冬なんだ。しかし温室効果ガスが今より少なくなるとどうなると思う?」
「冬はもっと寒くなる」
「そうだ。夏も気温が下がるだろう。するとだんだん地球は冷えて凍りだす。すると地表は白くなってさらに寒くなる」
「どうして白くなると寒くなるの」
また別の子が質問した。
「いい質問だ。それがわかるのが今日の実験だよ」
ヴァンは先ほど地面に置いた二枚の板を指さした。
「触ってごらん」
生徒が次々に白と黒の板に手を伸ばした。
みんな楽しそうにしていた。
ウィリアムは少し離れた所でそれを見ていた。
「黒は熱いのに白は熱くない!」
生徒の一人が驚いた声を出した。
「白は光を反射しやすい。だから熱を吸収しにくいんだ」
ヴァンの説明をウィリアムはぼんやりときいていた。
「どうしたの? ウィルは行かないの?」
先に行って戻って来たドイがウィリアムの手を取った。
「あ、……うん行くよ」
「比べてみるとぜんぜん違うのよ」
ドイはそのままウィリアムの手を引いた。
(真っ白な極寒世界を僕は知っている。あれはなんの記憶?)