放課後、席を立とうとしたルネは肩を叩かれて振り返った。
「前の授業にいなかったけど」
そう言ってドイがルネの顔をじっと見た。
「もしかして、泣いた?」
ルネはとっさに顔を伏せた。
「ウィリアムに話した。私の体のこと、病気のこと」
「そうなの」
ドイがルネの背に軽く触れた。
「話をきいてそばにいてくれた」
資料室でルネとウィリアムはお互いにいろいろな話をした。
「マリのやったことは正しかったのかな」
「なぜ?」
「だってまた人は同じことを繰り返すかもしれない。実際に今その状況にあるだろ? マリは人の歴史や文化、知識を残して伝えたかったんだろうけど」
ルネは少し考えたあと口を開いた。
「確かにそうかもしれない。でも今のテクノロジーの萌芽は何千年も前からあった。いずれこういう知識はまた誰かが見つけて考え出したと思う」
「でもその時期は早まっただろ?」
「だとしてもマリは単に知識だけを伝えたんじゃない。歴史とその事実も伝えた。つまり、後世に考える余地を残した。未来へ選択肢も残したんだ」
「ルネは将来どうするの?」
「できればまた言語の研究がしたい。君はは?」
「世の中の役に立つ開発をしたい。テクノロジーだって害を生みだすものばかりじゃない」
資料室を出る前にルネはウィリアムに伝えた。
「さっきはいろいろと弱音を吐いたけど、私はこの体を不幸だとは思っていない。確かに苦しくて辛いと思うことはあるけれど、それだけではないんだ」
ルネはそう言うと口元を緩めた。
「ウィルはよくあなたを見ていたわ」
ドイの声にルネは顔を上げた。
「私を?」
「私はあなたを友だちと思ってるわ。でもウィルはそれとは違う気がする」
ルネは顔をこわばらせた。
「え……」
「あ」
ドイが教室の後方を見た。
ルネもそちらに顔を向けると、教室のドアの前にウィリアムが立っていた。
「私、用事があるから」
ドイに合わせてルネも席を立った。
「はっきりと言わないと伝わらないわよ」
そう言ってドイはウィリアムの横を通り過ぎていった。
「なんのこと?」
後ろから出てきたルネにウィリアムが怪訝な顔をした。
「さあ?」
木の下ではキラキラと砂粒をちりばめたような木漏れ日が芝生の上で揺れていた。
少し離れたグラウンドの生徒たちの声をききながらルネはそこに腰を下ろし本を開いた。
しばらくそうしていると校庭の方からウィリアムがやって来てルネの隣に座った。
「ここは風が心地いいね」
「何してたんだ?」
「試合」
「そう」
ウィリアムがルネの手元を覗き込んできた。
「図鑑?」
「蝉の生態について」
「蝉って夏の昆虫だっけ」
「ランスでは夏によく鳴いていた。蝉は抜け殻で雌雄や種が見分けられるんだ。昔はオカノとよく抜け殻を拾っていた」
ルネがそう言うとウィリアムが笑った。
「君の養父は君が大好きだったと思うよ。好きの反対は無関心なんだ」
ルネはオカノの顔を思い浮かべた。
「そうなのかな……」
「オカノは君を愛していた。そして今も君を愛する人は確かにいる」
「いるかな」
「君が知らないだけで、いるよ」
「そうかな」
「そうだよ」
すぐ耳元で声がしてルネは息を止めた。
それからゆっくりと横を向くと、すぐ目の前にウィリアムの顔があって、見つめる茶色の瞳には銀色のしずくが落ちていて微かに揺れていた。
そしてその瞳には自分が映っていた。
(これは誰?)
首を傾げるとその瞬間、視界が歪んだ。
ルネはズレ落ちたた眼鏡をかけ直そうと腕を上げた。
しかしその手は眼鏡ではなくウィリアムの頬に触れた。
ルネは触れたそれを指で挟んでつねった。
「いたっ」
ウィリアムは後ろに身を引いて頬を押さえながら呆然とした。
「何するんだ」
「ああ、すまない」
ルネが謝るとウィリアムは気まずそうに顔を逸らしてまた校庭へ歩いて行ってしまった。
ルネはそれを目で追った。
そして口元に手をやった。
「前の授業にいなかったけど」
そう言ってドイがルネの顔をじっと見た。
「もしかして、泣いた?」
ルネはとっさに顔を伏せた。
「ウィリアムに話した。私の体のこと、病気のこと」
「そうなの」
ドイがルネの背に軽く触れた。
「話をきいてそばにいてくれた」
資料室でルネとウィリアムはお互いにいろいろな話をした。
「マリのやったことは正しかったのかな」
「なぜ?」
「だってまた人は同じことを繰り返すかもしれない。実際に今その状況にあるだろ? マリは人の歴史や文化、知識を残して伝えたかったんだろうけど」
ルネは少し考えたあと口を開いた。
「確かにそうかもしれない。でも今のテクノロジーの萌芽は何千年も前からあった。いずれこういう知識はまた誰かが見つけて考え出したと思う」
「でもその時期は早まっただろ?」
「だとしてもマリは単に知識だけを伝えたんじゃない。歴史とその事実も伝えた。つまり、後世に考える余地を残した。未来へ選択肢も残したんだ」
「ルネは将来どうするの?」
「できればまた言語の研究がしたい。君はは?」
「世の中の役に立つ開発をしたい。テクノロジーだって害を生みだすものばかりじゃない」
資料室を出る前にルネはウィリアムに伝えた。
「さっきはいろいろと弱音を吐いたけど、私はこの体を不幸だとは思っていない。確かに苦しくて辛いと思うことはあるけれど、それだけではないんだ」
ルネはそう言うと口元を緩めた。
「ウィルはよくあなたを見ていたわ」
ドイの声にルネは顔を上げた。
「私を?」
「私はあなたを友だちと思ってるわ。でもウィルはそれとは違う気がする」
ルネは顔をこわばらせた。
「え……」
「あ」
ドイが教室の後方を見た。
ルネもそちらに顔を向けると、教室のドアの前にウィリアムが立っていた。
「私、用事があるから」
ドイに合わせてルネも席を立った。
「はっきりと言わないと伝わらないわよ」
そう言ってドイはウィリアムの横を通り過ぎていった。
「なんのこと?」
後ろから出てきたルネにウィリアムが怪訝な顔をした。
「さあ?」
木の下ではキラキラと砂粒をちりばめたような木漏れ日が芝生の上で揺れていた。
少し離れたグラウンドの生徒たちの声をききながらルネはそこに腰を下ろし本を開いた。
しばらくそうしていると校庭の方からウィリアムがやって来てルネの隣に座った。
「ここは風が心地いいね」
「何してたんだ?」
「試合」
「そう」
ウィリアムがルネの手元を覗き込んできた。
「図鑑?」
「蝉の生態について」
「蝉って夏の昆虫だっけ」
「ランスでは夏によく鳴いていた。蝉は抜け殻で雌雄や種が見分けられるんだ。昔はオカノとよく抜け殻を拾っていた」
ルネがそう言うとウィリアムが笑った。
「君の養父は君が大好きだったと思うよ。好きの反対は無関心なんだ」
ルネはオカノの顔を思い浮かべた。
「そうなのかな……」
「オカノは君を愛していた。そして今も君を愛する人は確かにいる」
「いるかな」
「君が知らないだけで、いるよ」
「そうかな」
「そうだよ」
すぐ耳元で声がしてルネは息を止めた。
それからゆっくりと横を向くと、すぐ目の前にウィリアムの顔があって、見つめる茶色の瞳には銀色のしずくが落ちていて微かに揺れていた。
そしてその瞳には自分が映っていた。
(これは誰?)
首を傾げるとその瞬間、視界が歪んだ。
ルネはズレ落ちたた眼鏡をかけ直そうと腕を上げた。
しかしその手は眼鏡ではなくウィリアムの頬に触れた。
ルネは触れたそれを指で挟んでつねった。
「いたっ」
ウィリアムは後ろに身を引いて頬を押さえながら呆然とした。
「何するんだ」
「ああ、すまない」
ルネが謝るとウィリアムは気まずそうに顔を逸らしてまた校庭へ歩いて行ってしまった。
ルネはそれを目で追った。
そして口元に手をやった。