燦々と日の差し込む窓際から離れ奥へと足を進めるとしだいに人の姿はまばらになり、ついには人気のないひっそりとした空間に出た。
書棚に囲まれるように置かれた机には本が積み上げられ、そこにぽつんと人の姿があった。
「隣いい?」
ウィリアムは本の隙間から声をかけた。
声をかけられたルネは目を丸くしながらズレ落ちた眼鏡を持ち上げた。
「どうしてここに?」
「こんなに読むの?」
ウィリアムの問いにルネは俯いてまた本の頁に目を落とした。
「読めるうちに読むんだ」
続きを読み始めるルネの一つ離れた席でウィリアムも本を取ってきて開いた。
一時間も経たないうちに隣で椅子を引く音がしてウィリアムは顔を上げた。
ルネが席を立って本を抱え上げていた。
「もう読んだの?」
「そろそろ帰らないといけない。残りは借りて読む」
ウィリアムも席を立ってルネの抱えている本を半分取った。
「何読んでるの?」
「郷土史料。それによると、この街はずいぶん古くからあるみたいだ。昔の建物が残っていたり補強されてそのまま使われていたり……」
そう語るルネにウィリアムは目を細めた。
「明日も来る?」
「そのつもりだけど」
「じゃあまた明日」
翌日、同じ場所にウィリアムはやって来たがいつまで経ってもルネは姿を現さなかった。
しばらく本を読んでいたがウィリアムは諦めて席を立った。
そして図書館を出てすぐの停留所からバスに乗った。
丘の上の家の戸口に立つとウィリアムは呼び鈴を鳴らした。
少し間をおいてドアが開いた。
「突然ごめん。今日来なかったから何かあったのかと思って」
ルネは玄関前に立つウィリアムに驚いていたが、その表情は暗かった。
「どうして来るんだ」
その言葉にウィリアムは顔を引きつらせた。
「何もないならいいんだ。帰るよ」
ウィリアムが背を向けるとルネは慌てたように手を伸ばした。
「待って、違う。少し体調が良くなくて……」
確かにルネの顔色は青白く、少し汗もかいていた。
「お茶を淹れるよ」
「でも具合良くないんだろ?」
「たいしたことないんだ」
ウィリアムはルネのあとに続いて家の中に入った。
ルネは台所へ行き、薬缶に水を溜めはじめたが、その動作はのろのろとしておぼつかなかった。
「僕がやるよ」
「いや、座っててくれ」
薬缶に火をかけたあとルネがようやくウィリアムの待つ食卓へやって来た。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「うん、とりあえず事故じゃなくてよかった。それより風邪かなにか?」
「違う」
それからルネは黙り込んでしまったためウィリアムは部屋を見まわした。
以前来たときもそうだったが部屋には必要最低限の家具しかなくこざっぱりとしていた。
薬缶がシュンシュンと音を立てはじめた。
ルネが席を立って歩きだしたのを見てウィリアムは思わず立ち上がった。
「それどうしたんだ!?」
ルネの膝丈のズボンの裾から血が流れていた。
よく見るとスボンにも血が滲みていた。
ウィリアムの視線をたどって自分の足を見たルネは顔をひきつらせた。
「どこか怪我したのか? 見せてみて」
「来るな!」
ウィリアムが近寄ろうとするとルネは手を突き出してそれを制した。
「大丈夫だから。なんでもないんだ」
「いや、なんでもなくないだろ」
ウィリアムは一歩近づいた。
「待て、これ以上来るな。本当に違うんだ」
「じゃあ誰か呼んでくるよ」
「何もしなくていい!」
ルネは力強く頭を振った。
「じゃあ僕はどうすればいい?」
ウィリアムが為す術なく困り果てているとルネはまっすぐ玄関の方を指さした。
「出ていってくれ」
いつもと違う様子に違和感をおぼえながら、その頑なな態度にウィリアムは黙ってルネの脇を通り過ぎると、台所の火を消してから外に出た。
数日経って、再び図書館に来たウィリアムは同じ奥の席でルネを見つけて近づいた。
「隣、いい?」
ルネは目線をちらりと寄越したあと頷いた。
「君、何か隠しごとしてる?」
「どんな?」
「何か重大な病気を持っているとか」
「この前のことを言っているのなら、あれは病気じゃない」
「じゃあ何?」
ルネはじっと黙って、本から顔を上げた。
「誰にだって隠しごとの一つや二つあるだろう? 君にだって」
ウィリアムはぐっと言葉をのみ込んだが思い直して口を開いた。
「でも君はドイには話してるんだろ? なぜ僕には話してくれないんだ?」
「……君には言いたくない」
その言葉にウィリアム歯を噛み締めた。
「その理由は?」
「言えない、話したくない」
「僕のことが嫌いか?」
ルネはその言葉に首を傾げた。
「君を嫌いだったら話さなくていいのか? 嫌いじゃなかったら話さなくちゃいけないのか?」
「そうじゃない。というか嫌いなの?」
するとルネは急に真顔になったあと表情を暗くした。
「嫌いじゃない。けど話せないんだ」
書棚に囲まれるように置かれた机には本が積み上げられ、そこにぽつんと人の姿があった。
「隣いい?」
ウィリアムは本の隙間から声をかけた。
声をかけられたルネは目を丸くしながらズレ落ちた眼鏡を持ち上げた。
「どうしてここに?」
「こんなに読むの?」
ウィリアムの問いにルネは俯いてまた本の頁に目を落とした。
「読めるうちに読むんだ」
続きを読み始めるルネの一つ離れた席でウィリアムも本を取ってきて開いた。
一時間も経たないうちに隣で椅子を引く音がしてウィリアムは顔を上げた。
ルネが席を立って本を抱え上げていた。
「もう読んだの?」
「そろそろ帰らないといけない。残りは借りて読む」
ウィリアムも席を立ってルネの抱えている本を半分取った。
「何読んでるの?」
「郷土史料。それによると、この街はずいぶん古くからあるみたいだ。昔の建物が残っていたり補強されてそのまま使われていたり……」
そう語るルネにウィリアムは目を細めた。
「明日も来る?」
「そのつもりだけど」
「じゃあまた明日」
翌日、同じ場所にウィリアムはやって来たがいつまで経ってもルネは姿を現さなかった。
しばらく本を読んでいたがウィリアムは諦めて席を立った。
そして図書館を出てすぐの停留所からバスに乗った。
丘の上の家の戸口に立つとウィリアムは呼び鈴を鳴らした。
少し間をおいてドアが開いた。
「突然ごめん。今日来なかったから何かあったのかと思って」
ルネは玄関前に立つウィリアムに驚いていたが、その表情は暗かった。
「どうして来るんだ」
その言葉にウィリアムは顔を引きつらせた。
「何もないならいいんだ。帰るよ」
ウィリアムが背を向けるとルネは慌てたように手を伸ばした。
「待って、違う。少し体調が良くなくて……」
確かにルネの顔色は青白く、少し汗もかいていた。
「お茶を淹れるよ」
「でも具合良くないんだろ?」
「たいしたことないんだ」
ウィリアムはルネのあとに続いて家の中に入った。
ルネは台所へ行き、薬缶に水を溜めはじめたが、その動作はのろのろとしておぼつかなかった。
「僕がやるよ」
「いや、座っててくれ」
薬缶に火をかけたあとルネがようやくウィリアムの待つ食卓へやって来た。
「わざわざ来てくれてありがとう」
「うん、とりあえず事故じゃなくてよかった。それより風邪かなにか?」
「違う」
それからルネは黙り込んでしまったためウィリアムは部屋を見まわした。
以前来たときもそうだったが部屋には必要最低限の家具しかなくこざっぱりとしていた。
薬缶がシュンシュンと音を立てはじめた。
ルネが席を立って歩きだしたのを見てウィリアムは思わず立ち上がった。
「それどうしたんだ!?」
ルネの膝丈のズボンの裾から血が流れていた。
よく見るとスボンにも血が滲みていた。
ウィリアムの視線をたどって自分の足を見たルネは顔をひきつらせた。
「どこか怪我したのか? 見せてみて」
「来るな!」
ウィリアムが近寄ろうとするとルネは手を突き出してそれを制した。
「大丈夫だから。なんでもないんだ」
「いや、なんでもなくないだろ」
ウィリアムは一歩近づいた。
「待て、これ以上来るな。本当に違うんだ」
「じゃあ誰か呼んでくるよ」
「何もしなくていい!」
ルネは力強く頭を振った。
「じゃあ僕はどうすればいい?」
ウィリアムが為す術なく困り果てているとルネはまっすぐ玄関の方を指さした。
「出ていってくれ」
いつもと違う様子に違和感をおぼえながら、その頑なな態度にウィリアムは黙ってルネの脇を通り過ぎると、台所の火を消してから外に出た。
数日経って、再び図書館に来たウィリアムは同じ奥の席でルネを見つけて近づいた。
「隣、いい?」
ルネは目線をちらりと寄越したあと頷いた。
「君、何か隠しごとしてる?」
「どんな?」
「何か重大な病気を持っているとか」
「この前のことを言っているのなら、あれは病気じゃない」
「じゃあ何?」
ルネはじっと黙って、本から顔を上げた。
「誰にだって隠しごとの一つや二つあるだろう? 君にだって」
ウィリアムはぐっと言葉をのみ込んだが思い直して口を開いた。
「でも君はドイには話してるんだろ? なぜ僕には話してくれないんだ?」
「……君には言いたくない」
その言葉にウィリアム歯を噛み締めた。
「その理由は?」
「言えない、話したくない」
「僕のことが嫌いか?」
ルネはその言葉に首を傾げた。
「君を嫌いだったら話さなくていいのか? 嫌いじゃなかったら話さなくちゃいけないのか?」
「そうじゃない。というか嫌いなの?」
するとルネは急に真顔になったあと表情を暗くした。
「嫌いじゃない。けど話せないんだ」