画面に表示された文字は連合国の古語だった。
ポールがコンピュータを操作し、三人は画面に表示される文章をひとつひとつと読み進めていった。
「核兵器に原子力発電?」
「便利で役に立つけど、とても危険なものみたいだな」
「莫大なエネルギーを生みだす、これが本当なら世界が一変するだろう」
膨大な内容を途中読み飛ばして、最後の一文までたどり着いた頃にはみんなクタクタになって黙り込んだ。
静けさの中でコンピュータの排熱音だけが響いていた。
「暑いな」
ウィリアムはシャツの袖で汗を拭った。
「本を隠したって、もしかして」
ポールが言うとルネは頷いた。
「トゥルーヌ遺跡のことかもしれない……」
「じゃあこれは実話なのか!?」
ポールが机を叩いた。
するとその音に合わせてルネの体が揺れた。
ゆっくり傾いで、それからある時点で急に崩れ落ちるようにして床に座りこんだ。
「どうした、ルネ?」
隣にいたウィリアムが急いで肩を掴むと、ルネは力なくぐったりとして、その体は熱かった。
「熱中症かもしれない」
「先生に知らせてくる」
ポールが席を立って飛び出していった。
「何か冷やすもの」
ウィリアムは着ていたシャツを脱いで教室を出た。
一階の手洗い場まで来ると水道でシャツを濡らし、また二階に戻ってルネの首に当てた。
「そうだ、服を脱がせた方がいいな」
ウィリアムはルネのシャツのボタンに手をかけた。
ボタンは一番上からしっかりと留められていて、外すのに手間がかかった。
「ウィリアム!」
後ろから声が響き、ヴァンとポールがかけ寄ってきた。
「様子はどうだ?」
小さなうめき声がしてウィリアムが顔を戻すとルネがうっすらと目を開けていた。
「医務室に連れて行こう。ウィリアムはここの戸締まりを頼む」
ヴァンはルネを抱え上げると部屋を出ていった。
急いで戸締まりを済ませてウィリアムも医務室へ急いだ。
着いた頃にはルネは寝台に寝かされて目を閉じていた。
「それで君たち、あんなになるまで何をしてたんだ?」
ヴァンはウィリアムとポールを隅の机の前に座らせて尋ねた。
ウィリアムはルネの鞄に仕舞った卵型のカプセルとその中のメモリディスクを取り出して机に置いた。
「これは?」
「学校の地下で見つけました」
「地下って地下教室のことかい?」
「いえ、資料室の床下のことです」
ウィリアムがそう言うと、ヴァンは怪訝な顔をした。
「資料室に地下室があるのかい?」
ウィリアムは少し迷ったあとカプセル見つけた経緯を簡単に語った。
「なるほど。つまり古い書付けに書いてあったカプセルを探して資料室の床をこじ開けて見つけたと」
二人が口を挟む隙を与えずヴァンはカプセルとメモリディスクを取り上げた。
「これは一旦私が預かろう」
快晴の空の下、窓の外では青く光る草原が後方へとどこまでも流れていっていた。
ウィリアムが視線を前に移すと向かいのルネも同じように窓から目を離した。
「あれから体は大丈夫?」
「問題ない。あのときは迷惑をかけてすまなかった」
「ほんと! 後できいてびっくりしたわ」
ルネの隣でドイが頷いた。
「でもあの記録には驚いたよ」
ポールが興奮した声で言った。
鉄道を降りると駅は閑散としていた。
「ここから一時間歩くのか」
駅舎を出ると一本道が長く遠く伸びていた。
「ちょっとした巡礼の旅だな」
ウィリアムたちは祈りの塔を見に南部の海岸近くへやって来た。
風は涼しかったが青空に輝く太陽は刺すように鋭かった。
ルネが帽子を被ったその上にドイが日傘を差した。
「一緒に入りましょう」
そんな二人の先に立ってウィリアムが歩いているとポールが肩を叩いた。
「なあ、後ろの二人ベタベタし過ぎじゃないか?」
しばらく歩くと遠くに高く伸びる塔の様子がより鮮明に見えてきた。
「カプセル、戻ってくるかな」
「それはもともと僕達のものじゃないだろ。今は国の専門家が調べてるみたいだからすぐには無理じゃないかな」
まだ公には報道されていないがヴァンの話によるとこの夏期休暇中に学校の資料室の地下にも調査が入るとのことだった。
塀の前で足を止めるとウィリアムは手をかざして塔を見上げた。
「前に一度、父さんと見に来たことがある」
「僕も家族と来たよ。今思うけど、これなにかの目印にも見えるよな」
人々を導き同時に拒絶するもの。
生活に染み込み、絶対的で静かに根を張るもの。
「コットンが言ってた」
いつの間にかルネがウィリアムの隣にやって来ていた。
「コットン?」
ウィリアムは首を傾げた。
「私がランスにいた頃からお世話になってる人。君は会ったことがあると思う」
「え、会ったことあるかな?」
丘の上の寺院へはルネを訪ねて数度行ったが、その際に会ったのはジョンだけだった。
「コットンは数年前、この国の研究所にいたらしい」
ウィリアムははっと息をのんだ。
「昨年の年末、コットンはあの塔の中に入って一時行方不明になったんだ。そのあと無事に見つかったけど、それからしばらくは青い顔をしていた。資料室の地下から出てきたときの君のような」
ルネの視線を感じたがウィリアムは前を見つめたまま黙っていた。
「家に帰ってしばらくしてコットンが漏らすのをきいたんだ。あの地下は底しれない闇だって。持っていた明かりが消えて彷徨ったらしい」
草の鳴る音とともに風が髪をなびかせ、流れる雲が一瞬だけ地上に影を作った。
「何も見えなかっただろうけどそういう意味じゃない気がする。ウィリアム、君は何か見たのか?」
ウィリアムはフッと息を漏らした。
「僕も明かりが切れたんだ。何も見えなかったよ」
「そう」
ルネは頷くとまたドイの方へ離れていった。
「ねえウィル、今日のルネどうだった?」
再び鉄道に乗って街へ戻ってきたとき、ドイがウィリアムの耳元でこっそりと囁いた。
「どうって、いつも通りじゃないのか?」
「もう! 今日の服は私が見立てたんだから」
ドイが口を膨らませた。
ルネは薄手の麻のシャツに淡い色合いの軽やかなズボンを履いて涼しげだった。
「うん、あれくらいがいいよ。前なんかずいぶん着込んで暑そうだったから」
「前?」
「別棟のコンピュータ室に行ったとき。あのとき服を脱がせようとしたらまだ下に何枚も着てたんだ」
「服を脱がせた!?」
ドイが声を上げた。
「いや、熱中症で体を冷やす必要があったから」
ウィリアムが弁明するとドイは呆れたように盛大に息を吐いて頭を振った。
「それより、ドイはルネと二人でよく出かけたりするのか?」
ウィリアムは話題を変えようとドイにきいた。
「たまにね。図書館に行ったり、買い物に行ったり」
「へえ」
「この前なんか地味な下着しか付けないルネに私がいくつか選んであげたのよ」
「え?」
「あ」
ドイが気まずそうに顔を逸らした。
「そんな買い物も一緒にするのか?」
「成り行きで」
ウィリアムは信じられない思いでドイを見た。
「どうかしてる」
「何よ! そっちはルネのこと何も知らないじゃない」
「じゃあドイは何を知っているんだ」
ウィリアムがそう言うとドイはぷいっと顔をそらして離れていった。
「僕は何を知らないんだ?」
それからウィリアムは以前、ルネにさらけ出したものと彼について知っていることを秤にかけた。
そして大きく傾いたそれに呆然とした。
ポールがコンピュータを操作し、三人は画面に表示される文章をひとつひとつと読み進めていった。
「核兵器に原子力発電?」
「便利で役に立つけど、とても危険なものみたいだな」
「莫大なエネルギーを生みだす、これが本当なら世界が一変するだろう」
膨大な内容を途中読み飛ばして、最後の一文までたどり着いた頃にはみんなクタクタになって黙り込んだ。
静けさの中でコンピュータの排熱音だけが響いていた。
「暑いな」
ウィリアムはシャツの袖で汗を拭った。
「本を隠したって、もしかして」
ポールが言うとルネは頷いた。
「トゥルーヌ遺跡のことかもしれない……」
「じゃあこれは実話なのか!?」
ポールが机を叩いた。
するとその音に合わせてルネの体が揺れた。
ゆっくり傾いで、それからある時点で急に崩れ落ちるようにして床に座りこんだ。
「どうした、ルネ?」
隣にいたウィリアムが急いで肩を掴むと、ルネは力なくぐったりとして、その体は熱かった。
「熱中症かもしれない」
「先生に知らせてくる」
ポールが席を立って飛び出していった。
「何か冷やすもの」
ウィリアムは着ていたシャツを脱いで教室を出た。
一階の手洗い場まで来ると水道でシャツを濡らし、また二階に戻ってルネの首に当てた。
「そうだ、服を脱がせた方がいいな」
ウィリアムはルネのシャツのボタンに手をかけた。
ボタンは一番上からしっかりと留められていて、外すのに手間がかかった。
「ウィリアム!」
後ろから声が響き、ヴァンとポールがかけ寄ってきた。
「様子はどうだ?」
小さなうめき声がしてウィリアムが顔を戻すとルネがうっすらと目を開けていた。
「医務室に連れて行こう。ウィリアムはここの戸締まりを頼む」
ヴァンはルネを抱え上げると部屋を出ていった。
急いで戸締まりを済ませてウィリアムも医務室へ急いだ。
着いた頃にはルネは寝台に寝かされて目を閉じていた。
「それで君たち、あんなになるまで何をしてたんだ?」
ヴァンはウィリアムとポールを隅の机の前に座らせて尋ねた。
ウィリアムはルネの鞄に仕舞った卵型のカプセルとその中のメモリディスクを取り出して机に置いた。
「これは?」
「学校の地下で見つけました」
「地下って地下教室のことかい?」
「いえ、資料室の床下のことです」
ウィリアムがそう言うと、ヴァンは怪訝な顔をした。
「資料室に地下室があるのかい?」
ウィリアムは少し迷ったあとカプセル見つけた経緯を簡単に語った。
「なるほど。つまり古い書付けに書いてあったカプセルを探して資料室の床をこじ開けて見つけたと」
二人が口を挟む隙を与えずヴァンはカプセルとメモリディスクを取り上げた。
「これは一旦私が預かろう」
快晴の空の下、窓の外では青く光る草原が後方へとどこまでも流れていっていた。
ウィリアムが視線を前に移すと向かいのルネも同じように窓から目を離した。
「あれから体は大丈夫?」
「問題ない。あのときは迷惑をかけてすまなかった」
「ほんと! 後できいてびっくりしたわ」
ルネの隣でドイが頷いた。
「でもあの記録には驚いたよ」
ポールが興奮した声で言った。
鉄道を降りると駅は閑散としていた。
「ここから一時間歩くのか」
駅舎を出ると一本道が長く遠く伸びていた。
「ちょっとした巡礼の旅だな」
ウィリアムたちは祈りの塔を見に南部の海岸近くへやって来た。
風は涼しかったが青空に輝く太陽は刺すように鋭かった。
ルネが帽子を被ったその上にドイが日傘を差した。
「一緒に入りましょう」
そんな二人の先に立ってウィリアムが歩いているとポールが肩を叩いた。
「なあ、後ろの二人ベタベタし過ぎじゃないか?」
しばらく歩くと遠くに高く伸びる塔の様子がより鮮明に見えてきた。
「カプセル、戻ってくるかな」
「それはもともと僕達のものじゃないだろ。今は国の専門家が調べてるみたいだからすぐには無理じゃないかな」
まだ公には報道されていないがヴァンの話によるとこの夏期休暇中に学校の資料室の地下にも調査が入るとのことだった。
塀の前で足を止めるとウィリアムは手をかざして塔を見上げた。
「前に一度、父さんと見に来たことがある」
「僕も家族と来たよ。今思うけど、これなにかの目印にも見えるよな」
人々を導き同時に拒絶するもの。
生活に染み込み、絶対的で静かに根を張るもの。
「コットンが言ってた」
いつの間にかルネがウィリアムの隣にやって来ていた。
「コットン?」
ウィリアムは首を傾げた。
「私がランスにいた頃からお世話になってる人。君は会ったことがあると思う」
「え、会ったことあるかな?」
丘の上の寺院へはルネを訪ねて数度行ったが、その際に会ったのはジョンだけだった。
「コットンは数年前、この国の研究所にいたらしい」
ウィリアムははっと息をのんだ。
「昨年の年末、コットンはあの塔の中に入って一時行方不明になったんだ。そのあと無事に見つかったけど、それからしばらくは青い顔をしていた。資料室の地下から出てきたときの君のような」
ルネの視線を感じたがウィリアムは前を見つめたまま黙っていた。
「家に帰ってしばらくしてコットンが漏らすのをきいたんだ。あの地下は底しれない闇だって。持っていた明かりが消えて彷徨ったらしい」
草の鳴る音とともに風が髪をなびかせ、流れる雲が一瞬だけ地上に影を作った。
「何も見えなかっただろうけどそういう意味じゃない気がする。ウィリアム、君は何か見たのか?」
ウィリアムはフッと息を漏らした。
「僕も明かりが切れたんだ。何も見えなかったよ」
「そう」
ルネは頷くとまたドイの方へ離れていった。
「ねえウィル、今日のルネどうだった?」
再び鉄道に乗って街へ戻ってきたとき、ドイがウィリアムの耳元でこっそりと囁いた。
「どうって、いつも通りじゃないのか?」
「もう! 今日の服は私が見立てたんだから」
ドイが口を膨らませた。
ルネは薄手の麻のシャツに淡い色合いの軽やかなズボンを履いて涼しげだった。
「うん、あれくらいがいいよ。前なんかずいぶん着込んで暑そうだったから」
「前?」
「別棟のコンピュータ室に行ったとき。あのとき服を脱がせようとしたらまだ下に何枚も着てたんだ」
「服を脱がせた!?」
ドイが声を上げた。
「いや、熱中症で体を冷やす必要があったから」
ウィリアムが弁明するとドイは呆れたように盛大に息を吐いて頭を振った。
「それより、ドイはルネと二人でよく出かけたりするのか?」
ウィリアムは話題を変えようとドイにきいた。
「たまにね。図書館に行ったり、買い物に行ったり」
「へえ」
「この前なんか地味な下着しか付けないルネに私がいくつか選んであげたのよ」
「え?」
「あ」
ドイが気まずそうに顔を逸らした。
「そんな買い物も一緒にするのか?」
「成り行きで」
ウィリアムは信じられない思いでドイを見た。
「どうかしてる」
「何よ! そっちはルネのこと何も知らないじゃない」
「じゃあドイは何を知っているんだ」
ウィリアムがそう言うとドイはぷいっと顔をそらして離れていった。
「僕は何を知らないんだ?」
それからウィリアムは以前、ルネにさらけ出したものと彼について知っていることを秤にかけた。
そして大きく傾いたそれに呆然とした。