……
本暦三〇二四年八月
連日猛暑が続いています。
各国を渡り歩いてすでに一年が経ちました。
自動車は燃料が手に入らなくなり先日手放しました。
今は兵器の影響をあまり受けなかった小さな村に滞在してこれを記しています。
送電が制限されているため太陽光による発電に頼るしかなくなりました。
この地域は年々乾燥が酷くなり少しずつ砂漠化が進んでいるそうです。
おそらく温暖化による影響でしょう。
大規模なテロ事件が起こる前まで、私たち人類はテクノロジーを駆使し有り余る消費活動を行ってきました。
その際に資源の乱獲、温室効果ガスやその他有害物質排出による環境破壊や汚染が進み、世界中で今までになかった自然災害や異常気象が起こるようになりました。
この状況は一千年前と酷似しています。
文献によると、本暦二〇〇〇年頃にも同じような原因で気温の急上昇が起こっていました。
しかし二〇三〇年を超えたあたりから寒冷化が始まり氷期に入りました。
人口は激減し、生き延びた人々は少数に固まって分散し、閉じこもって生活するようになりました。
そのときに多くのテクノロジーが失われたといいます。
しかしやがて氷期が去ると地球はまた温暖な気候に戻っていきました。
そして外に飛び出した人々はまた新たな歴史を刻みはじめたのです。
損失を免れた書物や記録媒体から知識を得て、再びテクノロジーを発展させて現代の人間社会をつくりあげました。
そしてそのときに人々はようやく前文明が残した核施設の存在に気がつきました。
それは放置されていた結果、すでに深刻な事態を引き起こしており、その施設を中心に広範囲が放射能汚染され、多くの人々が住処を奪われました。
対策が講じられるなか、ミクロな分野についての研究が大いに進みました。
そうして過去の原子力の知識が蘇り、世界は大きく二分しました。
この技術を活かそうとする者とそれに反対する者です。
どちらが力を持ったか、想像に難くないでしょう。
より強力な武器を持つ者が世界を支配するのです。
反対する者らはしだいにバラバラになり最終的に小さな団体にまとまっていきました。
あの青年が所属していた団体はその一つだったのです。
一千年前のテクノロジーは氷期により一時姿を消しました。
そして現在再び蘇ったそれは以前と同じ状況を引き起こし、そして今度は一つの団体の手によって姿を消すのかもしれません。
一年前の大規模なテロにより人口は大幅に減少しました。
その結果、過剰な消費、汚染、破壊活動もそれに伴い激減しました。
今、人々の生産活動は第一次産業が主流となっています。
そして団体は今では大きな力を持ち世界を支配しつつあります。
彼らのつくる世界はどんなものになっていくのでしょう。
……
本歴三〇二六年
団体は自らをコントル政府と名乗り世界政府の座につきました。
そしてそれまで長く広く使用されてきた暦の名称を改めました。
改めたといっても、名前だけを書き替え、既存のものとすり替えただけです。
しかし政府が何と公言しようと、私は私の知る事実を記します。
あの日から三年しか経っていませんが政府は人々が混乱し、兵器によって思考を奪われているあいだに次々と政策を推し進めています。
そして暦の改定と同時に政府は世界の数カ所に塔を建て、統一の宗教を定めました。
その名も「コントル教」です。
その教えは単純で、塔に祈りを捧げること、しかしそこには決して近づかないこと、これだけです。
それによって世界も人々も救われるというのです。
ただし、教えを破って塔に近づいたり破壊しようとするあらゆる者には残酷な方法によって死という罰が与えられます。
この宗教は政府の手によって巧みに世界中に浸透していっています。
まず政府は今ある既存の宗教の上にそれを置きました。
人々に宗教を捨てさせて改宗させるのでなく、今ある宗教の教えや慣習はそのままにしてコントル教の教えを上乗せしたのです。
塔の実態については伏せられていますが政府の動向を注意深く見ていれば明らかです。
政府は世界の数カ所に建てた塔の地下深くに解体した核兵器や原子力発電によって出された核廃棄物を埋め、地層処分を行っています。
それらの放射性廃棄物は危険度が低下するのにおそろしく長い年月がかかるためそうするしかないのです。
そしてその地層処分した危険地帯からあらゆるものを遠ざけるため政府はこの宗教を立ち上げたのです。
政府は宗教を統括する司祭を選任し、その司祭たちに塔の設備の定期的な点検や監視をさせて管理させています。
またそれにともない政府は原子力に関する知識の抹消も始めています。
原子力の知識によって人類は少ない資源で莫大なエネルギーを得る方法を手にしましたがそのエネルギーと引きかえにそれは恐ろしく危険なものを生み出します。
争いも引き起こします。
過剰な生産も生み出します。
そんな知識と技術が再びこの世に出ることのないようそれらも深い闇に葬りさろうとしているのです。
この行為はどこまで広がりいつまで続くのでしょうか。
……
本歴三〇三八年
極東の島国周辺で大規模な地殻変動が起こりました。
それによって島国の大部分が海の底に沈んでしまいました。
運良く対岸の国へ逃れた人たちもいたそうですが、甚大な被害が出たようです。
島国はテロのあった当時、他国との関わりを絶ち他民族の入国を禁じていたため兵器の影響を受けなかった唯一の国でした。
その国には政府の洗脳を受けなかった人々が大勢いたはずです。
これは大きな損失でしょう。
……
本歴三〇四〇年
水と食料が尽き、動けずにいたところをある男性に助けられました。
彼の名はウンテルといい、地下のシェルターに私を連れて行ってくれました。
彼は地下にずっといたため、あの兵器の攻撃を受けなかったそうです。
彼は私に名前や素性などについて尋ねました。
なぜ一人で旅をしているのか、今の政府をどう思っているか、これから何をするのか。
そして彼も自分のことを話してくれました。
彼は以前、医師であったそうですが今は研究に専念し、政府から隠れて生活しているそうです。
彼の研究室には薬品や機器、コンピュータなど様々なものがありましたが、これらが尽きるか壊れてしまえば研究はもうできなくなるのだそうです。
彼の考えや行動に共感した私はあの青年との出来事を話しました。
彼は記録を残すことに賛同し、そしてカプセルに興味を示しました。
私は空のカプセルがもう一つあることを伝え、彼に渡しました。
数日地下で過ごしたあと、私は彼にまた訪ねる約束をして外に出ました。
……
本暦三〇四五年
政府はあるまじき行為を始めました。
今世界中の本が次々と燃やされ、裁断されています。
はじめは化学の知識に関するものが主でしたが、今ではそれに留まらず無差別に処分されています。
それは小説、娯楽本にフィルム、氷期を耐えて残っていた数少ない資料も例外ではありません。
そして極めつけに不都合な文書に手を加え、書き換えも行っているようです。
これらの行為は未来のためになるでしょうか。
塔の地下に埋まっている物の知識がもし失われて、放置され、後世の人々が知らずに掘り当ててしまったとき、その露出した未知の物質に対処できるでしょうか。
政府は無垢な人類をつくりあげようとしています。
何者にも知らず侵されず、純真で無垢で無知な人類を望んでいるのです。
私は反抗します。
後世に伝えるために本を集めて隠し、未来へ残します。
……
本暦三〇六六年
久しぶりに祖国に戻りました。
そして実家を訪ねてみましたが、そこには草が生い茂り、焼け残った家の残骸があるのみでした。
次に工場に行くとそこはまだ原形を保っていました。
私は青年が工場の地下と団体の基地とがつながっていると言っていたのを思い出し、行ってみることにしました。
青年がはじめに立っていた場所の奥に隠し通路のようなものを見つけましたが途中で塞がれてしまっていて先へ進むことはできませんでした。
……
本暦三〇六七年
祖国を離れてまた旅に出ることにします。
数日前に幼い男の子を拾いました。
親とはぐれ自分の名前を知らないその子は一人で彷徨っていました。
私はその子にルイと名付け、ともに連れて行くことに決めました。
この数十年で多くのテクノロジーが失われ文明は大きく衰退し人口も大幅に減りましたが、兵器や政府の手先による被害を受けていない人々も確実に存在しています。
私はこれからもその人々を訪ね歩きます。
……
本暦三〇七五年
政府の焚書活動が少し落ち着いたように感じます。
ウンテルのもとに集めた本や資料、データなどを今のうちに他へ移そうと思います。
政府はこれまでに様々な政策を行い、人々の暮らしと社会を大きく変えてきましたが最近では以前ほど過激な活動は減りました。
それにともない各国で徐々に独立運動が起こりはじめています。
反発し鉄器具で武装蜂起を画策した国の軍団が少し前に政府に捕らえられましたが、政府は武器を取り上げただけで軍団をすぐに解放しました。
……
本暦三〇八五年
また祖国に戻ってきました。
故郷の街、いえ今は村となったそこはかつての場所とはすっかり様相を変えてしまいました。
緑は一握りほどで、もうすぐそこまで砂漠化が進んでいます。
村長に話をきくと近いうちに村全体で移住を考えているのだそうです。
そうなれば私の故郷はもうなくなってしまうのですね。
村長の家で下働きをしている少女がいろいろと私の世話をしてくれました。
黒髪のその少女は村で数少ない読み書きがでる者の一人でした。
私はその少女とよく話をしました。
彼女の祖父母は今はもうなくなってしまった国の民だったそうです。
国がなくなった際、運よく生き延びた彼女の祖父母は国を渡り歩き、その途中で彼女の母親が生まれました。
母親は両親と同国の男性と運命的に出会い、結婚しました。
それから母親は祖父母から離れ彼女の父親と旅を続けてこの村にたどり着くと彼女を産みました。
両親は彼女が十二歳のときに亡くなったそうです。
彼女は村長の家に下働きとして雇われたそうです。
「村長一家にはよくしてもらっている」と彼女は言いました。
村長は読み書きのできる彼女に紙と墨を与え、彼女はそれを使い日記を書いていました。
一度その日記を見せてもらいましたが書かれた文字は彼女の祖父母の故国の文字で、私には読むことができませんでした。
彼女は悲しそうにしました。
「こうやって家族の祖国の文字も失われていくのですね」
私はそんな彼女にいくつかの打ち明け話をしました。
その一つが本を集めて隠している、ということです。
彼女はそれをきいて驚き、私に一冊の本を見せてくれました。
「これは私の祖父母が母に渡したものです。そして母はこれを私にくれました。これも一緒に隠してください。せめて本だけでも祖父母の故国を未来へ残したい」
私はその本を受け取りました。
本暦三〇二四年八月
連日猛暑が続いています。
各国を渡り歩いてすでに一年が経ちました。
自動車は燃料が手に入らなくなり先日手放しました。
今は兵器の影響をあまり受けなかった小さな村に滞在してこれを記しています。
送電が制限されているため太陽光による発電に頼るしかなくなりました。
この地域は年々乾燥が酷くなり少しずつ砂漠化が進んでいるそうです。
おそらく温暖化による影響でしょう。
大規模なテロ事件が起こる前まで、私たち人類はテクノロジーを駆使し有り余る消費活動を行ってきました。
その際に資源の乱獲、温室効果ガスやその他有害物質排出による環境破壊や汚染が進み、世界中で今までになかった自然災害や異常気象が起こるようになりました。
この状況は一千年前と酷似しています。
文献によると、本暦二〇〇〇年頃にも同じような原因で気温の急上昇が起こっていました。
しかし二〇三〇年を超えたあたりから寒冷化が始まり氷期に入りました。
人口は激減し、生き延びた人々は少数に固まって分散し、閉じこもって生活するようになりました。
そのときに多くのテクノロジーが失われたといいます。
しかしやがて氷期が去ると地球はまた温暖な気候に戻っていきました。
そして外に飛び出した人々はまた新たな歴史を刻みはじめたのです。
損失を免れた書物や記録媒体から知識を得て、再びテクノロジーを発展させて現代の人間社会をつくりあげました。
そしてそのときに人々はようやく前文明が残した核施設の存在に気がつきました。
それは放置されていた結果、すでに深刻な事態を引き起こしており、その施設を中心に広範囲が放射能汚染され、多くの人々が住処を奪われました。
対策が講じられるなか、ミクロな分野についての研究が大いに進みました。
そうして過去の原子力の知識が蘇り、世界は大きく二分しました。
この技術を活かそうとする者とそれに反対する者です。
どちらが力を持ったか、想像に難くないでしょう。
より強力な武器を持つ者が世界を支配するのです。
反対する者らはしだいにバラバラになり最終的に小さな団体にまとまっていきました。
あの青年が所属していた団体はその一つだったのです。
一千年前のテクノロジーは氷期により一時姿を消しました。
そして現在再び蘇ったそれは以前と同じ状況を引き起こし、そして今度は一つの団体の手によって姿を消すのかもしれません。
一年前の大規模なテロにより人口は大幅に減少しました。
その結果、過剰な消費、汚染、破壊活動もそれに伴い激減しました。
今、人々の生産活動は第一次産業が主流となっています。
そして団体は今では大きな力を持ち世界を支配しつつあります。
彼らのつくる世界はどんなものになっていくのでしょう。
……
本歴三〇二六年
団体は自らをコントル政府と名乗り世界政府の座につきました。
そしてそれまで長く広く使用されてきた暦の名称を改めました。
改めたといっても、名前だけを書き替え、既存のものとすり替えただけです。
しかし政府が何と公言しようと、私は私の知る事実を記します。
あの日から三年しか経っていませんが政府は人々が混乱し、兵器によって思考を奪われているあいだに次々と政策を推し進めています。
そして暦の改定と同時に政府は世界の数カ所に塔を建て、統一の宗教を定めました。
その名も「コントル教」です。
その教えは単純で、塔に祈りを捧げること、しかしそこには決して近づかないこと、これだけです。
それによって世界も人々も救われるというのです。
ただし、教えを破って塔に近づいたり破壊しようとするあらゆる者には残酷な方法によって死という罰が与えられます。
この宗教は政府の手によって巧みに世界中に浸透していっています。
まず政府は今ある既存の宗教の上にそれを置きました。
人々に宗教を捨てさせて改宗させるのでなく、今ある宗教の教えや慣習はそのままにしてコントル教の教えを上乗せしたのです。
塔の実態については伏せられていますが政府の動向を注意深く見ていれば明らかです。
政府は世界の数カ所に建てた塔の地下深くに解体した核兵器や原子力発電によって出された核廃棄物を埋め、地層処分を行っています。
それらの放射性廃棄物は危険度が低下するのにおそろしく長い年月がかかるためそうするしかないのです。
そしてその地層処分した危険地帯からあらゆるものを遠ざけるため政府はこの宗教を立ち上げたのです。
政府は宗教を統括する司祭を選任し、その司祭たちに塔の設備の定期的な点検や監視をさせて管理させています。
またそれにともない政府は原子力に関する知識の抹消も始めています。
原子力の知識によって人類は少ない資源で莫大なエネルギーを得る方法を手にしましたがそのエネルギーと引きかえにそれは恐ろしく危険なものを生み出します。
争いも引き起こします。
過剰な生産も生み出します。
そんな知識と技術が再びこの世に出ることのないようそれらも深い闇に葬りさろうとしているのです。
この行為はどこまで広がりいつまで続くのでしょうか。
……
本歴三〇三八年
極東の島国周辺で大規模な地殻変動が起こりました。
それによって島国の大部分が海の底に沈んでしまいました。
運良く対岸の国へ逃れた人たちもいたそうですが、甚大な被害が出たようです。
島国はテロのあった当時、他国との関わりを絶ち他民族の入国を禁じていたため兵器の影響を受けなかった唯一の国でした。
その国には政府の洗脳を受けなかった人々が大勢いたはずです。
これは大きな損失でしょう。
……
本歴三〇四〇年
水と食料が尽き、動けずにいたところをある男性に助けられました。
彼の名はウンテルといい、地下のシェルターに私を連れて行ってくれました。
彼は地下にずっといたため、あの兵器の攻撃を受けなかったそうです。
彼は私に名前や素性などについて尋ねました。
なぜ一人で旅をしているのか、今の政府をどう思っているか、これから何をするのか。
そして彼も自分のことを話してくれました。
彼は以前、医師であったそうですが今は研究に専念し、政府から隠れて生活しているそうです。
彼の研究室には薬品や機器、コンピュータなど様々なものがありましたが、これらが尽きるか壊れてしまえば研究はもうできなくなるのだそうです。
彼の考えや行動に共感した私はあの青年との出来事を話しました。
彼は記録を残すことに賛同し、そしてカプセルに興味を示しました。
私は空のカプセルがもう一つあることを伝え、彼に渡しました。
数日地下で過ごしたあと、私は彼にまた訪ねる約束をして外に出ました。
……
本暦三〇四五年
政府はあるまじき行為を始めました。
今世界中の本が次々と燃やされ、裁断されています。
はじめは化学の知識に関するものが主でしたが、今ではそれに留まらず無差別に処分されています。
それは小説、娯楽本にフィルム、氷期を耐えて残っていた数少ない資料も例外ではありません。
そして極めつけに不都合な文書に手を加え、書き換えも行っているようです。
これらの行為は未来のためになるでしょうか。
塔の地下に埋まっている物の知識がもし失われて、放置され、後世の人々が知らずに掘り当ててしまったとき、その露出した未知の物質に対処できるでしょうか。
政府は無垢な人類をつくりあげようとしています。
何者にも知らず侵されず、純真で無垢で無知な人類を望んでいるのです。
私は反抗します。
後世に伝えるために本を集めて隠し、未来へ残します。
……
本暦三〇六六年
久しぶりに祖国に戻りました。
そして実家を訪ねてみましたが、そこには草が生い茂り、焼け残った家の残骸があるのみでした。
次に工場に行くとそこはまだ原形を保っていました。
私は青年が工場の地下と団体の基地とがつながっていると言っていたのを思い出し、行ってみることにしました。
青年がはじめに立っていた場所の奥に隠し通路のようなものを見つけましたが途中で塞がれてしまっていて先へ進むことはできませんでした。
……
本暦三〇六七年
祖国を離れてまた旅に出ることにします。
数日前に幼い男の子を拾いました。
親とはぐれ自分の名前を知らないその子は一人で彷徨っていました。
私はその子にルイと名付け、ともに連れて行くことに決めました。
この数十年で多くのテクノロジーが失われ文明は大きく衰退し人口も大幅に減りましたが、兵器や政府の手先による被害を受けていない人々も確実に存在しています。
私はこれからもその人々を訪ね歩きます。
……
本暦三〇七五年
政府の焚書活動が少し落ち着いたように感じます。
ウンテルのもとに集めた本や資料、データなどを今のうちに他へ移そうと思います。
政府はこれまでに様々な政策を行い、人々の暮らしと社会を大きく変えてきましたが最近では以前ほど過激な活動は減りました。
それにともない各国で徐々に独立運動が起こりはじめています。
反発し鉄器具で武装蜂起を画策した国の軍団が少し前に政府に捕らえられましたが、政府は武器を取り上げただけで軍団をすぐに解放しました。
……
本暦三〇八五年
また祖国に戻ってきました。
故郷の街、いえ今は村となったそこはかつての場所とはすっかり様相を変えてしまいました。
緑は一握りほどで、もうすぐそこまで砂漠化が進んでいます。
村長に話をきくと近いうちに村全体で移住を考えているのだそうです。
そうなれば私の故郷はもうなくなってしまうのですね。
村長の家で下働きをしている少女がいろいろと私の世話をしてくれました。
黒髪のその少女は村で数少ない読み書きがでる者の一人でした。
私はその少女とよく話をしました。
彼女の祖父母は今はもうなくなってしまった国の民だったそうです。
国がなくなった際、運よく生き延びた彼女の祖父母は国を渡り歩き、その途中で彼女の母親が生まれました。
母親は両親と同国の男性と運命的に出会い、結婚しました。
それから母親は祖父母から離れ彼女の父親と旅を続けてこの村にたどり着くと彼女を産みました。
両親は彼女が十二歳のときに亡くなったそうです。
彼女は村長の家に下働きとして雇われたそうです。
「村長一家にはよくしてもらっている」と彼女は言いました。
村長は読み書きのできる彼女に紙と墨を与え、彼女はそれを使い日記を書いていました。
一度その日記を見せてもらいましたが書かれた文字は彼女の祖父母の故国の文字で、私には読むことができませんでした。
彼女は悲しそうにしました。
「こうやって家族の祖国の文字も失われていくのですね」
私はそんな彼女にいくつかの打ち明け話をしました。
その一つが本を集めて隠している、ということです。
彼女はそれをきいて驚き、私に一冊の本を見せてくれました。
「これは私の祖父母が母に渡したものです。そして母はこれを私にくれました。これも一緒に隠してください。せめて本だけでも祖父母の故国を未来へ残したい」
私はその本を受け取りました。