回廊に出て向かいの校舎に行く途中、ルネは名前を呼ばれて振り返った。
するとドイが小走りに駆け寄ってくるのが見えた。
「今日の放課後空いてる?」
「特に用はないけど」
「よかった、急にキャンセルが出て鍵盤の部屋の予約が取れたの!」
「前に予約が取れないと言っていた部屋?」
「そう、こまめにチェックしていたかいがあったわ! 一緒に行どう?」
ルネは目を輝かせるドイを見て微笑んだ。
「いいよ」
それからドイはルネの隣に立って歩きながら春休暇の予定を話しはじめた。
「四月の聖夜祭はいつもウィルと参加してるのよ。今年も……」
そこでドイの声が急に沈んだものになった。
「どうかした?」
ルネがきくとドイは眉根を寄せた。
「少し前からウィルの様子が変なの」
「変って?」
「なんだか元気がないし学校の帰りも遅いの。私の家、ウィルの家の近所なんだけど、遅くに家に入っていくことが何度かあって昨日もそれを見かけたわ」
それをきいてルネは昨日の出来事を思い出した。
「ウィルはスポーツクラブに行ってるだけだって言うんだけど、本当かしら?」
「昨日なら私も一緒だったよ。確かにスポーツクラブに行った」
「そうなの!? でもこれまでは課外が終わったらすぐに帰っていたのよ」
「課外だけじゃ足りないとか」
ドイは息を吐いて首を振った。
「そうじゃない気がする。もしかしたらお母さんの再婚が関係あるかも……」
「再婚?」
ルネがきき返すとドイはぱっと口に手を当てた。
「なんでもないわ。それより放課後、忘れないでね」
「わかった」


ドイが用意した楽譜はイスト派の寺院でよく演奏される曲だった。
「同じ題の曲はいくつかあるけれど連弾するならこれだと思って」
ルネは目の前に置かれた譜面を読んでいった。
「この曲、時を超えた二人の作曲家によってできた曲なのよ」
ドイが弾く伴奏にルネが旋律をのせていった。
「私は鍵盤、ウィルはギターが得意なの」
「鍵盤もギターも似ているね」
「そう?」
「同じように弦を鳴らす楽器でどちらも音が少し狂ってる」
ルネがそう言うとドイは怪訝な顔をした。
「今主流の調律では鍵盤のすべての音が微妙にずれてしまうんだ」
「ふうん、でもきれいにきこえるわ」
「そう、全部が同じようにずれているから、だから調和がとれているんだ」